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27日後の汽笛

作者: 荒川 佳知
掲載日:2016/01/31

ーーまもなく、4番線に、各駅停車、○○行きが参ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がってお待ちください。

何回も聞いてきた機械音が流れてきて、私はふと我に返った。

一体何を考えていたのかは思い出せない。

東京の大きな都市に繋がっているこの駅では、夜7時前のこの時間は人が溢れてくる。

仕事に疲れ足早に歩くサラリーマン。部活終わりであろう高校生。手を繋いで歩いているカップル。

みんな何処からか出発し、何処からか電車に乗り、何処かの駅で降り、何処かの住処へと帰って行く。

そういえば、私にもああいう若い時期があったなあ。

学生時代には野球に打ち込み、大学では友達や彼女と楽しい時間を過ごした。

就職してからは、今歩いて行ったサラリーマンと同じようにこの駅を足早に去って行ったっけ。

それにしても、人の数が凄い。

こうしてぼんやりと周りを見回していると、あまりの人の多さに頭がおかしくなりそうだ。

しかも、この駅以上に人が多い場所も日本中に数え切れないほど存在している。今この瞬間に幾つもの駅で同じような光景を見られると思うと、やはり私が生きてきた世界はちっぽけだったんだなあとかんじられるのである。

ーーまもなく、3番線に、準急、○○行きが参ります。危ないですから、黄色い線の内側まで下がってお待ちください。

これもまた、聞き慣れた機械音が流れてくる。

さっきの各駅停車がまだ発車していないのをみると、きっとこの準急列車のことを待ち合わせていたのだろう。

一体、誰が電車のダイヤを考えたのだろうか。

各駅停車、準急、区間急行、急行、特別快速、特急。ありとあらゆる電車が衝突することなく、しかもそれぞれの止まる駅に無駄なく停車しては去って行く。

いつかの数学の授業で、電車のダイヤは一次関数のグラフで表されるとか聞いた記憶がある。そのグラフに何本もの線が書かれ、その通りに電車が動いていると考えると人間はどうしてこんな事ができるのか不思議になってしまう。

これは一種の芸術だと言えるだろう。

何人もの人が考え、工夫してきて完成した賜物である。

このダイヤを乱すような事は、世界一とも言える芸術を汚すようなものである。

この芸術を、私は汚してしまったのか…

ーーまもなく、3番線に、当駅止まりの電車が参ります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください。また、この電車は回送車両となります。お客様のご乗車で出来ませんので、ご了承ください。

1ヶ月くらい前だろうか、この駅を通過する特急列車に飛び出して自殺した人がいたなあ。毎日ここに来ていると、それが何日前なのかはっきりと分からなくなってくる。

この駅が終点の電車が到着し、またも多くの人達が降りてきた。急行だったため、大きな駅から乗り込んできた人達が早々と降りていく。

電車から降りて来た人達は、ホーム真ん中の階段に向かって私の前を歩いて行く。私には見向きもせず、それぞれの目的地へと進んでいく。

ーー回送電車が発車します。ご注意ください。回送電車が発車します。ご注意ください…

繰り返し流れるその音も今まで何回も聞いてきた。

誰も乗り込むことが出来ないその電車に1人で乗って、何処か遠い空の向こうの楽園に行けたらどれだけ幸せであろうか。

しかし、それは叶わぬまま回送電車のドアは閉まって行く。

回送が発車したあとの駅のホームは静かだった。

人がいなくなったホームを、風がヒューっと吹き抜けていく。

さて、そろそろ時間だ。

ーー4番線、通過電車です。黄色い線の内側までお下がりください。

彼は今いるホームの1番前のところで立ち上がった。

27日前に起きた飛び込み以来、運転手たちの間で話題になっていることがある。

平日ダイヤで、事故が起きた時間にその駅を通過する特急列車の運転手は必ず列車に飛び込んでくる幽霊を見るそうだ。

特急の電車が4番線を眩しいライトで照らしながら入ってくる。

そこで彼は今日も一歩を踏み出した。

ブーー!

大きな汽笛を鳴らしながら、特急列車は何事もなく4番線を通過していった。

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