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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
終章
40/41

清宗のいい人

 真夏の光が川辺の石に反射する。随所に川が流れている蒼藍国では、真夏の日差しも水を干上がらせなかった。蝉の鳴き声とうだるような暑さが屋外を支配している。水辺で水浴びをしている子供以外は、皆屋内へ逃げ込んでいた。逃げ込むといっても大した気温差ではないが、日向にいるよりはましだ。

 石造りの玄関だけはよく風が通り、涼しい。清宗は玄関先に座り、ぼんやりと居間を見つめる。目の前には山と表現するしかない自分の書物が並んでいた。

 清宗は久しぶりに生家に戻り、準備に忙しい。家財道具などは揃っているらしいので必要は無いが、読んでいた文献を送るのが一苦労だった。母親は狭い家を埋め尽くして、更に床を突き破ろうとしていた本を全て持って行けとうるさい。

「そんな小難しげな本なんて、お前くらいしか読まないさ。」

 清宗は自分の部屋から溢れ出し、居間にまで積み上げられている本を見上げ青ざめる。

「……そんなこといっても、向こうの部屋だってそんなに大きいわけじゃないと思うよ……。」

 窓だけは隠さないように積み上げているが、室内の壁という壁に積み上げられて邪魔だった。仕方ないと一つ一つ箱に詰め込んでいく。

 その足元をちょろちょろと楽しそうに弟と妹がじゃれあっていた。妹が足にしがみついて離れない。

皐月(さつき)……遊んでいるなら手伝って。」

 皐月は今年五つになったばかりだ。一丁前に清宗が読んでいる本を時々見ている。

「お兄ちゃんが神官になるなんて、信じられないね!」

 皐月が七つの(しょう)()に話しかけた。翔真は床に転がる。

「お兄ちゃんいなくなっちゃうのかあ。やだなあ。」

 かわいいことを言っている。清宗は翔真の頭を撫でた。

「あ、ずるいずるい!」

「はいはい……。」

 ついでに頭を差し出してきた皐月の髪を撫でる。

「皐月、お兄ちゃんは術師学校というところに行くの。まだ神官にはなれてない。」

「でも、なるんだよね?」

 皐月は勢い込んで身を乗り出した。のっそりと翔真も起き上がり顔を覗き込む。清宗は苦笑した。

「卒業できるように頑張るよ。」

「お兄ちゃんと同じ総督省に入るんだよね?」

 二人は親戚の叔父を兄と呼んだ。総督省に入ってからたまにやって来る。通り名は朗といったはずだ。

「できれば。」

 すごいすごいと部屋を駆け回る。どうやら手伝ってくれる気配は全くないので、清宗は寂しく片付けに専念した。

 母親は外からその姿を眺め、誇らしげに笑う。

「お前は勉強しか出来なかったからねえ。術師学校に入れてよかったじゃないか。先生にもお礼を言わなくちゃね。」

「そうだね。あと、先生の娘と友人にも感謝しないと。」

 母親は大きく笑う。

「青ちゃんかい?本当にあの子は綺麗になったねえ。拾われたときはどんな運命になるのか心配だったけどねえ。」

 母親は唯一青晶の悪口を言わない人だった。ただあの目がかわいそうだねと呟くだけで、それ以上でも以下でもない。

 青晶は試験の後、合格通知を持って駆けてきた。紫の髪が光を弾いてとても美しかったとは母の感想だ。母は黒髪と灰色の目だった青晶が突然紫の髪と目になった理由を聞かない。自分で見たものだけを信じる性分だから、そのまま紫になったのだと思ったのだろう。

