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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
2章
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魔術師の片思い

 校舎はやはり灯りがないと足元もおぼつかない。その代わりに教室は月光が差し込んで明るかった。硝子片の奥の教室から月光が漏れている。足元に灯火を置き、箒を持つ。早く終わらせてしまおう。この明るさならば、家でまだ勉強ができる。

 硝子片を紙に包み込み、さあ戻ろうかと腰を上げた時─教室のほうから物音が聞こえた。かたんと何かが動いた。顔を向ける。廊下側の窓枠に誰かが腰掛けていた。背後から月光を受けて、その顔は見えない。

 だが、異様な姿をしていることはわかった。一つに束ねている髪が、軽やかに流れる。裾の長い着物だ。窓枠に座っているその足は床についていないのに、着物は床について流れるほどある。月光で見える着物は白い。純白の布地は一般庶民には決して手に入れられない色だった。白い布は絹。絹地に精密な刺繍が幾重にも重ねられている。

 影は長い足を組んで頬杖をついた。

「やあ。」

 男だ。清宗は影を睨み付ける。灯火を頭上まで掲げた。

「誰だ?」

 灯火を受けた顔は人形のようだった。凛々しい眉に切れ長の目。頬杖をついた手に数え切れない宝飾品を飾りつけている。身に着けている全てが高価だったが、決して貴族ではない。貴族がこんな田舎へ足を向けるはずが無い。本能的に断定した。

──魔術師だ。

 男は妖艶に微笑み、首を傾げる。

「さあ、誰だろう?」

「僕に聞かないでもらいたい。」

 背筋に嫌な汗が流れた。まさか本当に魔術師がうろついているとは思ってもみなかった。青晶には呪術を使えると話したが、一介の学生が本物の魔術師相手に敵うはずがない。

 魔術師は軽やかに笑い声を上げた。

「確かにそうだね。まあ、名前なんてどうでもいいじゃないか。俺もお前の名前は聞かないよ。名前を知ったら、君の魂を奪いたくなってしまうからね。」

「──。」

 背筋があわ立った。そうだ。魔術師は名前で人の魂を奪える。本物の魔術師を初めて見た。本物は教師なんかと雲泥の差だ。神官でもない。闇の中で生きている人間は、こんなにも禍々しい。目に映されるだけで、足元から震えが走った。

 魔術師は清宗の様子を楽しそうに眺めている。

「俺が怖いのだね?」

「……。」

 窓枠から飛び降りる。床に軽く降り立ち、棒立ちになっている清宗の間近まで近づいた。顔を覗き込んだ目はどこまでも黒く、漆黒だ。感情が見えない。

「お前をどうこうするつもりは無いから、肩の力を抜いたらどうだい?」

「では、何が目的だ。」

 即座に言葉を返されたことに魔術師は眉を上げたが、当の本人のほうが驚いた。命に関わる場面で、自分の思考の冷静さが信じられない。

 魔術師はこちらの驚愕には気がつかなかったようだ。

「随分、冷静なのだね。君はきっといい神官になる。」

「何が目的だ?」

 また、口が冷静に言葉を吐く。

 魔術師は笑みを作りながら、眉を下げるという奇妙な表情をした。

「そうだなあ。あえて言うなら、警告かな?」

「警告?」

 自分の行動なのだから断言すればいいものを、変にあいまいに表現する男だ。魔術師は完璧な笑顔で頷いた。

「そう。君に、警告をしに来た。」

「僕……?」

 魔術師の顔が間近に迫る。顎を掴まれ、仰向けられた。笑顔を作っているつもりだろうが、目が笑っていない。こめかみを汗が流れる。

「俺、今あっちに近づけなくってさ。先生が結界なんか張っているから、せっかく綺麗にしたあの子を見に行けない。たぶんお前が初めてだったんだよな。幽鬼だ何だと噂をする分には全く支障ないが、お前みたいに人として関わられるのは面倒だ。」

