1話
これは、どこにでもいるようなごくごく普通な僕が遭遇してしまった非日常の物語。
いつものように歩きなれた通学路を僕は歩いている。
通学路であるが、妙に閑散としていて僕以外の学生がいないのは僕が遅刻しているからだろう。
私立琴之裏高校、僕が通っている学校でこの学区内では一番上とは言はないがそれでも3番以内には入るであろう学校だ。
今となっては僕の成績は下から数えたほうが早いが、中学のころは学年でも十数番であったのだ。
まあ、高校に入りそれなりだった自分の成績に胡坐をかいてこうなったのだ。
今から勉強すれば大丈夫と、僕の担任の教師や頭のいいクラスメイトはいうけれどもう三年の一学期の中頃だ。
無理に決まっている。
いや、死ぬ気で頑張って毎日何時間も勉強すればいけるのかもしれないが、そんなことができたのなら初めから勉強している。
こんな成績になるまで放置しているわけがない。
まあ、別にそれなりの進学校でその中で成績が悪いだけなのだ。
社会全体でみれば中の上程度の頭であると思う。
それに得意科目の国語のみは学年トップクラスなのだ。
それに安心して他の教科の成績が伸びないのだけど……。
そんなことを考えると朝から気持ちが少し滅入ってくる。
「はぁ、もう帰ろうかなぁ……。」
僕はため息交じりにひとり呟く。
それにどちらにせよもうすでに遅刻なのだ。
僕は、基本的に怠惰で学校を仮病でサボったりするが遅刻は滅多にしない。
まあ、それが僕の譲れないこだわりであったり、遅刻しないことを誇りに思っているわけではないのだが。
ただ単に授業途中に教室にはいり、視線をクラス中から集めるのが何となく嫌だからだ。
ただそれだけの理由。
「よし今日は帰ろう…。」
今日は帰ることを決心し来た道を引き返し歩き始める。
漫画喫茶にいくかカラオケで寝るなりして時間をつぶそうか、そんなことを考えながら歩いていく。
一応言っておくが僕は決して友達がいないからだとか学校でいじめらているから学校に行きたいわけじゃない。
僕は部活こそやってはいないが仲の良い友達は数人いるし、顔も特別いいわけではないが悪いわけでもない。(髪の毛は少しクセっ毛ではあるが)
クラスでも浮いているわけでもないし、別段目立っているわけでもない。
多少他人より友人が少ないかもしれないが普通の学園生活。
そんな僕がどうして学校に行きたくないか、もちろんそれは当然実は僕が正義のヒーローで地球の存亡をかけて夜遅くまで怪人と闘ったりしていて眠い、などでは無い。
というより凡人である僕が「変身ベルトをあげるから世界を救ってくれ」などと言われても出来るわけがない。
ならどうして学校に行かないのかと問われれば僕はこう答える。
面倒だからだ。
僕は多少人よりも怠惰な傾向がある。
これは他人に何度も言われてきたが僕自身自覚している。
中学の時に無断欠席などをすると家に連絡がきたりしたが、僕の高校はそれなりに頭がいいからなのか、教師がいい加減なのかしらないが何の問題もない。
流石に何日も連続で休むと連絡がくるが一日程度休むことにはなんの問題もない。
義務教育ではないので出席日数などは自分で管理しろということなのだろうか。
こんな環境だったからなのか、中学の時はインフルエンザ以外で休んだことはなかったのだが高校に入ってからはよく学校を休むようになった。
よくといってもそれほど頻繁ではない。
ほぼ休んだことのなかった中学の時と比べてだ。
出席日数をしっかりと計算してもし何か風邪をひいたりやむを得ない理由で欠席する場合があった時のために4、5日分休めるようにして要領よく休むのだ。
どうだ、頭がいいだろうと、大したことではないのに心の中で少し胸を張ってみたりするが少し虚しかった。
そんなくだらないことを考えながら歩いていると駅が見えてきた。
普段僕は家から自転車で駅までいきそこから二、三駅電車に乗りそこから徒歩で学校に登校しているのだ。
しかし、ふと僕はそこで何となくさっき電車に乗って来たのにもったいない、となんとなく思い近くの公園で休憩していこうと思った。
今まで何度かこういうことがあったが今日はたまたま思った。
いつもならそんなことは思わないのに。
今日に限って思ってしまった。
