清宗と魔術師 1
「よく言う。」
清宗は目を据えて空を見上げた。暗い空を白い布が漂っている。遠くから見た人はきっと幽鬼だと思うに違いなかった。
幽鬼は優美に微笑を浮かべている。
「嘘ではないさ。一生守るのには違いない。」
清宗はどうだかなと嘆息した。
生暖かい夜風が首筋を通り抜ける。周囲は闇に閉ざされ、神学校舎は闇と同化していた。神学校舎の奥の家屋はしかし、煌々と灯火が輝いている。その輝きは通常の灯火では出せない太陽のような明るさだ。神学教師が親であるということと、農家の息子であるという実質的な差を実感する。今は彼女の部屋に輝きは無いが、彼女が勉学をする時はきっと同じような灯火が彼女の部屋を明るくするのだろう。
清宗はその家屋と校舎の狭間にある回廊に立っていた。欄干にもたれかかり、月を見上げている。
先ほどまで清宗は導諭の横で眠っていた。大量の血を失い、意識を失っていたらしい。目覚めると導諭が台所から出てくるところだった。何か石のようなものを差し出して飲めと言われ、清宗は戸惑った。
その石は飲み下すには親指の第一関節ほどもあり、かなり勇気が必要だった。導諭が笑う。
「大丈夫だ。喉に詰まったりしない。」
「はあ……。これは石のようにしか見えませんが。」
それでもやはり呑む気になれず、抵抗を示してみる。喉につまらないと保障される理由もなかった。
導諭は壁際に大量に並んでいる書物の中から一冊抜き取る。
「どれ……君にはこの本がいいかな。」
清宗に分りやすい本を選んでくれたようだ。上半身を起こした清宗の膝の上に本を置いた。
「その本の二百六十三の章を見てごらん。この石の説明が書いてあるだろう。」
「……。」
清宗は無言で頁をめくり、驚きを隠す。本の何章目にどの説明が書いているかまで覚えているのかと内心では感嘆していた。
その石は人の生命力を活性化させる効果があると書いている。説明はたった二行分で、詳しくは無かった。
「書物にはそれくらいしか書かれていないが、その石は大怪我をして瀕死の状態の人間を回復させる効果がある。飲むと腹でとどまり血と同じ成分の液体を作り出すのだ。液体を作り出すとやがてその石は小さくなり溶けてしまう。大丈夫。危なくはない。」
だが珍しい石だと書いている。滅多に手に入るものではないのならば、そんなものを頂くわけにはいかない。そう言うと、導諭は笑い声を上げた。
「子供がそのようなことを心配するのではない。大人の厚意には甘えておくのが賢い子供の生き方だよ。」
清宗はもう子供ではないと思っていただけに若干納得しかねたが、それでも飲めというのなら飲んでおこうと口に入れる。口に入れた途端、塩辛さが口に広がった。導諭が微笑んでいる。
「大丈夫。死にはしない。」
辛さで死にはしないと言いたいのか、石を呑んでも死なないと言いたいのか。あまりの辛さに驚いて、気がつくと飲み下していた。
導諭は笑いながら舌直しに甘い茶をさし出す。
「その石は味だけが難点なのだよ。」
知っていたのなら最初から言ってくれれば良いのに。清宗は涙ぐみながら一気に茶を流し込んだ。
導諭は怪我をさせてしまったから治るまでお前を預かることになったよと言った。その後に試験までここにいなさいと付け加えてくれる。
清宗は喜んだ。家では家族が気を使って灯火を用意してくれるが、その油も安くは無い。僅かながら用意してくれた灯火はすぐに消えてしまい、結局月明かりで学ぶことになるのだ。その点ここならば、灯火ではなく導諭が作り出した灯りで十分に勉強が出来る。
導諭は至るところまで清宗の状況をわかっていた。清宗が尋の友人に勝手に格上げされたのも知っているだろう。
清宗が目覚めた時には、もう青晶は奥の部屋で寝ていた。紫色の髪と目は変わらず、青い髪が印象的だった清宗にはまだ違和感がある。導諭は困った顔で笑った。
「この子は、最近ころころと姿が変わって大変だ……。きっとこれから、普通の女の子が経験しなくても良いような目に遭うだろう。」
清宗は返答できない。そうなるだろうと清宗も思った。術師学校でどんなことになるかは想像できなかったが、少なくともあの妖艶な魔術師が周囲をうろついている限りは穏やかな生活は無いはずだ。
導諭は清宗を見返す。
「この子の友人でいると、今日のように巻き込むことも多々あるだろう。それでも君は、この子の良き友であってくれるだろうか。」
目が潤んでいた。自分の娘の将来を案じ、友を失わないよう切に願う顔だった。清宗はあえて笑った。
「巻き込まれるというのであれば、彼女と友人になった時から私自身の運命でしょう。彼女が原因だというわけではないのだと思います。僕は、まだ半人前ですが……大切な友人が困っていれば助けるのは当然。そんなことで友人を裏切ろうと思いません。……まあ、今日のような経験はあんまりしたくありませんが……。」
尻すぼまりになりつつ頭を掻く。導諭はその頭を撫でた。
「ありがとう。そのように言ってくれるか……青晶は本当に良き友を持った。」
頭を撫でられるのがとても恥ずかしい。導諭には自分はどれほど子供に見えているのか。清宗は手を振り払うわけにもいかず、頬を赤らめた。
青晶の無事な姿を確認すると、清宗は少し外に出た。他人を傷つける行為は案外自分の精神に影響を与える。心がどこか不安で、これから神官になるとこんな経験が日常茶飯事になるのだと思うと、足が竦む。
青晶は更にいらぬ火の粉を浴びるだろうし。
清宗は回廊にたたずみ、空を見上げた。闇に浮かぶ月は円を描いている。
清宗は腕を組んだ。
「やあ。」
月の横に突然人が現れても清宗はもう驚かなかった。