「何の……。」

 話だと言う前に、嘲笑された。漆黒の目が刺すように睨み付ける。

「下らない返事はやめろ。俺はとぼけられるのが一番嫌いでね。青晶の話だよ。」

 やはりそうか。青晶の髪と目を変えた魔術師だ。それにしても、とてつもない嫉妬を感じる。自分が近づけないことへの苛立ちだろうか。

 魔術師は顎から手を離し、胸倉を掴んだ。

「あれに余計な恋情を抱くなよ。面倒だ。」

「お前のものだとでも?」

 口の端が上がるのが不思議だ。清宗は皮肉気に笑みを浮かべていた。魔術師は何事か考えるように黙り、失笑する。

「今まで周囲の目が怖くて近づけもしなかった弱虫が、随分と強気じゃないか。」

「なっ」

 清宗の頬に朱が上った。なぜそれを知っているのだ。誰にも話していないし、気づかれるはずがない。

 してやったりと言わんばかりに魔術師は笑う。

「あれの周囲のことは何もかも知っているさ。俺のものだからね。」

「……なぜ彼女をあんな姿に変えた?」

 独占欲の塊のような男だ。魔術師はしばらく清宗を睨んだが、興味を失ったように突き離した。清宗はよろけて数歩離れる。

 魔術師は横を向き、月を見上げた。

「綺麗だろう。あれが生まれたのは満月の夜だった。月光がそれは明るくてね、生まれた時あの娘の目は澄んだ青だった。髪は黒く、青い目だけが美しい娘だった。だが残念なことに彼女の生家は貧しかった。青い目を見た途端、彼女の父親は目を売り払おうと言い出した。魔術師に目を売るということは、彼女が盲目になるということだ。母は優しいからね、それは駄目だと言い募る。だが金に目がくらんだ父親は無理やり母から子供を奪い取ってしまった。母は慌てて魔術師を探す。なぜ母親まで魔術師を探したと思う?父親を追わずに、母は新たに魔術師を探した。」

 清宗は首を傾げる。全く想像できなかった。

 魔術師は清宗を横目で見やり、口元だけ笑う。

「魔術師と契約をするためさ。まさに売られようとしている娘の目の色を隠してくれとね。娘の一生を台無しにするくらいなら、あの瞳の色を隠して欲しい。娘を助けてくれと。貧しい母が代償に差し出したのはその命。」

「な─。」

 絶句した。だが、魔術師は鼻で笑う。

「母の命ごときでこの俺が動くと思うかい?わざわざどこに行ったかも知れない父親と娘を探し、既に別の魔術師と契約を交わそうとしているところを邪魔しに行けというのだ。魔術師が互いを干渉するのは禁忌だ。それを犯してでも娘を助けてくれという。そこら辺の魔術師なら断るところだが、俺はこれでも大魔術師と歌われる部類の人間でね。」

 大魔術師と聞いた瞬間、体が凍りついた。何の躊躇いも無く、自信を持って自分を大魔術師と言った。世界に十人しかいない大魔術師の一人が目の前にいる──。清宗は逃げ出したい衝動をなんとか堪えた。下手に動くほうが危険だ。

 大魔術師──神官府が登録している世界最強にして最大の脅威。十大魔術師が揃えば世界が滅びるとさえ言われている。

 大魔術師は清宗の変化など気にも留めず話し続けた。

「気乗りしなかったが、試しに娘を見てみたのだよ。顔立ちも整っていたし、その瞳の色ときたら宝石そのものじゃないか。だから娘をもらうことを条件に契約を交わしたというわけだ。母親の命なんか興味なかったしね。俺はあれの目に色を流し込み、それを見た魔術師は契約を破棄した。母親は何故か行方をくらましたよ。もしかすると俺の気が変わって殺されちゃたまらないと思ったのかもしれないね。父親は母親がいなくなったので、面倒になって子供をごみ置き場へ捨てた。それを拾い、俺がこの神学の前に置いたというわけだ。わかるかい?」

 こちらを振り向かれ、清宗は息を呑んだ。魔術師は微笑を浮かべている。

「あれは生まれた時から私のものなのさ。年頃になったから様子を見にきたらどうだい、赤子の頃は気づかなかったが髪まで青いじゃないか。試しに色を抜き取ってみたら、まさに私好みの娘になった。」

