鉄塊
鉄塊
その巨人はゆっくりと巨体を揺らし、その堅い体に紅く輝く夕陽を反射させながら彼を見下ろしていた。
その眼はジッと強く彼を見つめている。
男は額を流れる汗を拭くことも無くただこう呟いた。
「鉄塊…」
【山の端に 隠るる月を ながむれば 我も心の西に入るかな】
Act.1
◇◇◇◇◇
アストラス太陽系6番目の惑星、シーコック。その中心都市エヒメ。過疎化し殆ど廃墟と化したビルが建ち並び、退廃と混沌を呼んでいる。
汚れた大気と降りしきる酸性雨と人々の溜息が街を包んでいた。
売流目 鰯は集合住宅地の中のボロボロの自室の中で頭を抱えて震えていた。
(期限は今日の正午…あと10分…あと10分であいつらが…)
彼はドッジシティを取り仕切っている、とあるヤミ金融から巨大な資金を借金していた。 無論その借金の使い道は部屋の至る所に転がっている注射器と精神興奮剤を見ればお分かりいただけるだろう。そして今日、その取り立て屋が来るのだ。
彼のイカレタ思考では何処かに身を隠そうなどと言うことは微塵も思いつかなかったのであろう。彼は未だに布団を頭から被りガタガタと震えている。
恐怖がそうさせるのか彼の目の下にはクッキリと隈が出来、口からはダラダラと唾液が滴りシーツを濡らしている。
(そうだ…こんな興奮を抑えるには…)彼は何かを思いついたように布団をガバッと跳ね除け、机の上に転がっていた注射器を震える手で掴んだ。
恐怖のせいか、指先が震えて注射器が上手く掴めない。やっとの思いで注射器を手に取ると精神興奮剤を注射器で吸う。
鰯は片方の腕を捲る。彼の白い肌には無数に注射の刺し跡が残っている。数は数え切れない。しかし彼はそんなことは全く気にせず動脈を目掛けてブスリと注射針を射し込んだ。
青いケミカルな液体がグングンと減っていく。同時に鰯の顔が恍惚とした表情に変わって行く。
「ケケケケケッ…ヒーーッ!ヒーーッハッハッハッハッハッ! ジュルッ…」
彼は天を仰ぎながら口からダラダラ唾液を垂らして不気味に笑った。
(何が取り立て屋だ… 俺が…俺が殺して…ぶっ殺してやるぞ…ぶっ殺してやるぞ…ぶっ殺してやるぞ… )
先程まで感じていた恐怖の感情は何処かへ消え去っていた。 湧いて来るのは何でもできると言う底知れぬ自信と興奮。心なしか鼓動が早く聞こえる。
鰯は洗面所に行き、いつか買ったヘアーワックスをベットリと手に取り、髪の毛を書き上げオールバックにする。鏡に写ったその姿はサムライに見えた。
(俺はサムライだ…サムライだ…) かつての戦争の時に活躍したサムライ達、彼は鏡に写った自分の姿にそれを重ねる。 手の震えも無くなっている。
鰯は口元のヨダレを拭き取り再び寝室へ戻る。
寝室の棚には護身用の太刀が飾られている。鰯はその太刀を持ち上げる。今まで殆ど持ったことの無かった物だ。 その重みがズッシリと手に伝わってくる。
「スーーッ…ハーーーッ…」サムライ達がそうしたように鰯も目を瞑り太刀を持ち深呼吸をする。
「ぶっ殺して…やるぞ…」
◇◇◇◇◇
鰯の部屋の前には4人の男が集まっていた。彼らはヤミ金融に雇われた取立て人、簡単に言えばアクトウである。
彼等の腰には護身用の太刀がぶら下がっているが滅多に使うことは無い。いざとなれば胸元にしまっているマグナムで標的の脚を吹き飛ばしてやればいい。 あとは奴の臓器を引き摺り出し売買に賭ける。これで返済は完了だ。
男達は仕切りに時計を確認している。正午ジャストになれば問答無用でドアをぶち破り部屋へ侵入し借金を取り返す。
正午まで後20秒… 長髪の男が咥えていたタバコを床に落とし脚で消し、ドアへ近づく。 残りの3人は続けて侵入出来るようその背後で待機する。
「時間だ…」 1人の男が言う。
「時間だ」長髪の男が応えた。そして次の瞬間、マグナムでドアノブを破壊した。
ガインッ!と言う破壊音と共にドアノブが弾け飛んだ。そして長髪の男がドアを脚で蹴り叩き開ける。
「借金の徴収に参りましたーァッ!」長髪の男はポケットに手を突っ込んだまま部屋を見回す。
誰も居ない… だが先程まで人がいた気配がある。
「逃げたか…?」長髪の男は靴で床に転がった注射器を踏み潰した。パシャッと言う音が室内に響く。
その様子を残りの3人は部屋に入らず外から伺っている。
「居ねぇのか?」男の1人が聞く。
「ああ…もぬけの殻だぜ…」長髪の男は戸口の男達に言葉を返しながら洗面所へ入っていく。男は床に転がっていたヘアーワックスの容器を拾い上げる。その瞬間で有った!
