第4話 新太君の過去って一体 〜前篇〜
『はぁ...』
ため息をつきながら、新太は物思いにふけり昨日のことを思い出していた。
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『君何者?普通じゃないよねぇ?何があったか教えてよ』
純粋な興味から来る鷹影のその言葉。
新太はその言葉に少し戸惑っていた。大勢の生徒の前というのも当然あったが、出会ったばかりの人間に自分の素性を話して良いものなのだろうかという不安もあった。だが、それでも話してもいいかもしれないと新太が少なからず思っていたのは鷹影の少し独特な人当たりの良さが原因であっただろう。この手の人間の好き嫌いはハッキリ分かれるが、少なからず新太は彼に対して苦手意識は持っていなかった。新太は頭の中で僅かに考え、『この男とは少し長い付き合いになるかもしれない』と幾分か悟り、口を開こうとしたが、2人の会話を止めたのはしばらく会話から退いていた加代であった。
『今は授業中だ。試合の解説ならともかく、雑談なら次の休み時間にしてくれ。』
講師である加代の言っていることは何一つ間違っていない。むしろ講師としては当然の言葉だ。それを新太、鷹影の2人はともに理解し、新太は加代に対して頷き、鷹影は『はは、そうですよね。すいません。』と持ち前の人当たりの良さで状況を終息させた。
『あー、そうだ』
加代は2人の返答を聞きその後ワンクッション置き、何かを思い出したかのように言う。
『新太君と火原さんはもう試合が終わったから、審判を頼む』
加代は2人に対してそう頼む。もちろん、予備校といえど、中学高校と基本的には変わらない。教師の言うことは言わば絶対だ。2人は加代の言葉を受け入れそれぞれ指定された場所へと行き、これから試合を始める生徒たちへ指示をしていくのだった。
***
『あーらーたっ!』
先日お騒がせの新太に対して鷹影が馴れ馴れしく名前呼ぶ。その姿はいかにも彼らしい。
傍から見ればもう2人は完全に友達のように見えるが、実はあの後結局2人は会話をすることなく寮へと帰ったのだった。その経緯があるからこそ鷹影が今この時間に新太に対して声をかけたのだ。
『なんだよ』
いつも馴れ馴れしい鷹影君に対しては軽くあしらってますよと言わんばかりに軽く返事をする。やはり、傍から見れば2人は完全に気心の知れた友達のように見える。これがまだ出会って2日目なわけだからなかなか分からないものである。
『昨日の続き聞かせてよ!』
鷹影はやっと本題へと入る。
『昨日の続きって言ってもなー、大したことは何もねぇぞ』
期待すんな恥ずかしいから新太はそう言ってるようにも聞こえた。だが、言外の意味をそう簡単に理解してもらえるほど世の中甘くはないらしい。影鷹はお願いと言わんばかりにこちらに期待の眼差しを向けている。
『だから』
新太がもう一度口を開いたその瞬間、
『その続き私も気になるわ!』
意外にも2人の会話に入ってきたのは先日お騒がせの火原だった。
『なんだよ先日のお騒がせ痴女さん』
そう新太がからかったが、新太は相手の反応を見ることはなかった。次の瞬間新太の顔面には火原の右ストレートが飛んでいたのだ。火原の右ストレートは見事に新太にクリーンヒットし新太は影鷹の前で悶えている。さすが戦闘一族。その言葉で形容するのはいささか物足りない気もするが、やはり肉弾戦となると最強のようだ。影鷹の前で顔を抑える新太がそれを証明している。
さすが、火原の一族...
