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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

眠り姫

作者: らら

眠り姫


(僕が僕じゃなくなればいいのに)


蜂屋はちやに乱暴に抱かれる度に琥珀こはくは何度そう願った事だろう。蜂屋のセックスは野生剥き出しで本能しか感じられない。唇同士は重なる気配すらないのに下肢だけは幾度もまぐわせる。そして琥珀への気遣いなどないまま一方的に揺さぶり、了解もないまま最奥へと欲を吐き出すのだ。これでは動物の交尾と変わらない。蜂屋に気付かれぬ様、琥珀は一粒の涙を流した。愛されていないなぁと実感する。


「じゃあな、琥珀」


セックスが終わると蜂屋は当然の様に琥珀に背を向ける。夜はまだ長い。このまま他の部屋へと行くのだろう。美形で人気者の幼なじみは琥珀以外にも沢山の相手がいる。


「うん」


さよならの挨拶に頷きながら、耳の奥底で心が軋む音を聞いた。本当は行って欲しくない。自分だけを見て欲しい。そんな本音をぶつけられないからだ。正直に言えば最期、長年連れ添った幼なじみといえど容赦なく切り捨てられるだろう。蜂屋は面倒事を嫌う。特に恋愛が煩わしい様で好意を伝えてくる相手や独占欲の強い相手とは絶対に寝なかった。だから琥珀は蜂屋に好きだとは言えなかった。キスすら強請れず、ただただ身体だけを繋げる行為だけに熱中している振りをする。いつか蜂屋と想いが通じ合う事を夢見ながら。けれどいくら身体を合わせても蜂屋の態度は変わらなかった。自分達の関係は幼なじみでそれ以上でもそれ以下でもない。今までもそうだったし、これからもずっとそうだろう。蜂屋とは変わらない。変われない。抱かれる度に残酷な現実を思い知らされる。まるで迷路の中をさ迷っている様な感覚に陥った。辛いと心が悲鳴を上げた。出口に向かって必死でもがいてみるが光は一向に見当たらない。辛くて辛くて仕方ない。もしかしたら出口など最初からないのかも知れない。琥珀は当てのない迷路を歩く事に疲れ切っていた。


(僕なんか消えちゃえばいいんだ)


蜂屋に愛されない自分ならばいっそいらない。琥珀は真剣にそう思って、意識を手放した。


(さよなら、ハチちゃん)




琥珀と蜂屋は全寮制の男子高に在籍している。人里離れた山奥に建てられた学園は箱庭の様な世界だ。幼なじみだった琥珀と蜂屋が寝るようになったのはそんな特殊な環境に飛び込んで直ぐの事だった。誘うのは決まって蜂屋の方からだった。規則性がなく、いつも突然言い出す蜂屋の誘いを琥珀は一度だって断った事はない。きっとこれからも琥珀は受け入れ続けてくれるだろう。蜂屋はそう自惚れていたのだ。


「琥珀、今夜いいか?」

「は!? 何言ってんのアンタ。ばっかじゃね?」


まるで汚物でも見るかの様な目で蜂屋を見据えたコハクは不機嫌に顔を歪ませて舌打ちまでしてみせた。初めて見るコハクの態度に蜂屋は一瞬にして固まってしまった様だ。コハクの言葉を上手く飲み込めなかったのか、虚を衝かれた間抜けな顔を見せた。いつも横暴な蜂屋らしからぬ表情にコハクは目を細め、ゆっくりと笑う。この男ではダメだと思った。


「こ、琥珀? なんか悪いもんでも食った? それとも悪い病気とか?」

「バーカ」


焦る蜂屋をコハクは挑発的な瞳で吐き捨てた。ここでようやく冷静さを取り戻したのか、いつも通りの蜂屋に戻った様でコハクを睨み付ける。


「お前いい加減にしろよ!?」

「二重人格」


しかしコハクは怯む事なく真実を告げた。


「はっ?」

「アンタのよく知る幼なじみは深い眠りについちゃった。で、変わりに起きたのが今の俺ね」

「そんな漫画みたいな話を信じろって?」


馬鹿馬鹿しいとでも言う様に蜂屋は鼻で笑ったが、コハクは気にしていないのかあっさりとした口調で続けた。


「別に信じなくていいぜ。アンタとはもう関わるつもりねーし」

「なっ!?」


蜂屋の眉間に皺が刻まれ、顔色はみるみるうちに色をなくしていく。そんな蜂屋の狼狽をコハクは満足そうに笑った。


「さようなら、蜂屋」




「随分と遅いご帰宅だな」

「うっわ! ずっと待ち伏せてたわけ? 引くわー」


門限はとうに過ぎている時間だ。どれだけ琥珀の部屋の前で待っていたのだろう。コハクは怒りのオーラを隠そうともしない蜂屋にうんざりした。実に勝手な男だ。あれだけ琥珀を傷付けておいて、今更気に掛けるなんて失笑すら漏れない。やはりこの男ではダメだ。そう再確認したコハクは蜂屋に嫌みを投げつけて早々と部屋に入った。入室した途端、追い掛けてきた蜂屋の力強い手がコハクの細い手首を掴み上げる。


「誰と居た?」 

鳥野とりのと寝た」


隠すつもりなどなかった。琥珀は一つ年下の鳥野に抱かれた。琥珀と鳥野は普段から気が合い、身体の相性もかなり良かった。何より鳥野は自分本位な抱き方はしなかった事に評価したい。コハクは情事の余韻を残した艶やかな瞳を細めながら蜂屋が聞きたくなかったであろうそれを堂々と言ってのける。蜂屋の顔色が変わった。


「琥珀の身体だぞ!?」

「うっぜぇ。彼氏でもないくせに彼氏面かよ」


大きく舌打ちしながら正論を言ってやると蜂屋の勢いが弱まった。そのタイミングで掴まれていたままだった手を振り払う。蜂屋の瞳が悲しそうに揺らめいたが同情なんかしない。それどころかさらに追い討ちを掛けてやる。琥珀の為にさっさとこの男を切り捨てなければならないのだ。


「大体俺はアンタみたいな奴、好みじゃないんだ」

「うるさい! お前の好みなんてどうでもいいんだよ!」

「アンタ勘違いしてる」

「勘違い?」


コハクの言葉を反芻した蜂屋に口角を上げると頷いた。


「琥珀と俺は確かに別人格だけど俺は琥珀の一部だってこと」

「つまりお前の意志は琥珀の意志でもあると?」

「察しがいいじゃん。アンタ琥珀に愛想つかされたんじゃね? アンタの前じゃ一度も起きない琥珀が、鳥野に抱かれた時はアンアンよがってたぜ。鳥野は優しいしな~。琥珀も満更でもなさそうだ」


あははと上機嫌に笑い出したコハクに対し、蜂屋は絶望感にまみれた情けない表情を滲ませた。横目でそれを確認したコハクは笑うのを止めると鋭い眼光で蜂屋を射抜いた。


「俺は琥珀の幸せだけを考えてる。琥珀が安心して恋出来る相手を探してる」


立っているのがやっとであろう精神状態の蜂屋を部屋から追い出すとコハクはトドメをさした。


「その相手はアンタじゃない」

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