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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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残酷な面接

 青晶の動作は丁寧だ。整った容姿と珍しい色の髪と目が相まって、面接官の目が奪われる。中央に陣取っている男が口の端を吊り上げた。

「では、皆さん質問を。」

右の男は進行役のようだ。

「では、わしから。」

中年の顔をした男は、老人のように話した。齢は見た目よりもかなりの数になっているのだろう。青晶は背筋を伸ばす。

「君はなぜ術師学校に入学しようと考えたのかの?」

「私は法を扱う神官になりたいと考えています。現在整備されている法の中にも、私たちの目からは道理に適っていないもの、現実と相反し厳しく取り締まっているものがございます。法を整備したときと、環境も変わっているのでしょう。変化に対応し切れていない法を少しでも人々の近くに寄せること、それが私の目標です。これが入学を希望する理由です。」

 男は一つ頷く。

「では、君のいう道理に適っていない法とは、具体的にどんなものかな?」

「──当人の許諾がない限り、一切の人身の売買及びそれに相当する行為を禁止する。これの但し書きを無くすべきだと私は思います。当人の許諾は脅しや騙す行為によっても引き出せるものです。国は人身売買そのものを禁止すべきです。」

「では、家付きの下働きをどうする?彼らは職を失いはしないかね?」

 青晶は首を振った。

「いいえ。問題点がずれています。ここで焦点にするべきは人身売買であり、人を買っている人々です。彼らが人を買わなければ人身売買は成立しない。そして現在下働きとして買われた人々に給金を払い、雇うという形にする。これが理に適った法です。」

 男は何か書き留めながらまた頷く。

「では現実と相反し厳しく取り締まっているものとは?」

 青晶は言葉に詰まった。

 魔術師は神官と相容れないもの。厳しく取り締まられているのは魔術師を良しとしない国の方針だ。国家機関である術師学校も同じ考えだろう。ここで魔術師を擁護する発言をすると悪い印象を与えるかもしれない。

 導諭は魔術師も神官も違いはないと言っていた。邪悪な道へ逸れた魔術師にも哀れむべき悪法がいくつもある。

 青晶は覚悟を決めた。

「現状、違法行為を行う魔術師が多いことを承知で申し上げれば、魔術師の衣服を定めている点には賛同しかねます。衣服で混沌とした魔術師たちを照合するのは非常に合理的ですが、違う衣服を着るだけで大罪という法はいかがなものでしょうか。彼らは何を着るにしても申請をする必要があります。反対に神官は黒衣を着る必要がありますが、彼らは休日に私服を着ても良い。この差は問題です。わずかな差から互いの憎しみが生まれ、やがて国への反意を育ててしまう結果になります。」

 男は青晶の顔をまっすぐに見返す。眉をあげて頷いた。

「結構。大変優良な意見ですね。私は法を扱っているが、端々の法までは目が行き届かない。あなたのように細かい点に気づける人材は重要だ。」

 評価をした後、書面に目を落とす。目を上げて手を振った。

「ああ、私はもう結構。」

「では、私が聞こう。」

 中央の男が身を乗り出す。青晶は見透かされている感覚がした。

「なぜ、君は髪と瞳の色を変えているのかね?」

 青晶は真っ直ぐ男を見返した。

「……何の話でしょうか。」

 本当に見透かされるものなのだと、背筋に寒気が走る。先ほど青晶に質問していた面接官は気づいていたのだろうか。青晶は視線を両端の男に向けた。誰一人驚いた様子を見せないということは、全員が青晶の石の効果を見透かしている可能性もある。

