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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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門番と未来へ向かう者

 昨日訪れた建物は、二度目でも荘厳な佇まいに圧倒された。導諭とは門前で別れることになっている。

「頑張りなさい。きっとうまく行く。」

 導諭はまじないのようにそう言うと、二人の頭を撫でた。門兵が見ていたが、清宗はもう恥ずかしそうな顔をしない。青晶は深呼吸すると、導諭に笑いかけた。

「心配しないで。必ずやってみせる。」

 何を、とは言わない。導諭もそれだけで分かってくれた。清宗が何か言うかと思ったが、何も話さない。清宗はただ導諭を見返した。緊張で真顔になっている。門兵が清宗の背中を勢いよく叩いた。

「わ!」

 清宗は驚いて声を上げる。青晶も驚いて見上げると、昨日声をかけてくれた門兵のようだった。

「挨拶しておいたほうが良い。君の先生だろう?」

 人の良さそうな笑顔だ。背中を叩かれて吹っ切れたのか、清宗はいつもの顔に戻っている。

「……はい。」

 清宗は導諭に頭を下げた。

「行ってきます、師範!」

「ああ、行っておいで。……大丈夫だよ。二人とも、いい子だからね。」

 穏やかな導諭の声が心を落ち着かせる。青晶は清宗の顔を覗き込んだ。

「行こうか?」

「うん。」

 導諭に手を振って背を向けた。門兵は二人に片手を上げる。

「がんばって。」

「ありがとうございます。」

 また二人して口を揃えて、校舎へ向かいながら笑いあった。

 うしろ姿は兄弟そのもの。門兵は子供たちを見送っている導諭に頭を下げる。

「すみません。つい、自分なら挨拶しておかないと悔いが残ると思ったもので。」

 導諭は懐かしそうに目を細めた。

「うん。君もあんなふうに門兵に背を叩かれて、挨拶をしてくれたね。」

 門兵は顔を輝かせる。

「覚えていて下さいましたか。」

「君は実直で、何事にも真っ直ぐな子だった。元気にしているようだね、(じゅん)君。」

 門兵──潤は照れくさそうに笑った。

「はい。もうお会いできないかと思っていました。もう一度お会いできてよかった。」

 導諭は頷いた。

「いつでも会える。今は江州で神学教師をしているからね。もう忙しく飛び回ったりしていない。……気楽な隠居生活じゃよ。」

「では今度、お伺いします。」

「待っているよ。」

 導諭は手を振って背を向ける。子供たちは建物の中に飲み込まれていった。



 入り口に入ると、昨日と同じ女の人と男の人が立っていた。昨日は二人以外に受験者が周囲を歩くざわめきがあったが、今日は静まり返っている。二人以外はいないのかと疑うほど静寂に包まれていた。

 女の人が受験番号の板を確認し、受験会場を教えてくれる。

「受験会場は十二階、六号室です。時間になれば案内が参ります。それまでは教室内で待機しておいてください。」

「はい。」

 青晶が頷くと、隣の男の人が付け加えた。

「それと、ここからは本名を名乗らないように。今後術師になる可能性がある限り、危険を回避するためですのでお気をつけ下さい。」

「……はい、わかりました。」

 もう術師になる準備が始まっている。それだけで緊張が増した。清宗も緊張した顔をしている。受験会場へ行くために陣の中に入りながら、青晶は清宗に首を傾げる。

「じゃあ、名前の上の字を呼ぶ?」

「そうだな。君がアオで僕が……キヨ……。」

 キヨという名前を自分で言いながら、清宗は表情を曇らせる。納得がいかない名前らしい。そのまま動かなくなってしまい、青晶はあわてて別の名前を考える。

「あ!あ、そうだセイは?セイならまだ男の人らしくない?」

 下の名前を呼ぶほうが自然に聞こえたが、今それを言ってしまうと本名を名乗っているようなものだ。苦肉の策だが、清宗はしぶしぶ頷いた。

「じゃ、会場にいくよ?」

「うん。」

 やっと会場に行くことを決めて、陣の中で階数を呟く。何気なく入り口で案内している女の人と男の人に目を向けた。二人は正面を向きながら必死で笑いを堪えていた。青晶たちの会話がよほど面白かったのだろう。涙まで浮かべて腹を押さえている。