ブシャァッ…と言う音が長髪の男の耳に聞こえた。
「な、なんだ…」長髪の男は辺りを見回す。そして不意に自分の腹部に生温かい物を感じた。目をやるとそこには自身の血で赤く染まった太刀が腹部を貫いていた。
「かッ…アッ…ウワァァァァァッ!」
男が叫ぶと同時に太刀が腹部から引き抜かれた。
床に倒れ込む男の耳に仲間の「どうしたッ⁉︎」と言う声が聞こえてくる。そして視界には自信を見下ろす1人の男が映る。
(こ、こいつが…薬物中毒者だと… )その顔は薬物をやっている顔では無くなっていた。彼の目は殺人者のそれで有った。
「兄貴ッ⁉︎」
太った男が一目散に部屋へ侵入し声のする方へやって来る。
「来るなァッ!」 長髪の男の叫びを無視して男は洗面所を覗く。そして男は床に出来た血の海の中にうずくまっている自身の兄貴の姿を捉える。
「あ、兄貴!」 男はすぐさま駆け寄る、が次の瞬間!
壁際に隠れていた鰯の太刀が男の頭部を斬り落とした。
ドスンと生首が落下し長髪の男の目の前に転がる。 首を切断された胴体は血を噴射しながらその場に膝から倒れ込む。断末魔すら無かった。
鰯にこんな殺人の技術があったのか…? 否、そんなことは無い。彼は本来、人は愚か虫すら殺せないのだ…。 しかし今の彼は違った。彼はサムライなのだ…
「何やってんだァーーーーッ!」その様子を見ていた男2人がマグナムを懐から取り出し鰯を狙う。
鰯はローリングしながら首の無い死骸を持ち上げこれを盾にする。
ドンッ!ドンッ!ドンッ! と肉塊へ鋼鉄の弾がめり込み破裂する。弾けた肉片と体液が辺りに飛散する。
「ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ… やったか…?」男の1人が呟く。マグナムの巻き上げた硝煙が視界を閉ざす。 果たして煙の向こうには敵の死体が転がっているのか… 2人の男は銃撃をやめ、煙の向こうをジッと見つめる。
沈黙…
煙が薄っすらと晴れて来る。 そこにあったのは最早原型をとどめていない仲間の肉塊であった。 敵は⁈ 居ない⁉︎
2人が互いに見つめあった時、既に彼等の視界は宙を舞っていた。床に転がる2つの頭部。血飛沫を上げながら倒れる胴体。 その後ろで太刀を構える鰯。
男の1人はこう思った(サムライか…と)
転がった死骸を満足そうに見回しながら鰯は太刀にこびり付いた鮮血を拭き取り鞘に収めた。
「俺はサムライになった… サムライ…」
独り言の様に呟く。彼にこれから何をすべきなのか…そんな考えは無かった。勢いで人を4人も殺したのである。 しかし今の彼にそんなことはどうでもよかった。
「て、テメェ…こんな事して…タダで済むと思うな…俺達の仲間がお前を必ず殺す…必ずだ…うぅっ…」 長髪の男は床に蹲りながら最後の力を振り絞り鰯へ脅しをかける。いや、脅しでは無い。 最早借金を返す返さないの話では無くなっている。鰯は巨大な組織に喧嘩を売ったのだ。
「もう…既に連絡してある…後数分で俺の仲間がお前を殺しに来る…」
そう言う男を鰯は黙って見つめている。そして床に転がったマグナムを拾い上げ長髪の男の頭を吹き飛ばした。
バンッ!と脳漿が辺りに飛散する。
「スゥーーッ、ハァーーーッ…」最高の気分だ、鰯は深呼吸をしながらそう思った。 しかしこのままここに居ては殺されるだけだ。
鰯は屋上に止めてあるエアークラフトのキーを拾い。部屋を出た。
◇◇◇◇◇
