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呼び出されたニャ

作者: ざっくん

 真夜中の駐車場でにゃあにゃあと猫の鳴き声が小さく響く。

 今日は週に一度の集会だ。

 野良猫はほぼ全員が、それに抜け出せる家猫も大体が集まっている。


「にゃにゃあ?(集まったかにゃ?)」

※以下猫の鳴き声は省略


 一瞬だけ静まり返り、すぐにまた鳴き声の合唱だ。


「あいつがまだきてないにゃ」

「お腹減ったにゃあ……」

「……美猫だにゃ」


 もともとがあまり協調性のない猫だから、質問に意味のある答えは極僅かだ。


「にゃにゃん。それでは今日の議題の発表だにゃ」


 この瞬間だけはいつも静かになる。

 皆話題に飢えているのだ。


「ずばり、生きにくくなっていることについてだにゃ」


 一匹の老猫は思う。

 この街の猫の数はずいぶんと減った。

 昔はそこらじゅうで盛った雄猫が雌猫を追いかけ回していたのに、今はどうだろうか。

 明らかに元気がない。

 それは、ここに集まっている子猫の数が少ないことからも明らかだ。


「でもご飯はもらえてるにゃ」

「そうだにゃ。ご飯なんてそこらじゅうにあるにゃ」

「……眠いにゃあ」


 確かに食事には困っていない。

 愛らしい姿で一声鳴けば、人間たちは簡単にご飯を用意してくれる。


 しかし問題はそこではない。


 集まった猫たちを見たら一目瞭然だ。

 こんなにもいろんな猫が集まっているのに、誰一匹として盛っていないのだ。

 昔を知る老猫にとっては、とても不自然に思えることだ。


(まあどうでもいいにゃあ)


 その思考は長く続かない。

 なぜならば、老猫もまた気力の無くなった猫の一匹だから。


 その時、猫たちの中心に光が集まる。

 これにはさすがの老猫も驚きだ。

 驚いて、そして散り散りになる。


 誰もいなくなった駐車場で、光は次第に集まり一匹の巨猫の形となっていく。

 それはここに集まっていたどの猫よりも巨体だった。



 老猫はその様子をこっそりとうかがっていた。

 駐車場には沢山の車が止まっているので身を隠すことは容易かった。


 現れた巨猫はほんとうに大きなサイズだった。

 それこそ今身を潜めている車と同じぐらいだ。

 初めて見る巨体に、他の猫も様子をうかがうことしかできない。


 しばらくすると様子が変わってくる。

 巨猫は動かないままだが、隠れていた猫たちの気が緩んできた。


 ──どうやら危険はないようだにゃ。


 そんな思いが広がっていく。

 しかし話しかける猫は現れず、その場で寝たりする猫がいるのだ。


(しょうがないにゃ)


