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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
6章
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術師学校

 術師学校は国の中央都市である朱洛という名の町にあった。試験もこのたった一つの校舎で行われる。中央都市から最も離れた村では試験を受けるために十日もかかるという。青晶たちが住む江州も近くはなかったが、馬車と徒歩で三日かかる。

 清宗は馬車の中でぼんやりと外を眺めていた。青晶は隣に、導諭は目の前に腰かけている。四人乗りの馬車はこの三人だけが客だった。乗合馬車だが客は少ないようだ。こんな真夏に移動する人はそんなにいないのかもしれない。

「中央都市まで来いだなんて……遠い人は大変だな。」

「そうね。」

 青晶は膝の上に呪術書を広げて眺めていた。呼んでいるのではない。ただ心を落ち着かせるために眺めているだけだ。

「各地方に神学を設けるなら、神学の校舎で試験もしてしまったほうが民のためじゃないか。」

 導諭が頷いた。

「そうだね。しかし術師学校の試験は面接もある。その面接官は術師学校の教師ときまっている。教師が各地方を転々としている時間はないのだよ。」

「そうか……。術師学校の教師は官吏でしたね。」

「官吏といっても教師を仕事にしている官吏だから、政治と関わっていそうにもないけれど……術師学校の教師は国の高官なのよね。」

 清宗も振り返り何故だろうと首を傾げる。導諭は複雑な表情を浮かべた。

「入ってみればわかるだろうね……。」

「今は聞いてもわからないのですか?」

 清宗が尋ねると導諭は一拍おいて口を開く。

「そう……術師学校での授業とは……ほとんどが教師と共に外へ出ることだ。外とは学校の外という意味だよ。教師は官吏だ。だから己の仕事をする。学生はその弟子ということになる。学生は弟子として教師につき、その職の手伝いをする。一年目は全ての教師のもとで一通り仕事を手伝い、二年目から己の師を決める。だが一人の教師に対し学生の人数も制限されておるからね、希望通りに好みの教師につけるかどうかはわからない。そういう授業を行うから、教師は高官でなければならない。」

 清宗は眉をあげて頷いた。わかったような、わからないような─と青晶は外を眺める。

「好みの教師とは、自分の希望の職を担当している官吏かどうかということになるわよね。だから決して好みの教師だとは言い切れないじゃない?」

 導諭は頷いた。

「そうだよ。希望の進路が大嫌いな教師だった子は哀れだね。」

「……。」

 二人して黙り込む。導諭がなぜすぐに説明しようとしなかったのかわかった。試験を受ける前からやる気をそがれる情報だ。

 窓の外にはにぎやかな街が見え始めている。人の数も江州と比べ物にならないほどだ。清宗は窓の外から視線をそらした。

「どうしたの?」

 清宗は眉間に皺を寄せて俯く。

「……人が多すぎて気持ちが悪い。」

 人酔いしたというのではなく、景色が好きではないと言いたいようだ。いわばたくさん足のある虫を見ていると気持ちが悪い、という類の不快感だ。

 青晶は改めて外を見てみる。皆色とりどりの服をきていた。街路には野菜果物から布や衣服、装飾品にいたるまでありとあらゆる種類を扱った店が所狭しと並んでいる。

 これが国の中央都市かと感嘆した。楽しそうな街だ。

「……面白いよ、この街は。色々なものが売っているし、たくさん人がいる。思いもかけない人間と友達になれるかもしれないね。」

「王様とかかな……。」

 清宗は興味のない調子で相槌を打って、導諭に笑われた。

「お客さん、もう少しだよ。」

 馬車を引いている男の人が顔を半分こちらへ向けて、すぐ正面へ顔を戻す。導諭が振り返り片手を上げた。

「ああ、ありがとう……。」

 清宗は姿勢を正す。青晶も本を閉ざした。

「いよいよだね。」

 導諭が懐かしそうに見上げた建物を一緒に見上げ、青晶は言葉を失い清宗は口をあんぐりと開けた。

「……師範、一応聞きますが……あれが術師学校でしょうか。」

 導諭はほほ、と笑う。

「国が最も力を入れている学校だからね。あんなものだよ。」

 導諭のいう「あんなもの」は聳え立つという表現以外できなかった。空に届こうかという高さの建物を初めて見た青晶は言葉すら出ない。

 鈍色の建物は無数に窓がついている。全体で何階建てなのだろう。中央と両端にそれぞれ分かれて円柱状の校舎が並んでいた。間はもちろん繋がっている。頂上を見上げると三角の屋根が光を反射し、その頂点に術師学校の紋章を描いた大きな旗が風に揺れていた。

「ここはね、神官府の造りを真似ているのだよ。だから神官府もこんなものだと思っていい。……神官府は本当に雲の上まで突き抜けてしまっているけれどもね。」

 導諭は事も無げに指し示す。

「雲の上まで?有り得ないな……。」

 清宗が内心呟いた言葉を声にしてくれた。

 わずか年に四十五しか学生を受け入れない学校と思えない。

 校舎には無数に窓が並んでいた。門は見上げるほど高く、門戸の中央に堂々と紋章を象った鉄の板が張り付いている。門兵が外に二人、中に二人いる。門を開ける時はこの四人がゆっくりと開けた。

 導諭が門兵に入場理由と事前に送られていた招待状を差し出す。門兵は招待状と人数を確認すると通してくれた。

「がんばって。」

 通り過ぎざまに門兵の一人が兜を軽く上げて二人に笑顔を向けてくれる。

「ありがとうございます。」

 清宗と青晶は同時に応え、門兵は面白そうに手を振った。

 清宗と目を見交わし、肩を竦める。二人して笑うと導諭が顎を撫でた。

「わずか一夏で……まるで兄弟のようだ。」

 嬉しそうに二人を眺めている。独り言のような呟きは寂しさを秘めていた。

 清宗は微笑む。

「では、そのように思って置いてください。二人で必ず合格して見せます。」

 青晶も笑った。

「すごいわね。一つの神学から二人も合格なんて、聞いたこともないわ。」

 導諭は穏やかにゆっくりと笑う。ほんの少し寂しそうだった。


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