 だがここで屈してはいけない。法の教師から高評価を得たのだ、無に帰してたまるか。

 中央の男は口の端をあげて首を傾げる。

「君が一番良く分かっているはずだがね。紫幻華石という石を知らないかい?」

「存じ上げております。金剛山に多く見られる宝石。石には不思議な効果があり、手にすると紫の髪と瞳になる。」

「君も紫の髪と目だ。石を持っているのだろう?」

 意地の悪い顔を見返し、青晶は首を傾げた。

「その石は世界に十一しかないと窺っております。そのような貴重な石を私が手に入れられる可能性は零に等しいかと。」

 一同が青晶を見つめている。緊張しないほうが無理だ。先ほどまで手元に視線を向けていた人たち全員が青晶を見ていた。

「頑強に言い張るつもりか……。」

 男は杖を手元で弄ぶ。しばらく自分で弄んでいる杖の先の動きを見た。そして視線をこちらへ向ける。

「どうしても、石を持っていないと言い張るかね?」

「……おっしゃる意味が分かりません。」

「嘘を言っていないというのかね?」

 法を扱いたいという人間が、面接で嘘をつけば即不合格だ。青晶は考える。清宗がこちらを気にしている気配を感じた。決して胸に触れてはいけない。

「……私は私が知っていることをお話しているだけです。」

 男は笑って肩を竦める。

「ならば仕方ない。」

「え──。」

 青晶は目を見開いた。男の杖がこちらを指す。そして杖先から呪術を放った。呪術は無防備な清宗へ向かう。清宗は呪術に巻かれると、上から照らされて出来た己の影に沈み始めた。

「う……。」

「セイ……!」

 青晶は慌てて清宗に手を伸ばすが、指先は触れる前に弾き飛ばされる。清宗の周りに結界が作られていた。

 男を見返す。男はいやらしい笑顔を浮かべていた。

「どうする?このまま彼が闇に飲まれるのを放っておくかね?それとも石を外して、隠している姿を見せるかね?」

「そんな……!」

 青晶は清宗を見る。清宗は立ち上がった足元から徐々に闇に溶け込んでいた。自分を誘拐した魔術師が逃げる姿と同じだ。青晶は男を見返す。一か八か当てずっぽうでも反論しないよりはましだ。

「しかしながら、この術は移動手段として使用するもの。脅しとしてお使いになるには適していない。闇に呑まれているように見えますが、別の場所へ移動するに過ぎないではありませんか?」

 どこかでふむ、と頷く声が聞こえた。

 男は笑みを深くする。

「なるほど、優秀な人材だ。だがその闇は私のお手製でね。私の一振りで彼を闇に閉じ込めるも、呼吸できなくするもできる。」

「面接の場で、受験者を殺すとおっしゃるのですか?それこそ、処罰されるべき行為ではありませんか?」

 ほほ、と誰かが笑う。

 男は周囲の声は気にならないようだ。笑って肩を竦める。

「さて、それはどうだろうか。ここは君たちも分かっているだろうが密閉空間だ。私たち以外の誰も見ていない。こんな状況下でも、君は私が彼を殺さないと思うかい?」

 青晶は清宗を見る。清宗の体は下半身がすべて闇に溶け込んでいた。

「……それでは仕方ない。」

 青晶は目を見開く。男がまた杖を振ったのだ。清宗の悲鳴が上がった。

「がっ!」

 清宗の肩に穴が開いて血があふれ出す。

「せ……っ」

 結界を通り抜け、矢のような呪術が清宗の肩を貫いた。矢の形をしたそれが結界の中で次は反対側の肩に突きつけられている。

「次は右肩をいこう。その次は手のひらだ。さあどうする?このまま友人が苦しむのをただ見ているのかね?」

 男は楽しそうに笑った。青晶は目を据える。これは違法行為だ。だがこれほどに密閉された空間で、しかも目撃者が立場の弱い受験者では告発も出来ない。中央に座っている男が学校の総責任者であれば、考え方も少なからず学内に浸透しているだろう。

──反吐が出る考え方が。

 青晶は清宗の目を見た。清宗の額には汗が浮かんでいる。激しい痛みに襲われているのに、清宗は目を細める。

「……青晶、大丈夫だ。」

 青晶は眉を上げた。導諭を思わせる笑顔を歪めた顔に作り出す。周囲がそれぞれの感想をお互いに話し合っている声が聞こえたが、青晶は清宗から目が話せなかった。

 友人をこんな目に合わせてまで合格を獲得するものなのだろうか。疑問が胸を支配する。清宗が苦しそうにしながらも小さく首を振る。

 青晶も首を振った。

「ううん……もういい。」

 こんな教師の下で学びたいとも思わない。青晶はすとんとその場に膝を着き、無表情に首から石を外した。

「──馬鹿!」

 清宗が怒鳴ったが、青晶は顔を真正面に据える。部屋中がどよめいた。中央に座っている男が最も驚いた顔をしている。青晶は無表情に頭を一つ下げて首を傾げる。

「これでご満足でしょうか?」

 男は瞬きを繰り返した。


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