近くの自動販売機で買ったペットボトルのお茶を片手に歩いていると目的の公園が見えてきた。
あまり大きな公園でないのでベンチがコの字型に一つ配置されているだけだ。
「あれ、先客がいるのか……」
よく見るとそのベンチにはどうやら女の人が一人で座っているようだ。
僕は今学校をサボっているので注意などされると面倒なので他人と顔をあわせるのは少し気まずい気がするが・・・・、しかしせっかく来たのだから公園で休んでいこうと若干の迷いもあったが結局僕は公園の中に入っていった。
僕はベンチに行き女の人が座っていたが挨拶もせずに無言で座る。
近くで見るとずいぶんと綺麗な女の人だ。
目は少し吊目がちで鼻も高く均整のとれた整った顔立ちで、少し赤みがかった茶髪の髪だ。
僕がベンチに座ると少しだけ僕の方を見て一瞬目があったことに驚いたが、すぐに顔を戻し空をボーっと見上げている。
歳はおそらく僕より少し上なくらいだろう。
こんな人のいない公園でいったい何をしているんだろうか。
まあ、僕には関係がないか。
そう思い僕はベンチにもたれながらカバンの中から昼食用に二つほど買っておいたパンが入っている袋を取り出す。
朝食を食べてなかったので代わりにちょうどいいので今食べてしまおうと袋を開けパンを一口かじる。
他の奴らが一生懸命勉強しているのを尻目に優雅に……、ではないが少し遅めの朝食としゃれこむ。
そんな少しの優越感と何とも言えない少しの虚しさを感じながらパンを食べていると、突然声を掛けられた。
「なあ、あんた、うまそうだな。」
僕はいきなり声を掛けられたことに少し驚いたが、
「ああ、おいしいですよ。あなたも食べますか。」
もともと僕は朝はあまりたくさん食べるほうじゃないのでパンを一つ食べれば十分すぎるくらいなので丁度いいと思い彼女に一つ譲ろうと思い、僕は彼女に聞いてみる。、
「お、いいのか!あんたいい奴だなー。」
と彼女は笑顔で僕の方に近寄ってきた。
僕も余っているもう一つのパンを差し出そうとパンを袋から取り出し顔を上げると、彼女が目の前にいた。
「ッ!」
突然彼女の顔がアップになったため僕は驚き声が出なかった。
僕は彼女が近過ぎることに少し動揺しながらもとりあえずパンを渡そうと口を開きかけたが、先に彼女の口が開いた。
「いやー、悪いね。なにも食べてなくてホントお腹空いててさ。」
彼女が苦笑まじりに明るく話す。
そして彼女は続けて
「んじゃあ、さっそくいただきます。」
と言うと彼女は僕の制服の襟をつかみ方をはだけさせた。
「え、ちょっと、あんたなにして」
唐突な彼女の行動に焦った僕が彼女から離れようとしたが、彼女が僕の肩口に顔を近づけたかと思うと、なんのためらいもなく僕の肩の一部を食いちぎった。
「え?」
彼女が咀嚼するために一旦僕の肩から顔を離すと、僕の肩の傷がよく見えた。
綺麗なピンク色の肉と白い骨が少し見えている。
僕はそれを見た後少し遅れて肩に少し熱が帯びたかと思うとすぐに激痛が僕を襲った。
「ガッ、アアアアアアアアアアア」
激痛に耐えきれず僕は獣のような悲鳴を上げのたうちまわる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛みが僕の思考を塗りつぶす。
痛いということ以外考えられない。
しかしそんな中この痛みの元凶である彼女の声が聞こえる。
「やっぱ思った通りあんたうまいわ。もう一口もらえない?」
なんでもないかのような、友人が食べているお菓子をねだるかのような、そんな軽い感じで彼女は問いかけてくる。
その言葉に僕は全身に鳥肌が立ち、生涯いままで味わったことのないない恐怖を感じる。
痛みが治まってはいないが痛みが少し麻痺してきたのか思考回路が少しまともになり今すぐここをにげようとする。
が、足が震えてうまく立てない。
そもそも彼女はなんだ、カニバリズムといった性癖をもつ新手の殺人鬼であろうか、もしくは末期の薬物中毒者で幻覚でもみているのだろうか。
痛みが少し麻痺すると意外と冷静にそんな推測を立てながら漸く立ち上がる。
「あれ?、すごく痛がってるけどもしかして食べられ慣れてないの?」
と、不思議そうに言いう。
「ふざけんなっ!!!食べられ慣れてる人間なんか居るわけないだろうっ!!!」
と訳の分からないことを言う彼女に乱暴に言い放ち逃げようとする。
