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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
2章
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青年と魔術師

 月が地平線から昇り始めている。清宗は慌てて神学の門を潜り抜けた。

 青晶を家へ送り届けてから、逃げるように走って帰っている。それが日常になった。青晶を送った後は、早く帰るに限る。面倒な目に遭遇しないためにも。

 門を潜り抜けたところで、頭上から声が振ってきた。

「なにを急いでいるのかな?」

「──う。」

 声音は妖艶だ。低く雅な男の声は、門柱の頂点あたりから聞こえる。清宗は顔を歪ませ、立ち止まった。うんざりと頭上を見上げる。

 月光を正面から受けた男は、門の上で屈んでいる。今日は耳飾りまでしている。影に隠れる気は無いのか、相変わらず純白の着物だ。

 清宗は周囲を見渡した。

「誰もいないよ。俺が誰かいるときに声をかけるはずがないだろう?」

「……そうですね。」

 大魔術師は慣れた様子で膝にひじを突き、頬杖をつく。漆黒のまなざしが退屈そうにこちらを向いていた。

 ──また来たのか。

 清宗がうんざりするのも当然だ。この妖艶な大魔術師は、警告をしに来たと現れた時から頻繁に清宗の前に現れるようになっていた。どう計算しているのか、この大魔術師が現れる時は絶対に人は通り過ぎない。

 清宗は小さく溜息を漏らした。

「で、どうかされましたか?」

「青晶と一緒でお前は楽しそうだね。」

 嫉妬しているでもなく、うらやましそうに呟く。

「友人ですから。」

「そんなに勉強が楽しいのかい?」

 自分への質問か、青晶がどう思っているのかを聞いているのかわからない。

 困って視線を上げる。大魔術師はお前だと指を指した。

「僕は……目標がありますから。勉強が楽しいかどうかなんて、考えたことは無い。」

「今考えてみたらどうだい?」

 腕を組む。勉強なんてものは知識を増やし、思考力を鍛えていく道具に過ぎない。だが飽きずに十九年続けて来たのは、少なからず魅力があったからだ。

「楽しいと思う。」

「ふうん?」

 大魔術師は何をしたいのか。聞いた割には大した興味がない。

「俺はつまらなかったな。神学の教師は嫌いじゃなかったが。術師学校へ行ったら、お前も考えを改めるさ。」

「術師学校では、いい思い出がない?」

 意外だ。いつも清宗の話を聞くばかりなのだが、自分の話をするなんて珍しい。

 大魔術師が月を仰ぐ。

「術師学校は学校って言う名前の修行場だからね。楽しくなんかない。ここの先生みたいに優しい教師は一人もいないさ。しかも卒業まで何年かかるか分らないときている。」

「卒業できる年月は最短で六年と聞いている。」

 こちらを見てにやりと笑う。月光が反射して猫のようだ。

「甘いねえ。そんなのは迷信だと思っておくことさ。」

「では?」

「ほぼ十年はかかるよ。一桁で卒業できるやつが、一体どれだけいたか。」

 大魔術師は当然その学校を卒業している。見た目だけなら二十歳そこそこの青年は、どれだけかけて卒業したのだろう。

「あなたは?」

 答えてくれるはずはないだろう。ずっと見上げていると首が痛くなるな。 腰に手を置いて見上げると、大魔術師が衣擦れの音と共に舞い落ちた。白い衣が土の上に遠慮なく広がる。汚れることは気にならないらしい。

「六年で卒業したよ。」

「……あなたが迷信の元ですか。」

 自慢話だ。呆れたが、そこが大魔術師の所以でもあるのだろう。だが大魔術師は、つまらなそうに首を傾げていた。

「俺はつまらなかったからさ。さっさと卒業してしまったほうが楽だろう?卒業するためには何だってやった。それだけだよ。」

 笑って中空へ浮いた。空中で足を組む。

「とてもあなたらしい理由だ。」

「そうだろう。覚えておけよ。術師学校の教師は全員、国の高官だ。どいつもこいつも修行を政に重ねて教育とやらをしてくれるからな。政治の動向は把握しておくに越したことはないさ。俺は術師学校の教師が大嫌いだったよ。」

 いい情報をもらった。

「先生が今度は校舎にまで結界を張ってさ。」

 突拍子もなく話が変わる。だが清宗はこういう話の展開に慣れるほど、彼に会っていた。ほぼ毎日話しかけてくるのだ。警戒心も恐怖感も薄れていくというもの。

 一度早く家に帰りたくなり、何故こんなに自分に話しかけるのか聞いたことがある。そうしたら大魔術師はけろりと言った。

『だってお前、青晶の友人だろう。青晶の友人なら俺も友として扱うさ。青晶があの爺を先生と呼ぶから、俺も先生と呼ぶ。』

 大魔術師の基準は理解しがたい。わずか十五の娘を基準に物事を考えている。青晶にとって悪ならばそれを悪と判断し、親しいならば自分も親しくなろうとする。いや─、悪に関しては違うかと思い直す。悪は彼にとってどうでもいい部類に入るはずだ。現に青晶を疎外していた人間はどうでもいいものとして関知していない。

 奇妙な話だ。だが、少なくとも彼にとって自分は友の部類に入っているらしい。清宗は呆れて眉毛を下げる。

「そりゃあ、青晶が本格的に勉強を始めたからでしょう。」

「まあ、若いうちに術師になってしまえば、当分見た目も若いままだ。神官とやらを目指すぶんには良いけどさ。」

 神官や魔術師の外見は老化が著しく遅い。手に入れようという娘が永遠に若いままならそのほうが良いに決まっている。しかしいずれ老化する運命だ。

 外見なんてどうでも良いことではないだろうか。

 思うだけで、清宗は言葉にしなかった。大魔術師に逆らうつもりはない。

 大魔術師は背後を振り返る。

「ああ、青晶がお休みと言っている……。もう帰ろうかな。」

「じゃあ。」

 どこから青晶の声が聞こえるのか清宗には分らなかったが、丁度良いと片手を上げた。大魔術師は高度を上げながら、清宗を見下ろす。背筋が寒くなるような奇妙な笑顔を浮かべた。

「お前、死ぬなよ。そろそろ来るぜ。」

「──は?」

 全身に鳥肌が立つ。大魔術師はひらひらと手を振って、不意に姿を消した。忽然と消える。取り残された清宗は、闇の中でとてつもない不安を抱えることになった。

「なんか予言するなら、もっと詳しく言ってほしかったな……。」

 そろそろとはどんな単位での話なのか。月単位なのか数日単位なのか、秒単位なのかによって対処方法も変わるではないか。数分立ち尽くしてみたが、何も起こる気配はない。清宗は大仰に溜息を吐き出した。

「ったく、意地が悪いなあ。」

 短い栗色の髪をかき上げ、清宗はしおしおと家路に着く。それ以外できることはないので、そうするしかない。

 見上げた月はもうすぐ満月になろうとしていた。


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