 清宗は正面を見据えたまま憮然としていた。

 二人が案内された教室は昨日と違って小さい。神学の一教室と同じ程度の大きさだ。二人は顔を見合わせた。教室には誰もいない。

「私たちだけ……なんてこと、ないよね?」

「少なくとも面接者は四十五はいる。二人きりではないと思う。」

 清宗も首をかしげながら教室へ入った。教室には椅子が五脚用意されている。

「……じゃあ、五人かしら。」

「そうだな。」

 椅子に座り、清宗は周囲を見渡した。扉が教室の後ろ側になる。黒板と教卓は神学のものと大差なかった。椅子は教室に対して横向きに設置されている。それぞれ一人で座るのに十分な距離を置いて並べられていた。扉からの合図に反応しやすいよう配慮した配置だ。

 青晶は清宗の隣に腰掛けて空気を吸った。教室の香りも神学と似ている。

 程なくして残りの三人が別々に教室に入った。お互いを知らないため、緊張が空気を支配する。緊張の渦に巻き込まれそうだ。

 鼓動の早さが次第に早くなるのを感じていると、清宗が低く話しかけた。

「おい……アオ。」

 誰のことかと一拍おいて、青晶は振り返る。清宗は緊張で満たされた教室にいながら、普段通りの表情をしていた。

「……なあに?」

 清宗は顎をしゃくって、青晶の胸元を指した。

「それ癖だから。」

「え?……。」

 青晶は自分の胸元を見下ろし、青ざめる。手のひらでしっかりと着物の下に隠している石を握っていた。手を離して皺を伸ばす。

「気をつけろ。……師範との約束も、忘れるなよ。」

 青晶は眉を落として清宗を見返す。

「うん。」

 自分がこんな癖を持っているなんて知らなかった。清宗は眉根を寄せる。

「なんて顔をしている。自信を持て。やる気を疑われる。」

 青晶は歯を食いしばった。弱気になっては駄目だ。無言で清宗に頷き返し、こぶしを握る。──今回をものにしなければならない。

 清宗は自分よりも年長者なのだと改めて思った。こういう時にこそ、しっかり出来る人間でなければならない。

 程なくして扉が外から叩かれた。黒衣をまとった女性が扉を開ける。

「では面接会場へご案内いたします。ご用意を。」

 清宗と青晶は立ち上がった。隣に座っていた男性が慌てて荷物を椅子の下から引き出す。他の受験者も鞄を持っていた。手ぶらで会場にいるのは青晶と清宗だけだ。

 青晶は首を傾げる。荷物なんて何に使うのだろう。皆親か教師が共に試験会場に来ているはずだ。必要なのは受験番号の板だけだった。導諭も何もいらないといって、青晶たちの荷物は宿に置いている。彼らも連れに預けてしまえばよかったのではないだろうか。

 案内に来た女性は清宗と青晶を見た後、準備をする人たちへ目を向けた。少し面倒くさそうな表情だ。毎回同じように待っているのだろう。うんざりするのも仕方ない。

「よろしいですか?」

 教室が静まり返るのを待って、女性は問いかけた。聞かずとも分かっているが規則なので、という顔だ。

「では、ご案内いたします。手前の方から順について来て下さい。」

 女性から見て手前は清宗だ。青晶は清宗の後につく。女性が全員教室から出たか、一度立ち止まって確認した。

「……緊張して説明を理解しきれない方もいらっしゃるので。」

 誰にともなく話しかける。清宗は頷いた。緊張し教室を出ていいものかどうか、迷う人がいるのだろう。青晶も小さく頷く。女性の口元に笑みが浮かんだ気がした。すぐに正面を向いてしまったので、見間違いかもしれない。

 案内された教室は扉が普通でなかった。木の種類が違う。艶やかに漆を塗り、細かい装飾を施している。見るからに重そうだ。扉の横に目を移し、教室の名前を確認した。

 ──学府総監室。

 意味が分からない。

 青晶が理解を放棄したところで、女性は扉に背を向けてこちらに向き直った。

「よろしいでしょうか。この扉を開けるところから面接です。」

 青晶は両手を組んだ。深呼吸をする。清宗がこちらを見下ろしたので、笑顔で見返す。大丈夫だ。清宗に言われた癖も覚えているし、石のことも秘密にする。

 二人の様子を見ていた女性は、青晶が視線を扉に向けると背後の扉を二回叩いた。合図だ。扉は内側に引かれる。開放された室内は暗かった。


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