 このままではいけないだろう。

 何が起こったのかわからないが、巨猫とは話をするべきだ。

 何よりもその体躯だ。

 立派な身体は、それだけでここに集まっている猫たちの頭になってくれるはずだ。


 警戒させないように、巨猫の正面に移動してから姿を現す。

 その瞬間、ぎろりと大きな瞳が老猫をとらえるが近づくことはやめない。

 本能的に危険はないだろうと思えたからだ。


「いきなりのことで驚きましたにゃ」


 老猫が巨猫へと声をかける。

 老猫の後ろからは巨猫に興味を持っている猫たちが大勢集まっているが、誰も直接巨猫に話しかけるようなことはない。


『……ここはどこだニャ』


 ここで初めて巨猫がしゃべった。

 低いながらも響き渡る声だ。


「どこと言われてもにゃ……。皆が集まる場所だにゃ」


 駐車場という名称なんて知らないし、どこかに名前をつけて呼ぶこともない。

 どこだと問われても答えは出なかった。


『ふむ……では何故ニャーはここにいるんだニャ?』


「それこそ、私たちにはわかりませんにゃ」


『そうかニャ。まあいいニャ』


 巨猫はあまり気にしない様子だった。


 そこからは猫たちの大合唱だ。

 今のやり取りで巨猫が傍若無人でないことは知れた。

 そうなると、ただてさえ大きな身体だ。

 猫たちの羨望の的になるのは解りきっていた。


 にゃあにゃあと鳴き声が駐車場に響き渡る。

 まずは巨猫に興味津々な猫たちが。

 それも次第に無関係な、いつも通りざわめきとなっていった。


 ある猫はその場でごろごろとし、ある猫は毛繕いを始める。

 仲のいい猫同士ではお互いの身体を舐め合ったりもしていた。

 しかし、あるひとつの行為だけはどの猫もしていない。


『……お前たち、どうしてそんなに元気がないニャ』


「は……どうしてといわれるにゃと……」


『ニャんで交尾をしていないんだニャ。そこの猫なんてとっても魅力的だニャ』


 巨猫の示す先には一匹の雌猫がいた。

 白い毛並みで、毎日ブラッシングされている家猫だ。

 その雌猫は視線が集中したことで頬を染めた……気がする。


「それには理由があるんだにゃ……」


 老猫の視線の先には寝転んでいる若い猫の姿がある。

 特に不自然な点は見当たらない。


『あの雌猫がどうかしたのかニャ?』


 無気力にだらんとお腹を見せて寝そべっているのは気になるが、特にどうということはない。


「いえ……あれは雄猫ですにゃ」


『──ニャんだと?』


 改めて寝ている猫を見る。

 ωが無いから雌猫だと思った。

 しかしよく見ると、それはωが無いからではないのだった。


『どういうことだニャ……。まさか、お前たちもなのかニャ!?』


 巨猫がそれぞれの猫をひっくり返していく、ということはなかった。

 巨猫の大きな声を聞いただけで、大半の猫は降参するようにお腹を見せた。


 そこにωを持っている雄猫はおらず、また雌猫たちはわずかな傷を持っていた。


『……なんということだニャ』


 どうしてこんなことになっているのか。

 答えはひとつしかない。


「あのですにゃ……」


 目の前の老猫がなにか喋ろうとするが、巨猫の耳には届かない。

 巨猫の目は赤く染まっているようだった。


『──思い知らせてやるニャ』


 その一言の後、まるで蜃気楼のように巨猫の体躯が溶けて消えていった。

 残ったのはお腹を見せたままの猫たちだけ。


「……なんだったのにゃ」

「消えたにゃ?」

「大きかったにゃ」

「尻尾がふたつあったように見えたにゃ」

「ふにゃあ……どうしたにゃ?」


 猫たちは騒ぐが、不思議なことはもう起こらない。

 残ったのは最初から駐車場に集まっていた猫たちだけだった。



------



「にゃあ」


 いつもの時間に目を覚ます。

 そろそろご主人が起きてご飯を用意する時間だ。

 別にこの時間に起きなくても、わざわざご飯をねだらなくてもきちんと用意されるのだが、ご飯が美味しいのだからしかたがない。


 この猫はご主人に飼われている家猫だ。

 今まで一度も家の外に出たことはない。


 ご主人の扉をカリカリすると、やがてご主人が起きてくる。

 その後ろをついていき、用意されたご飯へとありつく。

 ご主人はテレビをつけたあと、どうやらトイレへといったようだ。


 器に顔を突っ込んでご飯を食べていると、テレビからの声が聞こえてくる。


『緊急ニュースです。昨夜未明から今朝にかけ、人の性器が消えるという怪事件が起こりました。原因は現在までわかっていません。心当たりのある方は、焦らずに近くの病院へと相談してください』


「なんじゃこりゃあああ!!」


 いつもとは違うご主人の叫び声に、ご飯を食べていた猫は思わずビクッとしてしまう。

 いつのまにかお腹は一杯だ。

 なんとなくご主人の様子を見に行く。


 ちょうどトイレから出てくるご主人と鉢合わせた。


「お前……じゃないよなあ。寝室には入れないし……」


 ご主人がなにかを呟きながらリビングへと向かっていく。

 とことことその後ろをついていった。



『ですからね、これはペットたちからのメッセージなのです! 理不尽に不妊治療をされたペットたちからのね!』


『いやいや、まずはどのようにしてこのようなことを起こしたのか、手段について議論すべきでしょう』


『何をいっているのですか! このようなこと、ただの人が起こせることではないでしょう!』


『だからって、ペットの呪いというのはねえ』


『……さて、どうしてこのような事件が起こったのかは今だはっきりとはしていませんが、我々にとっても考えるべきであることは間違いありません。今でこそペットへの不妊治療は飼い主の義務とされていますが、生命への冒涜であることには違いないのです。これからどうするのか、またペットとの付き合い方を考え直すべきなのか、今後もさらに白熱したものとなっていくでしょう。それでは一旦CMです』


「まさか、なあ……」


 ご主人が猫の頭を撫でた。

 猫は一言呟いた。


「にゃあ」


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