屋上には汚れた雨が容赦無く降りしきっていた。鰯は自身のエアークラフトのドアを開け、中へ乗り込む。
2人乗りの小さなエアークラフトだ。フロントガラスに雨が叩きつけられる。鰯はエンジンを掛け、その様子を黙ったまま見つめた。
このまま何処へ行くと言うのだ… そこで改めて自分に何処にも行く当てが無いことに気が付いた。 鰯はシートに身体を倒し、ラジオのスイッチをONにした。
ラジオからは古い曲が流れている。誰もニュースや現在の情勢なんか知りたく無いのだろう。
「丘だ…あの丘へ行くのだ…」鰯はシートから身を起こして呟いた。
戦没者を祀った慰霊碑がある郊外の丘の上の公園へ行こう、鰯のニューロンに何かが走った。理由は分からない。 そこに行かねば、そう感じたのだ。
そう思った時には既にエアークラフトを丘へ向けて飛ばしていた。
戦没慰霊碑公園、かつてそうであった場所にその名残は無く、今や管理する者も居なくなり荒れ果てていた。 慰霊碑にはスプレーやペンキで描かれた猥雑な無数の落書きが並ぶ。 丘の下には森が広がっている。 恐らく大戦後に植えられた物であろうが降りしきる酸性雨で木々は枯れている。
(俺はなぜここへ… )鰯は傘も挿さず雨に濡れた慰霊碑を見上げる。
WAR OF SEKIGAHARA そこにはそう刻まれている。
『来い…』不意の頭に響く様な声に鰯は振り返る。そこには荒れ果てた森が広がっていた。
「呼んでいる…英霊が…」鰯はゆっくりと森へと向かう。
その時で有った。
「止まれッ!」鰯の背後で怒鳴る声が聞こえる。鰯はすぐさま振り返る。
そこには数十人のアクトウ達がマシンガンを、グレネードを、マグナムを構えて立っていた。 その銃口は全て鰯を向いている。
「大人しく、こっちへ来いッ!話はそれからだ」男が言う。
『来い…』英霊の叫び。
鰯が振り返ったまま数秒の沈黙が流れた。そして次の瞬間、鰯は森へ向かって走り出した。
「撃てッ! 殺せッ!」
ダダダダダダダッ! と鰯目掛けて無数の鉄の弾が飛んでくる。鰯は右往左往しながらこれを上手く躱す。ボロボロになった木々に鉛玉が当たり弾ける。
「追えッ! 追うんだッ!」
鰯は森の中を必死に走った。木々はあっても葉はない。何処からでも鰯の位置を特定するのは容易なことだ。
そして更なる災難が彼を襲った。突然の目眩が彼の脚をふらつかせた。
「うっ…」鰯はその場に躓き転ぶ。すぐ様立ち上がるが依然足取りはふらついている。
そして彼は自身の腕が震え始めていることに気がついた。クスリが切れたのだ…。
彼の正気を保っていられるタイムリミットは後わずかだ。 クスリが切れた彼に何ができようか? 最早彼は死ぬしか無い。
「ハァーッ…ハァーッ…」鰯は胸を押さえその場に蹲った。鼓動が早く鳴っている。そして今まで感じていなかった恐怖が彼の心を支配し始めた。
そして彼は自分が置かれた状況を少しずつ把握して行く。 自分は4人も人間を殺した、自分はとんでもない組織に喧嘩を売ってしまった。先ほどまで聞こえていた謎の声も恐らく幻聴に過ぎない…
「いたぞッ!」男達の叫び声と共に足音が近づいてくる。
逃げなければッ! 鰯は自分の心を奮い起こしヨロヨロと立ち上がった。そして胸を押さえながら必死に走る!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」
(逃げなければ殺される! )
その時で有った!
