第3話 本当の意味の基礎基本とは?
2人の激戦によって巻き上がった強風と周囲の生徒の熱気が2人を強く覆っていた。
戦いは未だに火原優勢に見える。
火原の少女は新太に最後の一撃を食らわせ新太は宙から地面へとたたき落とされる。
『痛てててて』
『こりゃ、起き上がれないわ』
『でしょうね。あんだけいたぶったんだもの当然よ。どう?もう懲りたでしょ痴漢』
火原の少女は新太の呟きにそう答え、ゆっくりと地面に降り、新太へと歩み寄る。
『俺が何に懲りたってんだよ。だいたいあれは痴漢じゃなくて事故だっつーの。』
『言い訳なんて聞く気はないわ。勝負ありね。私の勝ちよ。』
火原の少女がそう言うと、
『そうだな。お前の勝ちだな。』
新太は火原の少女の言葉に対してそう答えて不敵な笑みを浮かべる。
『なんつってな』
新太がそう呟いた瞬間火原の少女の周囲が四方八方、一斉に光り、雷撃とも見える光が少女の方へと襲いかかり彼女に直撃する。
『あーあ。辛気臭い芝居売っちまったなぁ』
『油断してるのはテメェの方だっつーの』
新太は自らの状態を起こしながら火原の少女へとそう呟いた。
火原の少女は稲妻のような光で見事に立ったまま縛られている。
新太は小言を呟くと、右手で顔の前に印を作り術式を唱える。
『雷属性 術式7〜雷縛〜』
『どうだ?一桁っつても結構縛れるもんだろ?』
新太がそう挑発すると火原の少女もすかさず返す。
『所詮、一桁の基本術式こんなの返そうと思えば返せるわ。』
そう言い火原の少女が技を解こうと腕に力をいれた瞬間
『重ねて発動雷属性 術式7 〜雷縛〜』
『もう一つ行くぜ。雷縛!』
火原の少女を縛ってあった光が三重になる。
『サンフレッチェなんつってな』
『単体じゃ弱くても、3つ重ねられたらどうだ?』
『別に解いてもいいぜ?解いても71の雷縛-零式-の方も用意してるから。』
『お前、俺のこと舐めすぎ』
ドヤ顔でそんなことそ言われ少し赤くなる火原だったが、すぐに我に帰る。
『はぁ...』
火原の少女がそれを聞いて呆れたようにため息を漏らす。
『いいわ。私の負けよ。胸を揉んだことに関しては執行猶予ってことにしときます。』
『おいおい、ここに来てまだ...』
『何か文句あんの?』
言いかけた新太の言葉を火原の言葉が遮る。
『いえ、何も...問題ありません...というか...』
新太は少し吃りながら答える。
『アンタって頭いいのね。少し見直したわ。』
『少しかよそりゃどーも』
『そこまで!』
加代が試合終了の合図を告げるその言葉が不貞腐れながら放った新太の言葉を遮った。
『あのときだな』
加代が新太に確認を入れるかのように問いかける。
とは言うものの周囲の生徒はほとんど状況を理解できていない。
『火原さん。新太君がいつ雷縛の術式を地面に仕込んだのか分かる?』
火原の拘束はとっくに解けている。
『ええ、宙に浮くために地面に手をやって跳んだときですよね。』
『ああ、そうだ』
加代が火原の答えに正解を告げる。
『宙に浮いて、紅蓮を空中に打たせたのはまさか・・・』
『地面に仕込んだ雷縛の術式に気づかせないよう、地面から意識をそらすためだったの?』
火原がワンクッション置いて問いかける。
『当たり』
新太は正解だけを告げ多くは何も語らなかった。
『ってことは、私の大技を使ったフェイクも分かってたの?』
『当然だろ。一桁の技を防ぐためならあんな大技いらねぇし、あんな溜めが長いのに何も細工なしで打つわけがねぇからな。』
『それだけじゃないよ』
3人の言葉を遮ったのは、意外にも先ほどの銀髪の少年だった。