青晶いわく人が押し寄せて大変だったそうだ。一つの神学から合格者が出るだけでも奇跡だといわれるのに、二人も出したとすっかり導諭は祭り上げられていた。

「あんな綺麗な娘さんが嫁になってくれるといいんだけどねえ。」

 母が口の端を上げてにやにやしている。清宗は肩を竦めた。

「生憎、青にはもう婚約者がいるよ。とびっきりの男が。」

 青晶の為なら世界さえも買い取ってしまうくらいのとびっきりの男だ。本人の意思と無関係に、青晶が生まれた頃から婚約しているという奇天烈な男だが。

母親は大仰に溜息を吐く。

「何やってるんだい!せっかく上玉が近くにいるっていうのに、他の男にみすみすとられたのかい!」

「いや……。」

 清宗は頭を掻く。特に青晶に恋心を抱いていると言った覚えはない。だが母は清宗が青晶を好きなのだと思っているらしい。

「やーい!ふられたー!」

「ふられたー!ふられたー!」

 翔真が舌を出し、皐月が意味もわかっていないのに「ふられた」と繰り返した。清宗の足元を騒ぎ回る。清宗は翔真の襟首を上から捕まえた。

「こら!変なことを言うな。」

「負け惜しみだ!」

 翔真は吊り上げられながらも、生意気な目で清宗を見る。まだ七歳だというのに変な知識だけは身につけてくる。一体どこで覚えてくるのやら。

 清宗は翔真を下ろして嘆息する。

「負けたわけじゃない。僕と彼女はもともと友人として付き合っている。だから恋だの愛だのという面倒なものは最初から存在していない。」

 母は眉を上げた。

「おや、そうだったのかい?私はてっきり、あの青ちゃんが本命なのかと思っていたよ。散々村の娘たちに告白されておいて、全部断っていたのも分かるってものじゃないか。あんなに美人に育っているんだからねえ。」

「ああ……だからって別に。」

恋をしていなくても問題はないだろう。清宗の言葉を遮り、眉根を寄せて母は頬に手を置く。

「……しかし、困ったねえ。青ちゃんが相手なら皆諦めてくれるだろうけどねえ。お前に誰もいい人がいないようじゃ、また求婚合戦が始まってしまうじゃないか。」

「は……?」

 清宗は動きを止めた。母は気づかず憂鬱そうに首を傾げる。

「誰か一人きめたらどう?もうお母さん、近所のみんなにうちの娘をもらってくれって言われる度に断るのが面倒なんだけれど。」

「面倒って……。」

 清宗のこめかみから嫌な汗が流れる。

「誰でもいいじゃないか。どの子もいい子だろうよ。お前みたいな勉強馬鹿を好きだと言ってくれるんだからさ。」

 ──どの子でもいいって、犬の子でも拾うようによく言うな。

 清宗は眉間を押さえる。確かに青晶がやって来た日から娘たちは遠巻きに見るだけになった。清宗としてはその方がありがたい。よく知らない女の子と結婚する気にはなれなかった。

 母親に恋人でもなんでもない友人だと今言ってしまった以上、村に伝わるまで時間はかからないだろう。母は何でも口にしてしまう性格だ。

 清宗は目を据えた。─もうこれしかない。

「……母さん。」

「なんだい?」

 清宗は母の両肩に手を置いた。肉厚な肩はふよふよと柔らかい。青ざめながら清宗は懇願した。

「頼む。僕は神官になるまで恋人は作らないと思う。……だからそれまでは青といい仲だといっておいてくれ。」

 母が口を開ける。清宗は自分の身を守るために友人をだしにした。

「何言ってるんだい、この子は。そんなことしたら青ちゃんの婚約者さんが気を悪くするだろう。よく考えてからものをいいなさい。」

 清宗は引きつった笑みを浮かべる。

「大丈夫、大丈夫。青の婚約者は雲の上にいるような人だから、こんな村の噂なんて聞こえない。聞いても我関せずという人だ。僕とも友人だ。だから……だから俺のことはもう……放っておいてくれ。」

 最後は心からの願いだった。

 息子を哀れだと思ったのか、母は眉を下げて仕方ないねと呟いた。

「じゃあ村の人には術師学校でいい人を見つけてしまったとでも言っておくよ。術師学校ではきちんと見つけるんだよ?」

「え?どうして……。」

 多分恋人は出来ないと思うが。母は呆れ果てた顔をする。

「お前はどうも抜けているから、お母さんは心配なんだよ。一生独身だなんてみっともないことだけはよしておくれよ?独り身というのは寂しいんだからね。お前はそんな寂しさを知らないような人間になっておくれ。」

「ふうん。そんなものかな。」

 気楽そうだと思っている清宗は、現時点では母の憂い通りの結果を生みそうだ。

 弟たちがまた足元に戻ってきている。今度は本を抱えていた。

「お兄ちゃん!これ!この本だけもらっていい?」

「俺も!」

 二人はそれぞれ清宗が子供の頃に読んでいた本を抱えていた。清宗の顔が緩む。

「いくらでも欲しいのは持っていていい。たくさん読んで、たくさん知識を増やすんだ。そうしたらお前たちも、いつか術師学校に入ることくらいできる。」

 翔真の顔が輝いた。

「うん!俺がんばる!」

「あれまあ。また部屋が本で山積みになるのかい?」

 母親はうんざりと空を仰いだ。清宗も一緒にも見上げた。空は快晴。雲ひとつない空は青晶の目の色よりもずっと濃い青を湛えていた。


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