ズダァン! 一発の銃声が森に響き渡った。
そして次の瞬間、鰯の肩の一部が吹き飛んだ。鰯はその衝撃で空中で踊り、地面に叩きつけられた。 彼の背後ではライフルを構えた男が立っていた。
「ハァーッ…ハァーッ…ウガァァ…」鰯は仰向きのまま自身の肩に手をやる。
生暖かい血がドロドロと溢れ出ている。あまりの激痛に声も出ない。
顔にはただ雨が当たっている。
「殺ったか?」倒れた鰯を除き込む様にして男達が集まって来た。片手にはライフルを構えている。
「まだだ… まだ生きてる」
「ふっ…ったく俺達に喧嘩を売って生き残れるとでも思ったかぁ? いいだろう、まだお前は殺さねぇ。本部に持って帰ってじっくり痛ぶらせてもらうぜ…」
リーダー格の男が言うと他の男達もニヤリと笑った。
「連れて行け」
1人の男が鰯を持ち上げようとしたその時で有った!
チュイーンッ! と言う金属音が森に響き渡った。 そして次の瞬間、男の顎から上が無くなっていた。 一瞬の間の後、大量の鮮血が噴き出した。
「うわぁぁぁぁッ!」 男達が悲鳴を上げる。
「何が起こったァッ!」リーダーが叫ぶと同時に地面がグラグラと振動を始めた。
「な、なんだッ!」 そして次の瞬間、地面を割って巨大な腕が出現する!
腕は倒れた鰯を掴みゆっくりとその姿を表した。
姿を表したその巨大な人型の物体はゆうに7、8mを超えていた。メカニックめいた身体から推測するにアーマノイドの一種であろうか? ロボットのようでもある。 その巨大な人型の物体は腕に握っていた鰯を自身の胸元へ近づける。
すると胸部のアーマーの1部がエアーを上げながら開き鰯を内部へ格納した。
男達は持っていたライフルを一斉に巨大な人型の物体に向けた。
その内部に格納された鰯の身に変化が起きていた。 コクピットの様な場所には操縦機構のような物は皆無で真っ黒い空間が広がっていた。 そして天井部からゆっくりと触手の様な物が降りて彼の首の後ろに突き刺さった。
「ううっ…」昏睡状態の鰯は痛みに声を挙げた。 触手は首筋から脊髄へ侵入して彼の神経系統と繋がった。
「うわぁぁぁぁッ!」鰯はその激痛に白眼を剥きながら悶える。しかしその痛みも次第に消え、徐々に意識を回復して行った。
「ううっ…」鰯はヨロヨロと立ち上がる。不思議な事に肩の傷も、クスリの禁断症状から来る動悸も治まっていた。
いや、むしろクスリをやっていた時よりもハイな気分が彼を襲っていた。
『俺ははヤソマガツヒ。お前に力を貸そう』
コクピット内に声が響き渡る。 これはこの巨体の声なのか?