『痴女とは何よ!痴女とは!あんたちょっと賢いからって調子乗らないでよねっ!』
なんなんだこいつ...新太の脳内にはもうそれしかなかった。それほど新太にとって火原の少女の扱いは難しかったようだ。
『でも、私も気になるわ。アンタが今までどんな勉強や訓練をしてきたかってこと。元々、能力者じゃなかったって言うのなら全部は話さなくたっていいわ。それは当然、あなたの守っていい権利よ。でも私たちもあなたのことを知りたいし出会ったからには少なからず、差し障りのないとこについては知る権利もあるわ。で、どう?』
火原の少女は新太に対しては最大限のフォローを入れながら、自分の主張を口にする。そのとき、彼女は昨日の授業中の新太が呟いた『思い出せねぇよな。やっぱり。』という言葉を思い出していた。彼女も彼女なりに新太には気を使っていたようだ。
『ああ、話したくないってよりは話せないって方が正しいんだけどな』
新太がその重い口を開いた。2人は彼の言葉に興味津々に耳を傾ける。
***
俺が能力者になったときのことは覚えていない。ただ、なんで能力者になったかって言われれば何と無く分かる。
多分...
先生もしくは友達あるいはその両方とのトラブルだったと思う。トラブルって言っても、そんなに簡単なことでも、容易に想像が出来るようなことでもないと思う。俺はそのことに関して、記憶を無くすくらいだ。相当な何かがあったと思う。
俺はそのよく覚えていないトラブルが原因で能力者になった。それと同時に、その出来事に関係する記憶のほとんどを無くした。
ー14歳の秋のある日、俺は気付いたら病院のベットにいた。幼い頃から父親のいない俺は、起きたらベットの側で母親が心配そうに俺を眺めていたのを覚えている。そして、14歳の誕生日の放課後から2日ぶりに目を覚ましたことを教えられた。
しばらくすると母親は退出して、ちょうど今の俺たちくらいの男の人が入って来て、いきなり訳のわからない話を始めた。能力者がどーだの。精神的なショックがどーだの。正直、そんなのどうでもよかった。あのときは、今の現実が受け止められずどうすればまた今まで通りの生活ができるかをとりあえずは考えていた。少し前に戻って過去を変えたい気持ちでいっぱいだった。
そんな、何も分からない俺に対して能力者についての話を続ける俺はとうとう我慢の限界が来て、その人に対して逆ギレしたっけな。今、思えばそんなに怒ることでも無かったと思うけど、そんときの俺だったら仕方ねぇかなとも少し思う。
『能力者になったとか知らねぇよ。そんなことどうでもいいよ。アンタさっきから一体何なんだよ。』
『話聞く限りアンタ能力者なんだろ。だったら俺の身体戻す方法知ってんだろ。戻せよ!戻してみろよ!』
確か、その人に向かって激昂しながらそう言い放ったと思う。口調は相当強かったし涙も出ていたと思う。
そしたら、その人なんて言ったと思う?
『君の気持ちを全く考えていなかった。申し訳ない。』だってさ、
続けてこうも言ったよ。
『そして、君を元に戻すことはできない。』
って、冷静だったよすごくすごく。その言葉は当時の俺には確かにショックだったけど、それよりも"こいつ、感情ないんじゃねぇのか"っていう思いの方が強かった。それくらい冷静だった。
まるで、氷でできた花のようだった。
ただ淡々と呟かれたその言葉に当時の俺は怒りを感じるんじゃなくて、逆に"なんかかっけえな"ってどうしてか思っちまったんだよな。
そして、その人は最後にこう付け加えた。
『能力者の世界も君が思っているほど、悪くはない。
ただ、能力者でありながら非能力者として生きると言うのなら俺は止めやしない。ただ、君がしたことの責任は君自身がとれ。そしてそれができる人間になれ。』
そう言い放った。
当時14歳の俺にとってその言葉の意味なんてよく分からなかったけど、この人なら俺を変えてくれるって本気で思った。その言葉が正しいっていうのは本能的に分かったし、当時の俺には何か響くものがあった。
そして最後にこう言って、俺の病室を出て行ったよ。
『自己紹介が最後になって悪かったな。俺の名は白銀音哉、現在、特殊公安上級部隊のA級部隊員だ。君に能力者として生きていく覚悟ができたのならば、ここに電話してきてくれ』
そう言って、彼は俺に名刺を渡して出て行ったよ。
詳しいことは何も分からなかったけど、その彼の後ろ姿が異様にカッコよくて俺は彼の言葉に従おうって思った。
***
そんな思いもよらない過去を聞いて2人は一瞬固まっているのも無理はない。