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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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父親の憂鬱

 一階に着くと入ってきた時と変わらず、同じ男の人と女の人が立っていた。二人は出口を指し示す。

 出口は入ってきた時と同じ扉だったが、この広さに平衡感覚を失う受験者も少なくないのだろう。

 清宗と頭を下げて表へ向かった。清宗同様青晶は人の多さに辟易する。自分の子供を迎えに来た親がほとんどだろう。迎えに来た人々が一定の距離以上は近づかないように門兵が立っている。

 外へ出ながらお互いに途方に暮れて目を見交わした。

「どうしよう……。」

「人が多すぎる。」

 清宗は腕を組んだ。考え出すと清宗は動かないので、青晶は慌てて後続の邪魔にならないよう端へ引っ張る。

「……清宗。」

 清宗は目を閉じて考えていた。青晶は空を見上げる。夕暮れの茜色に染まった空はとても美しかった。

「やれやれ、久しぶりだと応えるな。」

 青晶は上空から視線を少し下げる。導諭がゆっくりと上空から降りてくるところだった。

「先生。」

「は?師範……?」

 清宗が目を開いた時には地上に足をつけている。導諭は尋と同じく突然上空に現れて、目の前に降り立ったのだ。青晶は誰かに見られていないか周囲を見渡した。端っこで考えていた二人以外は親の群れに揉まれてそれどころではない。誰も導諭が現れたことに気づいていなかった。

「いつ現れたのですか?」

「今じゃ。」

「先生が術師なのを忘れていたわ。空も飛べるのよね。」

 清宗は驚く。

「は?今空を飛んできたのか?僕は見ていない。」

 青晶は呆れた。

「だって、清宗ずっと目を閉じていたじゃない。」

「そうか。そうだった。」

 無念そうに清宗が呟くと、導諭は二人の頭を撫でる。青晶は慣れているので素直に頭を撫でられたが、清宗は恥ずかしそうだ。

「疲れただろう。まだ面接試験が残っておるが、休憩しようじゃないか。」

「はい。」

 導諭が手招きして先へ行った。青晶は先に足を向け、後から来る清宗を振り返る。清宗はまだ恥ずかしそうに髪を触っていた。

「あれは先生の癖よ。先生にとってはいくつになったって、自分の学生は子供なのだから気にしないほうが良いと思うよ。」

 自分の思いを見透かされた清宗は憮然と隣に並ぶ。気を悪くしたかしらと顔を覗き込むと、清宗は嘆息した。

「俺の父親もこれが癖だ。」

 青晶は声を上げて笑った。父親も癖なら、どこに行っても自分は子供扱いをされるような言動なのかと悩んでもおかしくない。

「清宗と私のお父さんは似ているのかもしれないね。」

 清宗は笑顔を浮かべる。

「やっと君が師範のことをお父さんと呼ぶのを聞けた。」

「……。」

 青晶は口元を押さえた。聞こえていたはずだ。導諭を見ると、普段通りの表情で二人を待っている。

 清宗は青晶の額を曲げた指で小突いた。

「いい加減お父さんと呼べばどうだ。何を気にしている?」

 青晶の頬が紅潮する。

「違うわ。別に……自分が養子だとかを気にしているわけじゃないわよ。ただ、小さい頃からみんな先生と呼んでいたから、先生は先生だと覚えてしまったの。別に嫌なわけじゃないの。恥ずかしいのよ。」

 清宗は眉を上げる。

「なるほど。刷り込みのようなものか。残念ですね、師範。」

 導諭は笑う。

「知っておったよ。」

「お嫁に行く時くらいはお父さんと呼ぼうかな。」

 冗談で言うと清宗は顔を引きつらせ、導諭は複雑な表情をした。

「……そういう話は不用意にしないほうがいい。」

 清宗は周囲を見渡して、胸を撫で下ろす。

「よかった、いない。」

 何がいないのだろう。

「嫁か……。」

 導諭はそれきり悄然と肩を落としてしばらく何も話さなかった。

 青晶は首を傾げる。

「なあに?お嫁に行くなんてずっと先の話よ。」

 清宗は空を仰ぐ。

「どうだろう……。」

 意味深に呟いて導諭の肩を叩いた。二人には何かがわかっているようだ。一人だけのけ者にされた気分だ。

「もう。私にもわかるように話してよ。」

 二人は黙りこくった。


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