「ヤソマガツヒ…それがお前の名前か…」
『今から俺の全てをお前に同調させる。お前は俺と一つになるのだ』
ヤソマガツヒがそう言った瞬間、鰯の体に電流が走ったような衝撃が走る。
「うわぁぁぁぁッ!」
目を開けた時、鰯の目の前には周りの様子が映し出されていた。
自身を見上げる男達。そして彼には分かっていた。この巨体が彼に合わせて動くことを。
(俺はこいつらを蹴散らし、この街を統制する…) そう思った鰯の眼は以前と同じサムライの眼をしていた。
『殺せッ!』ヤソマガツヒが叫ぶ。
「うをぉぉぉぉぉぉッ!」次の瞬間、巨体は腕を振り回し男達を凪飛ばして行く。
男達はライフルを掃射し抵抗する。 ライフルの銃弾が当たる度に鰯の手に微量の痛覚が働いていた。
彼は容赦無く男達を蹴散らして行く。
「ククククッ…俺は力を手に入れた…この力は俺の物だぁぁぁぁッ! ヒャーーハッハッハッハッハッ!」 彼はまるでクスリでトランスした時の様に目をひんむき不気味に笑った。 口元からは唾液が垂れている。
鰯はほんの数分のうちに数十人いた男達を全て惨殺してしまっていた。
そして最後に残った男を掴み上げこう言った。
「ボスのところへ案内しろ…」
◇◇◇◇
ー1年後ーONE YAERS LATER
荒れ果てたエヒメの街には今日も暗くどんよりとした空気が漂っていた。
そんな中を時代錯誤なセーラ服で街を闊歩する少女が1人。見た目は16、7。ボブカットにした髪の毛が風になびいている。
その少女は周りの雰囲気とは打って変わって乳白色で白く澄んだ肌をしていた。
無論、そんな少女がこんな街を1人で歩いていれば危険である。すぐに連れさられレイプされるか、暴行を加えられてしまうであろう。
そうしているうちにも2人のアクトウが少女の前に立ちはだかった。
「可愛いねぇーッ! 君、いくつ?」
「可愛いなぁーッ! 俺達といいことしなーい?」
少女は立ち止まり無表情で2人の顔を交互に見る。
「えぇ?どうだい?俺達と遊ぶよなぁ?」1人の男がナイフをチラつかせた次の瞬間、少女はハイキックで腕を蹴り上げた! ナイフは空中に舞う。
「なっ⁉︎」もう1人の男が驚いた瞬間に空かさず回し蹴りで連続で2人の顔面を蹴りつけた。口と鼻から血を出しながら男達は倒れる。
「て、てめぇ…」
「ガキのクセにやってくれるなぁ…ッ」
2人は腰をついたまま少女を睨む。
「おい、そこのお2人さん。彼女に喧嘩を売るのはやめとけよ」突然少女の背後で声がした。
「あぁんッ?」 2人が目をやるとそこにはトレンチコートに身を包んだ1人の男が立っていた。
「そいつは人間じゃ無い。アンドロイドだ。君たちが戦って勝てる相手じゃないぜ」男は落ちたナイフを拾ってアクトウに渡す。
「分かったらさっさと去りな」
「テメェェッ!」アクトウの男はナイフを受け取るや否や握ったナイフをブゥンと振るう。次の瞬間、男は突き出されたアクトウの腕を押さえ、関節を逆に曲げた。
グシャッ!と言う音と共にアクトウが叫び声を上げる。
「ギャァァァァッ!」
「き、貴様ッ!覚えていやがれッ!」
「ボスに報告だァッ!」2人は一目散に逃げ去って行った。
「やれやれ、怪我はないか?ミュウ」男は服をパンパンと払いながらアンドロイドの少女に聞く。
「ない。音彦は?」ミュウと呼ばれた少女は男に聞き返す。その声は全く何の感情も持ち合わせていない様だ。
「ふぅ…ったくだから俺より先に行くなって言っただろ?」音彦と呼ばれた男は改めて少女に聞く。
「音彦、遅い」
「俺は人間だ。疲れるんだよ」
