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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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友の怒り

 青晶ははっと清宗を見返す。清宗は肩から血を流しながら、半眼で尋を見ている。

「……現れるならもっと早くしてくれ。」

 尋はわざとらしく両手を開いて肩を竦めた。

「すまない、友よ。まさかここまでするとは思わなくてね。」

 友という発言にまた面接官達がざわめく。清宗はもう面接などどうでもよくなっている様子だった。

「嘘をつけ。守るなら、きちんと守ってもらわないと困る。あなたの役目だろう?僕は命をかけて守ることなんて出来ないのだから。こんなことでは、僕の命がいくつあっても足りない気がしてくる。」

 青晶は眉を落とした。

「ごめんね。大丈夫?」

 自分のせいで清宗に火の粉がかかったのだ。怒られるのは青晶の方なのに、清宗は何故か尋に立腹している。清宗の言いぐさでは青晶が困ったら助けに来るのは尋の役目で、今回はそれが遅すぎると言うのだ。まるで尋はいつだって青晶を守らなければいけない人間のように。理解できないながら顔色を窺うと清宗は口の端を上げた。

「大丈夫だよ……ててっ。おい。見てないで助けてくれよ、尋。」

 短く返事をして、尋に助けろと言う。面接官たちは固唾を呑んだ。大魔術師に命令するなんて末恐ろしい行為だ。

 尋は何も気にしていない様子で詰まらなそうに言うことを聞いた。

「はいはい。」

 尋が何事か呟くと、結界が割れた。爆発も起こさず尋はさらりと清宗を闇の中から引きずり出した。老人が笑う。

「ほほ。君は大魔術師とも友人なのだね……。」

 清宗は治癒された肩を回し、やっとそういえば面接会場だったという顔をした。

「……はい。」

 青晶はなんとも言えず清宗を見上げる。本当に尋と友人なのだ。尋が嘘を言っているのではないかと、僅かながら疑っていた。清宗は青晶の隣に膝をつき、面接を受ける体勢に戻る。

 老人が首を傾げた。

「彼女を守るのは、彼の役目だといったね。自分は命まではかけて彼女を守れないと。それは何故だい?」

 清宗の面接は終わったはずだが、老人は清宗をまだ見極めようとしている。判断を変えてしまうつもりだろうか。清宗は背筋を伸ばし、表情一つ変えなかった。

「僕は彼女の友人ですが、恋人ではない。守るということは、互いを必要とし失わないための行為だと師範は言っていました。もちろん目の前で彼女が殺されそうになっていたら、僕は彼女を庇います。ですがそれはどうしようもない場面ならば、そうするという話。常に彼女を守り失わないように務めるのは友人の枠を逸脱している。それは彼女の恋人がするべき行為であり、ひいては婚約者の彼の役目だと言っているのです。」

 青晶は聞いていて居た堪れなくなる。自分の婚約者が尋だと清宗にまで断言されると、誰も疑いを抱かない決定事項になってしまう。更には自分の婚約者がどうのという話を、面接の場で何故話す必要があるのだろうか。

 老人は頷く。

「なるほど。では君にとって友人とはどういうものだね?」

「共にあることでは。共に生き、共に考え、悩み、笑う。それでいいと思います。彼女は偶然特異な容姿をしているため、命を危険にさらされる機会が人より多い。だから僕は術師になりながら、彼女が生き抜くために共に戦おうとは思っている。だが彼女の前に立って守ることと、友人として隣にあることは似ているようで同義ではない。守るべきは彼であって、僕じゃない。だから僕は怒っている。」

 青晶は清宗を見た。本当に怒っている顔をしている。人のいい清宗が怒った顔をしているのを初めて見た。

 清宗は怒りの眼差しで老人から中央の男へ視線をずらす。

「彼女を追い詰める為に僕を利用するだろうとは思っていました。だが、この行為は教師として間違えている。学生を脅して真実を明らかにしようなどと、最高学府の最高官吏がなさることですか?あなたはご自身の過ちを自覚するべきだ。」

 青晶は息を呑んだ。面接官に説教をした。反抗的な思想を持っているとみなされ、不合格にされる可能性が高いのに何を考えているのだ。

 男は顔色を変える。当然だろう。年若い青年に真っ向から反抗されて面白いはずがなかった。

「セイ……!」

 青晶は小声で清宗を制するが、清宗は聞く耳を持たない。

「私の意見が間違えていると言うのなら、そのようにご指摘ください。私は罪もなく肩を傷つけられ、怪我をした。友人を脅す道具として。」

「なにい?」

 男は杖を手の中で打ち付けた。言い返す術がないのだろう。

 清宗は追い討ちをかける。

「私はあなたに比べ、経験も知識も遥かに劣った青二才かもしれません。ですがその青二才にでも知っていることがある。」

「ほう……何を知っていると言うのだね?」

 男は口の端を皮肉に上げて顎を出した。清宗は男をひたと見つめる。

「──人間は過ちを犯す生き物だということです。人は必ず過ちを犯す。そして本人の自覚により、それは修正できる。器によっては永遠に自覚することを拒む種類の人間と、非を認める人間といますが、あなたはどちらですか。」

 青晶は尋を見上げた。助けを求めたのかどうかは自分でも分からない。だが尋は青晶を見下ろし、首を振った。その表情はただ楽しそうだ。

 老人は笑った。

「なるほど。こちらに分はないようだよ、先生。我々は確かに過ちを犯した……。」

 先生と呼びかけられた男は、しばらく黙って考えていたが、根負けしたように頭を下げる。

「……悪かった。」

 清宗は頭を下げる。

「ご寛容なお答え、感謝いたします。」

 男は眉を上げて息を吐いた。

「やれやれ。私が学生に謝るとは……。恐れ入ったな─。」

 青晶はほっと胸に手を置いた。そこに石がないのを思い出す。石をどこにやっただろうかと慌てて辺りを見渡すと、背後から石を首にかけられた。

「もう本当の姿は見なくてもいいでしょう?」

 尋が訊ねると、全員が黙って青晶を見つめる。彼らの目の前で少女は色を変える。澄んだ紫色の髪と目が彼らの目に鮮やかだった。

 男はああ、と杖を上げた。

「本日ここであった会話は口外しないように。」

 清宗と青晶はお互いを見交わし、頷く。

「それと、ここにいる他の面接者だが。」

 青晶はそういえばと他の受験者を見た。三人とも尋が恐ろしいのか、身を寄せ合って部屋の隅へ逃げ込んでいる。なんとも哀れだ。

 男は尋に視線を向ける。

「社会的配慮により記憶を奪おうと思うが、良いか?」

 尋は「ご勝手にどうぞ。」と肩を竦めた。見上げるとわざとらしく甘い顔をしてみせる。

「じゃあね、青。またすぐに会える。」

 ──またすぐに会える?

 青晶は不思議だった。自分が安心している。どうしてそんな言葉で安心するのだろう。

 不思議そうな青晶の前から尋が消える。くるりと背を向けると、もうそこには何もなかった。

「……では記憶を取り上げます。」

 面接官は杖をかかげる。

「君たちには今の記憶を忘れていただく。」

 言うや否や三人に杖を向けた。ぱしりと軽い音がでる。三人は青晶の面接時間の記憶を全て消されたようだった。

「あなた方は、本日のことは口外しないように。」

 もう一度言い添えると、面接は滞りなく行われた。


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