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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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宿屋

 導諭がとった宿は寝床が三つ簡易に用意されただけの簡素な部屋だった。窓から街の雑踏が見える。

「青晶は別の部屋にしたほうが良かったかな。」

 導諭が寝床に腰を置いて窓辺に立った青晶に首を傾げた。

「うっかりしておったな。今からでも、取り直そうか……。」

「いいわよ。別に気にならないから。」

 導諭にとって二人は子供だ。部屋を取るなら当然一緒にと思ったのだろう。清宗も頷く。

「青晶がいいなら。」

「そうかい?」

 導諭は二人が互いを気にしていないことにも残念そうな顔をした。導諭には導諭なりの考えがあるのだろうか。その考えがどんなものか想像まで出来ないながら、青晶は少し申し訳なく思った。

「しかし、あれだけの人数の採点を当日中にやってしまえるなんて、どんな機能をしているのでしょうか。」

 清宗は自分の受験番号を天井に向けて持ち上げる。

「数千人っていう単位じゃなかったかしら。」

 導諭は青晶の隣に立った。

「それくらい出来なければ国の最高学府とは言えぬ。」

「そういう仕組みは秘密ですか?」

 清宗は鋭い。導諭はほ、と声を出した。

「お前は聡いね。……そうだよ。最高機密の一つじゃ。術師学校の職を捨てても、その義務は守らねばならぬ。」

「やはり。この板の仕組みくらいは入学したらわかるだろうか。」

 一人で呟く。

 青晶は自分の板を見下ろした。及第点ならば面接を受けられる。面接を受けたいが、同時に恐怖心もある。もし髪や目の色を追求されたら、うまくかわせるだろうか。

 こればかりは導諭もなす術がない。

 ──……大丈夫だよ。守ると言っただろう?

 不意に青晶は尋の言葉を思い出した。頬に朱が上る。今思い出すことではない。隣に導諭がいるのだ。変に思われてしまったら大変だと、青晶は俯いた。導諭は気づかずに清宗を振り返る。青晶は自分の耳を押さえた。忘れようとすればするほど、声の質まで詳細に思い出してしまう。