「取り敢えず、近くの酒場にでも行って情報収集でもするか…」音彦は辺りをキョロキョロと見回しながら呟く。
「ここから一番近い酒場、探してみる」ミュウは自身のAIで酒場を検索する。その時で有った。
「あ、お兄ちゃん達大丈夫?」と物陰から幼い少年が2人の元へ駆け寄って来た。
「ん?」音彦とミュウも少年の方を振り返る。
「見てたのか?」 音彦は少年に尋ねる。
「うん」少年は答える。
「ここら辺はアクトウが多いのか?」
「うん… 大きなアクトウの集団がここら辺を取り仕切ってる… 」少年は物悲しげにそう言った。
「そうか… 君もこんな所に1人でいたら危険だ。早く家へ戻った方がいい」
「それはお兄ちゃん達も同じだよ。絶対あいつら戻って来るよ」
「俺達は大丈夫だ」音彦は優しく微笑んだ。
「でも…これからどうするの?」
「そうだ少年、ここら辺で酒場知らないか?」
「酒場? じゃあ、僕の所へ来てよ! 」
「ん?」
「僕の家、酒場なんだよ」
「どうする?」ミュウが音彦に聞く。
「少年の言葉に甘えようか。少年、俺達をその酒場へ案内してもらっても?」
「もちろん! あ、あと僕の名前はタケル」
「よろしくな、タケル。俺の名前は月波 音彦。で、こっちが」音彦はミュウを指差す。
「よろしく タケル 私はミュウ」 ミュウは無感情に挨拶し会釈した。その無感情さにタケルは少し動揺するがすぐに音彦がフォローを入れる。
「ああ、こいつはアンドロイドだから気にしないでくれ」
かくして3人は酒場へ向かった。
◇◇◇◇
街の外れの巨大な倉庫はこの街を仕切っているアクトウ集団ノースの根城であった。 そこへ2人の男が駆け込んで行く。
その2人は先ほど音彦に打ちのめされた男達だ。
倉庫の中には数十人、いや数百人のアクトウ達がたむろしていた。
そして奥の豪華なソファーに女を2人両脇に抱えながらウイスキーを飲んでいる男がいた。 どうやらこのアクトウ集団のボスらしい。 彼の背後には赤いペンキで大きく『ブシドウ』と書かれてある。
我々はこの男を知っている。 彼は売流目 鰯ではないか! 彼は今やアクトウ集団を取り仕切るボスになってしまったと言うのか。
「ボス、コウとラックがやられたそうです」鰯の隣にいた秘書の様なスッとした男が鰯に耳打ちする。
「なんだと…誰にやられた」鰯が小声で答える。
「それが何でも見たことがない男とアンドロイドの女だとか」
「フッ、サムライ達に刃向かうとはブシドウに反する行いだ。俺が行って直々に教えてやろう…サムライに逆らうとどうなるかをな」
「ハッ」
◇◇◇◇
タケルと音彦とミュウは少し寂れた酒場の前で立ち止まった。
「ここが僕の家さ」
「ここがか。早速中へ入らせてもらおうか」
「どうぞ、どうぞ」
3人は西部劇で見る様なドアをくぐり酒場へ入った。酒場の天井からは吊るされ、ホコリを被ったシャンデリアが弱々しく辺りを照らしていた。
酒場には数人の男が酒を飲んでいた。音彦はタケルに促されるままカウンターに座った。
「叔父さん、この人達に何か飲み物をあげて」タケルはマスターに言う。
「ん? タケル。この人達は一体」
「この人達は悪い人じゃないよ。さっきね、アクトウを1人で倒しちゃったんだ!」
「何ッ⁉︎」 タケルの話を聞いたマスターは顔色を変える。
「何てことだ…悪いがこの店から今すぐ出て行ってくれ」マスターは音彦達を追い返そうとする。
「何で⁉︎ この人達はいい人だよ!」タケルが言う。
「お前も知っているだろう? あいつらを怒らせたらまたアレが来るんだぞ」
