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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
5章
25/41

始まり

 目覚めた時には、青晶の体の傷はすっかりなくなっていた。擦り傷に至るまで完璧に治されている。

 青晶は胸元の着物を握り締める。

「……うそ。」

 それしか言えない。握り締めた着物が硬かった。

「……なにかが……。」

 着物を恐る恐る開く。胸元に小指ほどの小さな袋が紐で結ばれて首にかかっていた。中を見ると石が光を放つ。

「……。」

 ──誰が作ってくれたのかしら、この袋。

 それにいつの間に布団に入っていたのだろうか。考えると、次第に顔が赤くなった。昨日額に尋が近づいてきた姿を思い出してしまう。

「……いいえ。忘れるのよ。きっとなんでもない。」

 尋がとてつもなく甘い顔で自分を見ていた。青晶は首を振る。

「でも、そんな契約わたしは知らない。」

 自分が生まれた時の話でも責任を取らなければならないのだろうか。生みの親が勝手に契約を交わしただけだ。だがもしかすると、生まれてから今日まで尋は律儀に青晶をどこかで見守っていたのかもしれない。契約をきちんと守っていたとしたら、青晶が聞いていないから知らないと言うのはあまりに身勝手だ。

 青晶は一つ息を吐くと、窓の外に視線を向けた。

「うう……。いつの間に布団で寝ていたのかな……。」

「青晶?」

 突然声が聞こえ、青晶はあわてて振り返る。導諭が扉を少し開けてこちらを覗いていた。

「先生。えっと……おはようございます。」

 何故か自分が悪いことをしたような気分になる。導諭に昨日の出来事は話せそうになかった。導諭は目を細める。

「おはよう。気分はどうだい?起きられるかな。」

「うん。……あの、私昨日……。」

 昨日尋に会ったとは話せなかった。昨日どうやって布団に入ったのか聞きたいのだが、その話をすると自然と尋の話になる気がする。言いよどむと、導諭は微笑んだ。

「昨日はあの魔術師がお前を戻してくれたよ。」

「え?」

 青晶は眉をあげる。導諭は扉を開けて頷く。

「尋だ。お前の髪を青く戻した魔術師だよ。お前がまだ眠れないからと散歩に出てしばらくすると、彼がぐっすり眠ったお前を抱いて戻ってきた。」

「……正面から?」

 あの男が玄関を叩いて入ってくる姿を想像できない。導諭は笑った。

「そうだよ。お前の様子は術をかけられたようだったが、気持ち良さそうだったから、きっと彼の厚意なのだろうと思ってそのまま布団に入れたのだが。」

「……。」

 術をかけられたと分ったのか。青晶は自分の体がすっかり治癒されていることを思い出す。着物もそのままだ。

「……そっか。」

「何も無かったかい?」

 青晶は眉を上げた。導諭が何を聞いているのか分らない。まさか尋が婚約だのという話をしているのだろうか。話そうかと迷ったが、もし導諭が知らなければまた一大事だ。その話をすると、当然生みの親の話になる。生みの親の話をしたくなかった。自分の親は導諭一人だ。

 青晶は少し考える。笑みを浮かべられた。

「ううん。何もなかったわ。」

 話していただけだというと、導諭は着替えておいでと部屋を出て行く。

「清宗も目を覚ましているからね……。」

「はい。」

 扉が閉じた後を眺めながら、青晶は眉根を寄せる。

「……なんだか見透かされている気がする……。」

導諭には青晶の姿は紫色に変色して見えるのだろうか。婚約の話も何もかも見透かされている気がした。

着替えながら小さく呟く。

「……先生なら石をもっていても青色で見えている気がする……。」

 そうだとしても不思議ではない。昨日の出来事も知っているのではないか。

「ないない。大丈夫。誰も知らない。」

 だってあの話をしたときは、尋と二人きりだった。空の上の会話をどうやって聞くというのだ。青晶は頭を一つ振ると尋の姿を自分の中から追い出した。

 これから彼を気にしている暇は無い。術師学校の試験は間近に迫っているのだ。

 突然姿が変わっても、きっと誰も気づかない。神学の年長者の教室では誰もが机と先生しか視界に映そうとしないからだ。事実、青晶が頭に布を巻いて瞼を閉じながら授業を聞いていた時も、誰一人それが青晶だとは気づかなかった。知っているのは清宗だけ。

 何も変わらない。

 青晶の心は少し軽くなっていた。呪われていた灰色の目でもなく、誰かにえぐられる可能性のある青い目でもない普通の目を手に入れられるなんて、自分はなんと幸せなのだろうと思う。これから自由に動き回れる。

 術師学校へ入学して神官になると決めたのだから、他人の目を気にしている暇は無い。

 鏡に映る自分は相変わらず青い髪に青い目だったが、青晶は目を細める。

「大丈夫。きっとうまくいく。」

 術師学校の入学試験は信じられないほど難しく、受からないのが普通だ。神学へ通っている青年達も、何度か受験した後諦めてしまう人がほとんどだった。青晶は生まれたころから神学で学んでいった人たちを見ている。

 皆受験となるととても暗澹とした雰囲気になるのだ。顔色は悪くなり、身なりも気にしていられない。気が狂うのではないかと、子供ながらに不安だった。

 脳裏をよぎった人たちの姿を思い出し、青晶の顔から笑みが消える。

「……大丈夫かしら……。」

 年齢は関係ない。問題に正確に解答することが肝要だ。導諭が常に繰り返している言葉を思い出した。青晶は頷く。──出来るはずだ。


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