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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
4章
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紫幻華石

 清宗は叫び声を上げながら室内へ入り、床へぶつかる直前でくるりと方向を変える。小さな風が清宗の体をすくいあげたように見えた。難なく地に足を着いた本人が驚いた顔をしている。

「清宗!大丈夫?」

 青晶が声をかけると我に返った。

「青晶!」

 青晶は立ち上がれなかった。両手首はいまだに床に縫いつけられたように動かない。青晶の状態を見て清宗は顔色を変えた。

「ひどいことをする……。」

 はっと清宗は魔術師を探したが、コウは気を失っている。石が頭に当たったのだろうか。青晶は自分の仕業だとは思わなかった。

「もう一人は?」

「わからない。あの人しかいなかったわ。」

 清宗は青晶の前に屈みこみ、懐から何かを差し出す。黒い石だった。

「なあに?」

「師範から預かった。何かは知らない。」

 もらおうとして手首が動かないのを思い出す。清宗が手首の錠に触れると、錠はあっという間に地に落ちて青晶を開放した。手首が信じられない軽さだ。

 青晶は感嘆の声を上げた。

「すごいわ、清宗!呪文も使わずにどうやって?」

 誇らしくするかと思いきや、清宗は顔を歪めた。

「……いや、僕じゃない。というか……まあ……いろいろ事情があって。」

「事情?」

 聞き返されたくないのか、清宗は青晶の手のひらに無理やり石を握らせた。

「とにかく!今は脱出することが先決だ。俺がなんとか……。」

清宗は息を呑んだ。

「……青晶?」

「え?」

 清宗が目を見開いた。青晶は自分の顔がおかしいのかと頬を撫でてみる。傷だらけだが、そんなに変形しているようには感じない。

「なあに?なにか、私おかしい?」

 清宗は頷いた。青晶は慌てて自分の足や手を見てみる。血だらけなこと以外、変化は見られない。

 わからない。

 青晶が困惑すると、清宗は指をさす。顔を指して、頭を指した。

「……君、髪と目が……紫色になっているよ。」

「……むらさき?」

 まさかと髪を一束とって見る。青晶は眉根を寄せた。髪は透き通った青色だ。

「紫じゃないわ。青いじゃない。」

 清宗は首を傾げる。

「は?いや、僕には紫に見えるよ?青晶には青く見えるのか?」

 もう一度見ても、色は変わっていなかった。突然清宗はびくりと硬直し、嘆息する。

「……ったく、頭の中だけで聞こえる……すごくやりにくい。」

「何の話?」

「なんでもない。」

 清宗は即答した。清宗は誰に対してか分らない相槌をうち、青晶に片手を見せた。

「わかった。わかった。……青晶、石だよ。」

「石って……あ、これ?」

 握らされたままだった石を視線と同じ高さに持ってくる。空からの明かりに掲げてみると、黒く見えていた石は紫色が凝縮した色をしていた。

「ああ。それは……えっと、紫幻華石というらしい。」

「しげんかせき?」

 青晶は怪しげな説明を疑わしく聞き返す。清宗も自信がないのか困惑していた。

「そう。……それを持ったら……髪や目が紫色に変化したように見えるらしい。本人には変化は分らないが、他人には紫色に見えるような呪術が施されているそうだ。きっと、君みたいな姿だけで狩られてしまう人を守るために作られたのだろう。紫の髪も珍しいが、青い髪ほど珍しくはない。狩られる心配もない。師範が君にと言っていたから、師範が用意したのかも。」

「ふうん?」

 本当かしら。疑わしいがとりあえず石を懐へ仕舞い込んだ。導諭がくれたのならば、大切にしなければいけない。

 清宗は青晶の手を引いた。

「早く行こう。なんとなくまずい気がする。……あいつが喜んでいるし……。」

「え?」

 最後の言葉は聞き取れない。青晶は様子がおかしい清宗の顔を見上げ、そのまま視線を空へ転じた。

 間抜けにも口が開く。上空から何かが大量に落ちてきていた。無数の点が上空にある。

「清宗……なにか来る。」

「……。」

 清宗は声をかける前に青晶の視線を追って上空を見ていた。二人の顔から血の気が引いていった。

「──小刀だ。」

 認識できる距離で呟く。無数の小刀が穴から青晶たちめがけて降り注ごうとしていた。

「清宗!」

 青晶は清宗の体を引き寄せる。部屋の四つ角であれば逃げられるかもしれない。だがそこまで行く時間が残されているかどうか。清宗が目を見開いて振り返り、青晶を抱えて転がった。耳をつんざく爆音で、小刀が床に突き刺さる。石煙が上がった。

「……。」

 刀が石の床に刺さっている。二人とも肩で息をしていた。青晶が震える声で呟く。

「うそ……。」

「遅かった……。」

 もっと早く逃げたらよかったと、清宗は青ざめたまま肩を落とした。青晶を抱えている清宗の袖が切れている。血がそこから滴っていた。


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