「アレ?」 音彦が首を傾げる。
「君達には関係ない。分かったらさっさとここを出て行ってくれ」
「ミュウ。行くぞ」
音彦は椅子から降り、酒場を去って行こうとする。
酒場を出ようとしたその時、音彦は振り返り1枚の写真を見せながら言った。
「そのアレってこんなバケモノじゃないですか?」
「うっ…」写真を見たマスターは数秒間固まる。額にはジワっと汗が噴き出す。
「違いますか?」
「そ、そんな物など知らん! さっさと出て行けッ!」マスターは何かを隠す様に怒鳴った。
「そうですか…」音彦は酒場から出る。
「あの男、何か知ってる」
「知ってるよミュウ。でも恐らく聞いても答えない。だからあっちからやって来るまで待つ」音彦はトレンチコートのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
その時、後ろから声が聞こえた。
「待って、音彦さーんッ! 僕、知ってる!」タケルだ。
「知ってる?」駆け寄って来たタケルに音彦は答える。
「うん。あの巨大なロボットのことでしょ? アーマノイドじゃない」
「知っているのか?」
「うん、1年くらい前、この街を仕切っていたアクトウ集団のボスが変わったんだ。その男は狂ってたんだ。それに巨大なロボットを持ってる。そのロボットで街を荒らし回ったり、自分の思い通りにならないとロボットを使って暴れるんだ。だから街の人達は彼らには逆らえないんだ…」
「そうか…ありがとう少年」音彦は正直に話したタケルに優しく微笑んだ。
「その通りだ。ご説明ありがとう」その時、突然辺りに声が響き渡った。
そして次の瞬間、タケルの腹部にワイヤーが巻きつき引っ張り上げられた。
「何ッ!」 見ると数十m先にロボットが立っていた。ワイヤーはそのロボットから出ている様だ。タケルの体はロボットに引っ張られ、そのうちロボの腕にがっしりと掴まれた。ロボの足元には数十人の屈強な男が太刀を構えて立っていた。男達の前には鰯が立っていた。
「ふぅーーッ… ほらな。あっちからやって来た」
「音彦、正解」ミュウが無感情に言う。
「貴様かーーッ! 俺の可愛い部下と遊んでくれたのは!」鰯が叫ぶ。
「ああ、俺だね」
「いいだろう。今度は我々が遊んでやる番だッ! 野郎どもッ!殺せェェェッ!」
鰯のシャウトと同時に一斉にアクトウ達が音彦めがけて斬り込んでくる。
「ミュウ、少年を頼んだ」
「了解」そう言うとミュウは人間とは思えないスピードでダッシュし迫ってくるアクトウの集団をジャンプで飛び越え、ビルの壁を蹴ってロボットの手元まで行き、タケルを助け出そうとする。しかし、タケルを引っ張り出そうとしたその瞬間、ミュウもロボの腕にがっしりと掴まれてしまった。
音彦の周りをアクトウ達が囲む。
「本気で来いよ」音彦が挑発したその瞬間、数個の手榴弾が音彦目掛けて投げつけられた。なんと卑怯な戦法か! 音彦に避ける隙も無く、手榴弾は音彦と共に爆発した。
ズドォンと言う音が辺りに響き渡る。爆煙が舞い上がる。
「ヒャーーハッハッハッハッハッ! これぞまさにブシドウッ! 俺たちのサムライスピリッツだぜぇぇぇぇッ!」 鰯は再び狂った様に笑った。 彼の履き違えたブシドウは完全に狂っていた。
「これで彼奴もサムライに逆らうとどうなるか分かっただろうな」
「お、お兄ちゃんが…」タケルは涙目である。
「さて、このガキと女はどうするか…? ここはブシドウに従って握り潰すしか無いなぁッ!」鰯が叫んだその時で有った!
