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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
3章
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清宗の受難

「行ってまいります、師範。」

「清宗、青晶に会ったらこれを渡してくれるかな。」

差し伸べられた手のひらに黒い長方形の石のようなものがある。受け取ると冷たく、固い。石にしか見えなかった。

 導諭は人差し指をたてる。

「なに、あの子に渡してくれればそれでいいよ。」

「……はい。確かに。」

「必ず、あの子に接触できた最初に渡しておくれ。」

「あ、はい。かしこまりました。」

 懐に仕舞い込み、清宗は尋の隣に立つ。空を飛べない清宗の腕をつかんだ尋の横顔は、少し赤く見えた。導諭に自分が受け入れられていることが嬉しかったのだろうか。

 導諭は片手を上げる。

「行っておいで……。青晶を頼むよ、清宗……アカツキ。」

 空へ飛び立つ瞬間聞こえた。尋が目を見開いて振り返る。既に校舎は遠く離れてしまったのに、尋は声をあげた。

「なぜ俺の通り名まで!俺は名乗っていないぞ!」

「通り名?尋ではないのか?」

 尋は顔を歪めている。相当気に入らないと言う表情だ。

「それは今の通り名だ。あの爺、かつての俺の通り名を呼びやがった!」

「有名なのでは?学生の頃を知っているのなら、知らないはずはない。」

 片腕をつかまれているだけだが、清宗の体は尋の横に並んでいる。尋は首を振った。

「有名?この俺の通り名は呼ぶことすら恐れられているのだよ?学生時代の通り名は遥か昔に捨てた。もう今は俺の通り名を知っている者は数人しかいないし、かつての通り名など誰の記憶にも残っていないはずだ!」

「うう……。」

 嘆きの声が漏れる。そんな危険な名前を知ってしまった。

 尋は顔を歪めてぶつぶつと呟く。

「怖い……あの爺、油断できない。……二百年か……齢二百の大賢人……?まさか……そんなはずは……。いや……。」

 しばし考え込んでいたが、突如顔を上げる。その表情は明らかに考えることを放棄した輝きを湛えていた。

「ま、青晶はくれるって言っていたからいいか!」

「おいおいおい。」

 清宗は思わず首を振ってしまう。

「まだあげるとは言ってない……というよりも、そういうことは本人と両思いになってからしたほうが良い。」

 尋は唇を尖らせる。

「なんだい、清宗。俺が青晶に断られるとでも言うのかい?」

「いや、そうは言っていない。僕は女の子の気持ちも考えたほうが良いと……。」

 尋は最後まで聞かずに話を変えた。

「そんなことより、お前一人で青晶を助けろよ。」

「は?」

 清宗は自分の耳を疑ったが、聞き間違いではない。尋は面倒臭い顔で空中を真っ直ぐ進んでいる。

「待ってくれ。あなたは師範に助けると約束しただろう?それに僕一人では逃げ出す術がない。空を飛べない。呪力もあの二人には敵わない。」

「助けないとは言っていないよ。助けるさ。だが他の魔術師に俺の姿を見られるわけにはいかない。少しでも関わっているところは見せないようにしなければ。」

「魔術師の相互不可侵というやつ?」

 そんな法律は存在しないが、魔術師同士の暗黙の了解だ。社会で生活し難い者同士互いを陥れるような真似はしないと結束している。

「そうだよ。先生は凌駕しろと言ったけれど、俺は魔術師として生きている以上最低限守らないといけない約束事があるのだよ。」

「……では僕が何とかするしかないと?しかし一人ではどうにも……。」

 魔術師二人を相手にどうしたらいいのか。しかもあの二人は奇妙な呪術を使う。相手の気分を悪くさせるような音で二人の声を重ねて呪術を構成する。二人の力が重なった呪力は強烈な威力だ。教室は墨と化した。

「だから力を貸すと言っているだろう?お前に俺の力を一時的に貸してやるよ。」

「……力を貸すって、そんなことできるのか?」

 尋は不適に笑った。

「覚えておけよ。この世は教科書に書いていない事のほうが多いのだよ。全てを教えてくれるはずがない。研究して見つけるのさ。爺どもが隠している術の全てを手に入れるためにね。」