「あれ?でもあんたが食べていいって言ったから……。」
彼女は子供のように首を傾げている。
彼女が歩みを止めていることは僕にとって好都合なことなのでその隙に彼女に背を向け走り出す。
そして走り出して数秒五に僕は何かが肩に触れ振り向くと彼女が走りながら僕の肩に手を置いていた。
「ッ!」
僕は驚きながらも咄嗟の判断で身体を捻り彼女の手を振りほどきながらその勢いで身体を反転させ体勢を崩しながら、重心が後ろに傾いているため蹴りを放った後倒れるだろうが、そんなことはかまわずに彼女の膝に前蹴りを放つ。
しかし彼女は僕の予想を超えてまるで落した物を拾うかのような気軽な動作で僕の足首を掴み蹴りを止める。
僕は慌てて彼女の手から逃れようと足を引き戻すと彼女はパッと手を放僕の体の重心が後ろに傾き受け身も間に合わず勢いよく後ろに背中から倒れてしまった。
勢いよく背中から倒れ肺の中の空気が強制的にいっきに吐き出させられる。
倒れた拍子に背中だけではなく頭も打ったため視界が一瞬で真っ暗になる。
視界が暗く息ができず、一瞬深海に沈められたかのような錯覚さえ陥る。
「ゲホッ、ゲホッ、カハッ」
それでも僕は咳こみながら視界もほぼ回復していない状態で立ち上がろうとする。
我ながら中々しぶとい奴である。
しかし、立ち上がろうと顔を上げるとそのほとんど回復していない視界に彼女の顔が入り込む。
その瞬間僕の体は恐怖で凍りついたように動かなくなる。
動くことのできない僕をよそに彼女は僕に近づいてくる。
彼女は僕の目の前にしゃがみ込み、僕に手を伸ばしてくるが僕の身体は硬直して全く動かない。
そして彼女のてが僕に触れた瞬間僕は反射的に目を瞑ってしまう。
終わった。
僕はここで彼女に殺されるのだろう。
出来るだけ痛くないほうがいいなぁ…。
どうして僕がこんな目に会うのだろうか。
こんなことならちゃんと学校に行っておけばよかった。
死ねばどこに行くんだろうか…。
途方もない恐怖と絶望が墨汁を白紙に垂らすかのようにゆっくりと僕のこころを支配していく。
ああ、もう少し生きたかったなぁ……………。
そうして僕の人生は終わった…………。
……………?
あれ?いっこうに痛みが来ない。
しいて言うなら肩のあたりが一瞬暖かくなったくらいだ。
不思議に思い僕は恐る恐る目を開けると彼女が少し離れて立っていた。
「いやー、ほんと悪かったな。あんたが食べていいって言ったのはあんた自身のことじゃなくパンのことだったんだろうなぁ。」
まるで、何でもない笑って許されるような失敗をしたことを謝るかのように謝罪する彼女。
「よくよく考えてみればいきなり自分を食べていいっていうような奴いないよなぁ。ハハハハハ。」
と腕を組んで笑っている。
「まあ、傷は治したから勘弁してくんないかな?」
と笑いながら首を傾げ胸の前で手を合わせて謝っている。
「え、ま、まあ、な、治してくれたんならまあ、別にかまわないんだけど……。」
あまりにもノリの軽い謝罪とその仕草が可愛かったので僕も咄嗟に許すと行ってしまった。
「ハハハハハ……、ん?傷を治したって…」
パッと自分の肩を見ると食われたはずの肩がきれいさっぱり治っていた。
「は?あれ?治ってる。って言うか何で僕いきなり肩齧られたの?それ以前になんでこの人僕の肩齧ったの?訳わかんねぇ?何これ?は?」
と僕は頭を抱え混乱し矢継ぎ早にまくしたてる。
すると彼女は驚いた顔をする。
「あんた、私が何か知らないのに会話してたのか?」
「何ってなんだよ?」
僕は乱暴にそう返すと、すると今度は彼女が頭をかかえはじめる。
「あれ?じゃあなんで私らが何か分かってないのに私がみえるの?なに?こいつ?なんなの?」
と彼女がひとしきり呟き終えると顔をあげてこっちを見たかと思うと、
「え?あんた何者?」
心底不思議そうに尋ねてくる。
「それはこっちの台詞だああああああああ。」
思わず叫び返してしまう。
しかし初対面の人の肩をいきなり食いちぎっておいて「何者?」と言われたのだから仕方がないと思う。
彼女が男だったら間違いなくぶん殴っていたに違いない。
「あー、とりあえず私たちみたいな奴らの存在は翳物って呼ばれてるんだ。世界中にひっそりと、でも確かにいる日陰者それが私たちだよ。」