「フフフ、ハハハハハハハハッ!」 と高笑いが辺りに響き渡った。
「誰だッ!今笑ったのは!」
「己の自己満足をブシドウと解釈する愚かな者。この俺がブシドウに従って成敗しよう」
「何処にいるッ⁉︎」
鰯だけで無く、アクトウ達も辺りをキョロキョロと見回す。
「ここだァッ!」
「あ、あそこにいるぞッ!」誰かがビルの屋上を指差す。そこには特殊なスーツに身を包んだ男が腕を組んで立っていた。
「ブシドウとは清く気高い戦士の言葉、貴様らの様な汚れ腐った戦士には外道と言う言葉がお似合いだ」
「何をぉッ! 貴様名を名乗れッ!」
「知る必要もなかろう。タァーッ!」その男はビルから高くジャンプし地面へ落下する。
シュタッと着地した男にアクトウ達は手榴弾を投げつける。しかし、男は飛んでくる無数の手榴弾を蹴り返して行く。
蹴り返された手榴弾はアクトウ達の元へ戻り爆発する。
「ギャァァァッ!」辺りには爆煙に混じってアクトウ達の肉片や血飛沫が飛び散る。
爆煙の中から走り出た男は一目散に壁を蹴り、腕に掴まれたタケルとミュウを助け出す。 ミュウはそのままバランスをとって落下する。そして落ちていくタケルの体を男が抱きかかえる。
「な、名前は?」タケルは口から鼻までフェイスアーマで覆われた男の顔を見ながら聞く。
「名前か…イナズマ。とでもしておこうか」
「イナズマ…」
タケルを抱えたイナズマはその場に着地し、タケルを逃がす。
「貴様ァァ…何者かは知らないが、俺のブシドウを汚したな…こうなれば俺のヤソマガツヒで叩き殺してやるッ!」そう言うと巨大なロボット、ヤソマガツヒは鰯を掌に乗せる。
「くっ、鉄塊か… こうなれば鉄塊には鉄塊しかない。霜天に坐せ!スサノオォォォォッ!!!」 イナズマは天に叫んだ。
その声に応えるかの様に天にキラリと何かが輝いた。そして次の瞬間、巨大な何かが落下して来た。
ズドォォォンと言う爆音と共に辺りの瓦礫や砂塵が吹き飛び辺りに舞う。
ミュウに連れられ離れた所から見ていたタケルも目を背けた。
土煙が晴れるとそこには人型のロボットがドッシリと2本の足を地面にめり込ませながら立っていた。
「スサノオ… 」ミュウが呟く。
その時、既にイナズマの身体はスサノオと呼ばれたロボットの内部にあった。座席も操縦桿も無いコクピットの天井から一本の触手が降りて、イナズマの首の後ろに突き刺さる。 触手はイナズマの神経と一体化し彼はスサノオと一つになる。
「ロボットが2体…も」タケルが唖然としているとミュウが独り言の様に呟いた。
「ロボットじゃない。鉄塊」
「鉄塊? 」
「鉄塊、生きてる」
「生きてる? あれが…?」
「生きてる…」
「貴様も鉄塊使いだったとはなぁッ! まあいい、貴様の鉄塊如き、俺のヤソマガツヒに比べれば屁でもないぜェッ!」
スサノオはイナズマの動きに合わせて戦闘の構えを取る。
「喰らえェッ! ホイールクリークッ!」鰯の叫びと共にヤソマガツヒはガシャンガシャンと腕を畳み、一つのタイヤの様に変形した。
そして次の瞬間、高速で回転を始め、スサノオ目掛けて突っ込んでくるッ!
「タァーッ!」スサノオはほんの寸での所でジャンプしこれを回避する。空中で体をひねり半回転し敵の方を向いたまま着地する。
ヤソマガツヒは動きを止めたと思った瞬間に再び逆走しスサノオを狙うッ!
「仕方があるまい…奥義を使う…」
スサノオは空手の型の様な態勢を取る。
「ハァーーーツ…」イナズマの深呼吸と共にイナズマの右腕が発光を始める。高温になっているのか蒸気が吹き上がっている。
そしてスサノオは向かってくるヤソマガツヒに向かって右腕を手刀の様にして構える。
向かってくる敵。 ヤソマガツヒは土煙を上げながら高速でスサノオ目掛けて突進してくる。スサノオは腕を構えたまま動かない。
100、90、80、70、60、50、40m…敵が迫る。
「天命真拳奥義アイアンバニッシュッ!」
ズシャンッ!
スサノオとヤソマガツヒが交差する。
スサノオはその一瞬のうちに手刀を振っていた。
沈黙… 手刀を受けたはずのヤソマガツヒに変化は無い。 当たらなかったのか…?
次の瞬間、爆発の炎を上げたのはヤソマガツヒであった!
ドゴォォォォンッ! 爆発と共に辺りにヤソマガツヒの紫色の体液が撒き散る。
「やったッ! 」タケルは思わず声を挙げた。
「残り22体…」ミュウはただそう呟いた。
終わり
だいぶ前にロボット物を書いて友人を楽しませようと、設定練りまくり1話で終わった小説。
ここで供養してくだされ…
続編とかは特に無いので悪しからず…