『誰?』
火原は自然に出てくる疑問を口にした。
『あーごめんごめん。鷹影 裕之って言うんだ。同じクラスだよ。よろしくね』
銀髪の少年はそうカジュアルに挨拶をすると、自分の言葉の続きを述べ始めた。
『火原さんの空中での新太君への攻撃は実は一発もヒットしていないよ。』
『なんですって!?』
『やっぱり、気づいてなかったんだ』
『別に言わなくてもいいだろそれは』
火原は驚嘆し、鷹影はやっぱりかと少し呆れ、だが新太はそれ以上に呆れていた。
『君の攻撃は全部新太君が防御の術式をピンポイントに発動させて防いでいたんだ。』
『彼の術式は相当洗練されてるよ。』
『それは本当なの!?』
火原の少女は驚嘆の表情を浮かべ、強く新太に問いかける。
『まあな』
それに比べて新太は対照的だった。彼は落ち着いて聞かれたことのみを彼女に対して答える。
勝者の余裕というやつだろうか。戦闘中とはまた違った風格が彼の周りには漂っていた。
その原因は新太がただ勝っただけだからではない。
周囲の観客のほとんどに火原の勝利を確信させそれでもって試合をひっくり返して見せたのだから、試合中との印象がまるで違うのはある種当然だ。
『一桁の防御術式を君が攻撃を打ってくる場所に合わせてピンポイントで発動させていただけだ』
新太は最小限の補足のみを付け加える。
『でもそんなことって可能なの!?』
またも火原の少女が驚嘆の表情を浮かべる。
やはり2人は対照的だ。
『能力者の一族の中で最も身体能力の高い火原の一族の少女の攻撃をピンポイントで確実に防いでいたんだんだ。並大抵のことじゃない。』
鷹影が火原の少女の言わんとしたことを察しそれを口に出す。
確かにこの鷹影の発した言葉は最もだ。
火原一族は数ある能力者の一族の中でも名門中の名門。術式を発動するために必要な霊気は他の一族よりも少ないものの、能力者の中でも最強と謳われるほどの身体能力を有し肉弾戦を最も得意とする伝統のある四大一族のひとつだ。
だが、そんな事情は以前に何度か発した鷹影の一言で片付けられてしまう。
『だーかーらー、言ったじゃん!彼の術式は相当洗練されてるって!』
呆れているのか興奮しているのかどっちともつかないような声のトーンで火原の少女にそう言い放った。
『・・・』
火原の少女ははまだ納得していない様子ではあったが、目の前で起こったことは紛れも無い事実。全てを受け入れたようではないが、現状に少しだけ納得しそう呟いた。
火原の少女は下を向き悔しそうな表情を浮かべている。
当然といえば当然だ。自らの戦術が全く通用していなかったなんて事実を唐突に突きつけられたのだ。そしてそれが真であるのならば彼女のショックは相当大きなものであろう。
『悔しい』
自分以外には誰にも聞こえないように呟かれたその一言はまたも鷹影によって遮られたのだった。
『でも君凄いね!』
鷹影の興味は完全に新太の方へ向いている。戦いの始まる前の生徒とまるで対照的なその感情は素直に新太へと向けられていた。
『君、元は能力者じゃないんでしょ?それなのにここまで術式の精度が高いなんて凄いなぁ。しかも術式は実質一桁の基本的なものしか使ってない。』
『相当強いよ!』
鷹影は少し興奮気味だ。
だがそんな鷹影は興奮を抑えて少し声のトーンを沈めこう言い放った。
『君何者?普通じゃないよねぇ?何があったか教えてよ』
それを聞いて火原を含めた周囲の生徒は興味と興奮が入り混じった表情を浮かべている。まるで彼のことをもっと知りたいというように。
新太ただ一人を除いては。