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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
4章
18/41

箱の中の鳥

 静まり返った四角の石部屋で、青晶は本日何回目になるのか分らない呪文を呟いていた。手のひらで発光した呪術が爆発するが、規模が小さすぎて手首の錠には亀裂すら入らない。青晶は天井を仰いで嘆息する。

「これって絶対傷がつかないように術を別にかけた手錠だわ……。私の前では錠が外れないようにする術しかかけなかった癖に。馬鹿っぽい割に用心深いのね。嫌になっちゃう。」

 何かが吹っ切れた気がした。思ったままの言葉を口にするのは、案外心地よい。子供たちが思ったまま青晶を揶揄し、楽しそうにしていた姿を思い出す。

 両手に錠をはめられ、売られようとしているというのに笑いがこみ上げた。

「子供にいじめられてびくびくしているなんて……私のほうがよっぽど子供だったわ。大人にならなくちゃ。次に外に出たら、もっと心の強い人間になろう。」

 床に縫いつけられているような重さの両手を床に投げ出し、息を吸い込む。

「石の部屋か……。天井を破壊するくらいならできるかしら?」

 手錠を破壊する呪文と変わらないが、自分の手を吹き飛ばさないように加減して術を構成するのはとてつもなく難しかった。しかし天井ならば加減しないでもいい。

 天井には四方に札と中央に巨大な円陣が描かれている。封印の術を二重にかけていた。必死に呪術書の説明を思い出す。

「えっと……封印の呪文は四方を固める呪文と中央を守る呪文なら、二重にできるって書いていたから……。」

 眉間に力が入る。青晶の記憶はほとんどが映像に頼っている。自分の視界で映し出した呪術書の封印の章を思い出す。天井に描かれている術は書物に記載してあった。その次の頁に開放の呪文が書いてある。

 どうしても中央の陣を消す呪文しか思い出せない。二重に呪文がかけられている場合、どちらか一方だけを解除できただろうか。

「あー……もう。思い出せない!」

 こうなったら自棄だ。両手が重い。青晶は唇を噛んで片手を自分の正面へ持ち上げた。重い。もう片方も口から呻き声を漏らしながら持ち上げ、片方の手首を支えた。そうしないと手を持ち上げていられない程に手錠が重かった。わずかに不安が脳裏をよぎる。

 ──なんだか、手首の錠がはじめの頃よりも重くなっている気がするのだけれど……気のせいかしら。

 汗が滴り落ちた。

「なんとしてでも逃げ出してやるんだから。」

 自分に言い聞かせると、無理な体勢で呪術の構成を始めた。

杖を持っていなかった青晶は絶望的だと思った。だが手首の錠を外そうと呪文を口にすると、術が構成できた。しかし未熟者が何の支えもなく術を構成すると、不安定なのか何度か失敗した。おかげで手は傷だらけだ。

 それでもやろうと思えば杖なしで呪術の構成が出来た。

 普通は人差し指と中指を立てて額にかざし呪文を構成するのだが、手が重くて額まで上がらない。仕方なく片手を支えて持ち上げ、胸の前で呪術の構成を計る。手のひらは自傷行為のおかげで指を曲げられず、歪な形だ。

 開放の呪文を呟く。指先に金糸状の光が無数にあふれ出す。糸に見えるそれは幾何学の文様で出来た文字の羅列だ。術師の口から呪文を吐くことでその羅列が術としての構成になっていく。

 青晶は構成が終わった後で困惑した。

「……どうしよう。この術、どうやって上に投げるの?」

 術は指先でうごめいている。先ほどまでは手首だったので支障なく術をかけられたが、今回は術を投げる必要がある。

「普通は術師の意思で自在に動くのだろうけれど……。」

 ──私は手錠をかけられているからかしら。術が動かない。

 しばらく考えたが答えが出ない。考えているうちに腹が立ってきた。

「大体どうしてこんな目にあわないといけないのよ。人を売って儲けようなんて許されるの?貴族が買うのなら、その貴族は犯罪者じゃない。法律で人身売買は禁止されていたはずよ!」

 条文の映像が脳裏を流れ、眉間に皺をよせた。

「『……当人の許諾がない限り、一切の人身の売買及びそれに相当する行為を禁止する。』……但し書きがついていたわ……。」

 つまり本人が売っていいよと言えば売買していいのだ。

「法律の改正からしてもらう必要があるわ。」

 法律を管轄する神官になれば、改正も可能だ。青晶は術師学校への進学は決めていたが、その先は考えていなかった。据わった目で頷く。

「うん。私、神官になって法を変えてやるわ。絶対に貴族のおもちゃになんてならない。」

 それを全うするにはまず、現状を抜け出す必要がある。青晶は手のひらを見下ろし、まぶたを閉ざした。

「一か八かね……。」

 青晶は覚悟を決める。大きく息を吸い込むと術を床に向けた。何もない床に術を当てるとどうなるのか想像できない。術の威力が大きすぎて床が砕け散るかもしれない。反対に床に吸い込まれて無に帰すこともあり得るが、術師の意向を組んで跳ね返ってくれと願う。

 爆音が上がった。青晶の目の前で床に放たれた呪術は衝撃が強すぎたのか、床を削って次の瞬間には額を掠めて天井へ跳ね返る。光が天井を覆いつくした。

「──しまった。」

 天井を見上げた青晶は青ざめる。─既に遅い。術は成功したが、威力が強すぎた上に二重にかかっていた一方の術と反発を起こした。冷静に考えればわかりそうなものだった。術同士は反発する。術の解除呪文であれば問題ないが、ここで使用されている封印の術は二つで、青晶は一方の解除呪文しか使用しなかった。

 石造りの天井は光と共に砕け始める。逃げ場のない青晶の頭上から、石が降ってくる。

 頭を庇おうにも両手がもう動かない。

「最悪だわ……。」

 絶望とはこういうことを言うのだろうか。青晶は天井を見上げ、とりあえずその場に倒れ伏した。

 しばらく石の落下を受けて静まり返った頃、目を開ける。意識を失うほどの衝撃はなかった。動かない両手は小石の攻撃を受けて更に血だらけだ。頭にもいくつか当たった。全身が石の粉末で真っ白だ。

「……運が……っいいのか、悪いのか……。」

 粉末が気管に入る。咳き込むと涙まで溢れた。口が震えている。天井は封印の術が一つだけかかった状態だ。一つは解除できても、もう一つの解除法がわからない。四方を封印する札の術は神学では扱っていない高等呪文なのだろう。

「……真ん中を突き破ることは出来るわ。」

 天井の中央だけはただの石になっている。だが、もう手が動かなかった。錠が信じられない重さで手首を床に縫いつけている。ここまで来てやっと、青晶はこの錠の仕組みが分った。

「抵抗すると呪力が強くなるよー。」

 体から血の気が引いていく。爆音で聞こえなかったのだろうか。いつの間にか室内にコウが佇んでいた。ラクはいない。口元が布で隠れていて分らないが、目だけは弧を描いていた。


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