 青い髪に青い瞳の少女。確かに大魔術師に似合いの高貴な娘だ。

 だが、と大魔術師は両手を広げ、天を仰いだ。

「せっかく色を元に戻したというのに、どうだい。あの娘が家に帰してくれと泣くのだよ。可哀想になって一度家にもどしたら、先生が結界を張ってしまって近づけなくなった。舌打ちしたよ。さっさとつれて帰ればよかったとね。どうしようかと考え事をしていたら、今度はお前だ。」

 うんざりした顔で清宗を見下ろす。

「青晶はうぶな娘だ。男とまともに接したこともない。そんな娘が、初めて出会ったまともな青年に恋をしないはずがないだろう?」

「そんなことは……。」

 清宗は否定し切れなかった。わからない。これまでの経緯を考えると、可能性としては高いだろうと思う。

 清宗の考えも手に取るように分るのか、大魔術師は眉を下げて口の端を上げる。

「だろう?恋をするかもしれない。まあ、それはいいのだよ。最大の問題はお前だ。お前があれに恋情を抱くことだけは許せない。」

 はっきりと敵意を向けられた。恋情などまだ抱いていないのに、殺気を向けられる。清宗は戸惑った。どうしろというのか。

「お前はこのままいけば必ずご立派な神官様だ。正義感も強いだろう。」

「……。」

 神官になれるかどうか分らないが、正義感は確かにある。

「そんなお前があれを愛してみろ。正義感の元にあれを手放そうとするはずがない。そしてあれもお前に心底惚れてしまう。」

 ああなんという悲劇だ!と大魔術師は大げさに頭を抱えた。

「……まだ、何ひとつ始まってもいませんが…。」

 現実的にまだ何も始まっていない時点でどこまで想像するのだろうかと呆れた気分になる。

 頭を抱えていた両手を下ろし、こちらに向き直った。大魔術師も呆れた顔をしていた。

「馬鹿だな、ぼうや。俺は極めて可能性の高い未来を話している。」

 清宗ははっとする。多数の経験と知識によって導かれる可能性は高くそして確実だ。

 一体どれほどの年月を生きているのだろう。魔術師や神官の寿命は人間よりも遥かに長大だ。その寿命は師録に登録された時から、呪力の強さによって決まる。つまり術師としての力が強ければ強いほど寿命も比例して長い。

 大魔術師は人差し指を立てた。

「まあ、もう少しだ。聞けよ。……お前たちが互いに愛し合うと、何が面倒か。俺は絶対にあの娘を手に入れるつもりだ。だからいずれお前を殺すことになるな。邪魔だから。」

「……。」

 軽く殺すと言われ、清宗の顔から血の気が引いていく。

「そしてあの娘を手に入れたとしても、俺は満足しない。なぜなら青晶の心は死んだお前にしか向けられていないからだ。つまらなくなった俺は、結局娘すら殺してしまうという結末になる。な?つまらないだろう?」

「つまらない……って。」

 つまらないというよりも、自己中心的で残酷な結末にしか聞こえない。清宗は言葉を失った。

 それを肯定と取ったのか、頷いて顔を覗き込んだ。

「だから、お前に警告だ。あれに恋をするなよ。いいな?」

 そこまで説明されて、恋をするほうがどうかしていると思う。清宗は頷こうとして、小さく声を上げた。

「しかし、青晶が僕に恋をしたら?」

 それでも殺すというのは勘弁してほしい。

 話は終わったとばかりに衣を翻し、背を向ける。大魔術師は窓枠に足をかけて振り返った。

「それこそどうでも良いことだよ。俺は必ずあれを落とせるのだからね。……今日の話、他言は無用だよ。」

 微笑はどこまでも妖艶で、男の清宗ですら全身に鳥肌を立てた。

 瞬きの間にその姿は消えうせる。窓に駆け寄ると、そこはただの教室だった。確かに教室の中に飛んだ。どうやって姿を消したのか。

 清宗はしばらく呆然と教室を眺めていた。


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