 とても低く、甘い声。青晶だけをその瞳に映して微笑んだ顔。白い衣にいつもまとっている香りまで。

 悪い呪術をかけられている気分だ。

 背後で清宗が声を上げた。

「あ!変わった!面接だと、師範!」

「おお、よかったのう。して……青晶はどうだった?」

 青晶は肩を竦めて振り返る。清宗は嬉しそうに頬を赤らめていた。

「わたし……。」

 青晶は恐る恐る握り締めていた板を見下ろす。板には何も記載されていない。──落ちた。

 青晶は首を振った。導諭は首を傾げ、清宗が呆れた顔をして寝床から立ち上がる。青晶の前に来ると、自分の腰に両手を置いた。

「青晶、それは裏だ。」

「え?」

 青晶はあわてて板を回す。板には─及第。面接時間:正午班─と文字が浮かび上がっていた。頬が紅潮する。青晶は清宗と抱き合った。

「やった!面接だわ!」

「やったな!」

 小躍りしながら導諭にも板を見せる。導諭は頷いた。

 清宗は一息ついて自分の板を改めて見る。

「青晶、君の面接時間は正午班と書いていた?」

「うん。そう。」

「僕も同じだ。」

 板をもう一度確認した。班ということは複数人を一つにまとめて面接をするのだろうか。尋ねると導諭は首を振る。

「分からぬ。その年によって違っているのだよ。人によっては一人の時もあり、数人の時もある。面接官は決まっておるがね。」

「面接官は何人?」

 導諭は眉を落とした。

「教師全員が面接をすると決まっておる。」

「全員というと?」

 清宗が後を継いだ。

「……これもその時の就任状況によるのだが、十二はいると考えなさい。」

 清宗も青晶も言葉が出ない。しばらく無言で板を見つめ、清宗が呟いた。

「十二対一……だったら、怖すぎる。」

「……十二人が目の前に並んでいるだけで圧迫されるわよね。」

 何を言われなくとも十二人から見つめられるだけで冷や汗をかくだろう。

 導諭は困り果てた様子で二人の子供の頭を撫で、肩を叩いた。

「気にするな。質問は手厳しいが、一つや二つ返答に窮したところで問題ではない。面接は受験者の人格や持っている性質、癖、立ち居振る舞いを見る場所だ。そのように落ち込んだ様子の受験者では、やる気がないと見なされるぞ。」

 清宗の肩がびくりと反応する。青晶は大きく息を吸った。

 導諭は口元を緩める。

「そうそう。自信を持ちなさい。お前たちは最も難しい試験に合格したのだからね。面接ごときでこの機会を逃してはいけないよ。心してかかるように。」

「はい!」

「頑張るわ。」

 清宗は力強くこぶしを握ったが、青晶はそこまで元気になれなかった。常に不安が胸を締め付ける。首から下げた石を握り締めた。

 この石を見透かされる。助けてくれた賢も言っていた。導諭すら見透かされないとは言い切れなかった。

 導諭は青晶の頭に手を置く。

「いいかい、青晶。」

「なあに?」

 青晶を寝床に座らせて、両手を握ってくれた。清宗は窓辺に立って背を向ける。気を利かせてくれたのだ。導諭は青晶と同じ視線になるように屈み、真っ直ぐ青晶の目を見つめた。

「その石を持っているだろうと言われても、持っていないと応えなさい。」

「はい……。」

 導諭は真剣な顔だ。

「嘘をつくのは良くない。だが面接の場では知らないと言い張るのだよ。面接官にはお前の身体を検査する権利はないのだ。そんな石は知らないと強く言い返せば、疑いはただの勘違いとされる。審査の対象事項から外れるのだよ。いいかい?」

「わかった。顔にも出ないように心がけるわ。」

 導諭の手のひらが少し震えている。青晶は眉を上げた。

「そうしないと……私ではもうお前を守る術がないのだよ……すまないね、青晶。」

「……先生?」

 口惜しそうに呟いた導諭の顔は伏せられて見えなかった。青晶はあわてて導諭の手のひらを両手で包み込む。自分のために導諭が心身ともに砕いてきてくれたことを、青晶はよく知っていた。

「そんなことないよ。そんなことない。ずっと守ってくれていたじゃない。これからは私が、自分の身の危険を回避するだけよ。自分で決めたのよ、先生。術師学校に入学して、呪術を学んで自分の身くらい守れるようになるって決めたのは、私。だから……えっと……。」

 青晶は眉を落とした。自分が何を言いたいのか分からなくなる。導諭の弱気な姿を初めて見たものだから、動揺しているのだ。青晶はたどたどしく、けれどもしっかりと導諭の手を握り締めた。

「だから……えっとね、……大丈夫なのよ?心配しないで、ね?先生。」

 導諭は涙ぐんだ目を細めてくれる。

「そうか……大きくなったね。」

「うん……私、がんばるから。」

 ──必ずこの試験に合格する。青晶は自分自身に言い聞かせた。今回失敗すれば、自分に次回は無い気がした。

 清宗は腕を組んで神妙に外を眺めていた。また考え事を始めたらしい。

「ご飯を食べて、明日に備えようか?」

「そうだね。」

 清宗を振り返る。清宗は考え事をしていると動かないのに、今日は顔だけをこちらに向けた。

「……青晶はおっちょこちょいだから、そういう所自覚しておいたほうが良い。」

「おっちょこちょい?」

 出し抜けに何を話すかと思えば、青晶は眉根を寄せる。

「私のどこがおっちょこちょいなの?」

「……受験番号の裏を見ていたところ……とかかな。」

 ぐうの音も出なかった。

 導諭が背後で含み笑っている。


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