 同じことを誰かが言っていた。─そうだ。青晶が言っていた。あの魔術師たちの術の仕組みを見破った時に、呪術書に書いていないことはたくさんあると言っていたのだ。

 考え方が似ているのだろうか。青晶と気が合うとも思えないが。尋を見ると、尋につかまれている腕に熱が走った。

「痛!」

「我慢しろよ。」

 清宗は慌てて喚く。

「我慢って、我慢っておい!服が燃えている!熱いじゃないかっ」

 尋につかまれているところだけ服が燃え上がっている。尋は熱くないのか炎の中に平気で手を入れたままだ。

「──。」

 清宗は唇を引き結ぶ。熱い腕から熱の塊のようなものが肩を上り、背中に広がった気がした。背中から胸が熱くなっていく。

「よし。同化したな。」

「?今のは……。」

 尋は燃えて煤になってしまった清宗の服を「はいはい。」と意味不明な相槌をしながら元通りにしている。

「俺の目を入れただけさ。」

「はーっ?」

 素っ頓狂な声が木霊した。清宗は慌てて服を開いて胸を見る。小さな幾何学模様の円陣が描かれている。目を象徴しているような形だ。

「うわ!気持ち悪い……。」

「失礼だな。俺の目玉がぎょろぎょろしていないだけましだろう?」

「げえ、想像しちゃった……。」

 考えるだけで気持ちが悪い。まさか尋の目が本当に片方なくなっていないだろうなと確かめると、尋は両目でこちらを振り返った。

「目を移すはずがないだろう?そんなことをしたら、本当にお前の体を支配してしまうよ。その陣でお前の服を通して状態を確認するから、必要に応じて俺が呪術を出してやるよ。」

「そう……。」

 恐ろしいことを平気で言う男だ。状況に応じて呪術を構成してくれるのはいいが、こちらの負担であるとか、周囲の状態まで見てくれるのだろうか。どうも不安が残るが、反論はしないでおこう。

「たぶんそんなこと考えてくれないだろうな……。」

 清宗は独り言を呟いて遠い目をする。自分が帰るときに服が散り散りになっていなければいいが。

 尋は軽く笑って正面を見据える。

「ああ、あそこだろう。」

 清宗は尋が指差した先を見た。うっそうとした森の中に箱のような建物が僅かだが上空からも確認できる。清宗は眉間に皺を寄せた。

「というか何故知っている?そうだ。最初から事件が起こると知っているような口ぶりだったな。知っているなら、防いだほうが面倒なことにならなかった。」

 尋は清宗を見返す。

「だって、魔術師は互いに干渉してはならないだろう?それに確かじゃなかった。」

「何が。」

 尋は大げさに首を振った。

「俺は結界を張られて校舎にすら近づけなかったのだよ?最近変な格好の男たちが神学の周囲をうろついているなとは思った。気配を消して話を盗み聞くと、青い水晶がいるだのなんだのと気が狂ったような話し方で会話をしている。ああ、青い水晶とは青晶のことだろうかとは思ったが、ただの水晶の話をしているのかもしれない。」

 清宗は半眼で尋を睨みつけた。

「どう考えても青晶のことだろうが。」

 尋はおどけて片手を空へ向けた。

「何故だい?ただ水晶を別の場所で見つけて喜んでいるだけの、馬鹿な男たちかもしれないじゃないか。」

「あっそう……。」

 言い返す気にもならない。聞く気を失った清宗の顔を覗き込む。

「そして彼らが誰なのか、俺は知っている。双子の妖術使い。」

「妖術?呪術じゃないのか?」

 尋は目を細めて怪しげに笑う。

「もちろんこの世で術師が使う術は呪術と決まっている。彼らの術を受けたのなら分るだろう?あの双子は二人で一つの術が作れるのさ。俺が知っている限りでは、呪術を二人で構成できるのは世界で彼らしかいない。そのうえ呪術を聞くだけで相手の意識をかく乱させられる。だから仲間内では彼らを妖術使いと呼んでいるのだよ。」

「……それを相手にするのか。知っているなら最初から止めてくれたっていいだろう。あんた大魔術師だろ?手を出さないでくれとちょっと言えば、事足りるだろう。……その、魔術師同士の不可侵だとかにだって差しさわりがない程度じゃないか。」

「そう言えば、そうだねえ。」

 あっさりと頷いた。清宗は呆れ返るしかない。でも、と尋は首を傾げた。

「それじゃつまらないだろう?」

「……あんた、楽しんでいるのか。」

 信じられない。ご執心な娘が渦中の標的にされようというのに、面白いから放っておこうというのか。尋は首を振る。

「まさか連れ去られるとは思わなかったのさ。お前も先生もいたし。あの双子、昔はもっとへなちょこだったが、どうやら成長したようだね。」

「──!」

 清宗は腕で目元を隠す。突然目の前が爆発した。火柱が上がり、白い粒子が霧散していく。先ほど見つけた敵の建物が爆発したようだ。

「おやおや。こんな状態でも美しい……。」

 尋は妖艶に微笑んでいた。建物の天井に穴が開いている。清宗には暗い穴以外見えなかった。

「じゃ、がんばってくれ。」

「は─?」

 清宗は眉を上げる。振り返った時には手を離されていた。絶叫が辺りに木霊する。

 清宗は無防備な状態で落下していた。


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