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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
3章
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大魔術師の友人

 清宗は頭を抱えて呻き声を上げた。

 導諭は反対側の教室で倒れていた。毒を浴びて皮膚がただれていた上、意識すらなく死んでしまったと勘違いするほどの有様だ。魔術師が浴びていた返り血は、毒で皮膚が炎症して溶けた時に散ったものだろう。

「師範!師範!聞こえますか、師範!」

 焦って声をあげると、わずかに喉が動く。

「しょう……。」

 ごろごろと喉元で血が溜まっている音がする。清宗は自分の着物を脱ぎ、導諭に巻きつける。痛みが走り、導諭が声をあげた。

 ──早く、解毒剤と皮膚の再生をしなければ血が止まらない。

 清宗は泣き出したい気分で導諭を抱える。

「し……師範。どうしたら……どうしたら良いのですか。僕は──解毒剤の処方を知らない!」

「う……。」

 導諭の意識は朦朧としたまま戻らなかった。とりあえず導諭の部屋に連れて行けば何か見つかるかもしれない。清宗は涙を堪えて導諭を抱えようとした。

「やあ。」

 背後から突然声がかかる。清宗は肩を跳ね上げて振り返った。流麗な姿の大魔術師が微笑んで片手を上げていた。

「昼だ……。来る時間を間違えたのか?」

 面白そうに教室を見渡し、窓枠から飛び降りる。

「そう。俺は基本、夜しか動けないのだけれどね、気になったので仕事の途中で寄ってみた。良かったね。お前は死ななかったみたいだね。先生は死んでいるのかい?」

 清宗は息を呑む。導諭の息を確認し、声をあげた。

「まだ死んでない!頼む、師範を助けてくれないか?魔術師だろう?」

 しかし、彼はいかにも面倒そうに眉をひそめた。

「えー。……幾らくれる?」

「幾らって……!もう時間がない!」

 導諭の息は見る間に細くなっていく。清宗に大魔術師を相手に出来る金を用意できるはずもない。分っているはずだが、彼は冷笑を浮かべる。

「仕方ないだろう?俺は腐っても魔術師だ。無料で呪術を差し出すわけにはいかない。魔術師と呪術のやり取りをするということは契約を結ぶと言うことだからね。代わりに何かを差し出さなければならないよ。」

 清宗は口を開いて見返す。目の前で人が死のうとしていても、金がなければ死ねと言う。自分なら決して口にしない言葉だ。これが神官になる者と魔術師になる者の違いか。

 だからといって、清宗に導諭を救う術はない。彼は興味深く導諭を観察し、妖艶な微笑を浮かべた。

「どうする?死ぬよ、先生。」

 清宗の中の何かが切れた。気づくと鼻先で笑う男の胸倉をつかんでいた。

「お?」

 胸倉をつかまれた所で何とも思わないようだ。清宗は眉間に皺を寄せて、睨みつける。

「聞け。僕はあなたの友人だ。青晶の友人だから、僕も友人だとあなたが言った。そうだな?」

 彼は楽しそうに笑った。

「そう。君は友人だよ。けれど友人だからって、無料で仕事を請ける理由にはならないよ。」

 清宗は勢い良く二人の足元で横たわっている導諭を指差す。

「見ろ!この人は誰だ?」

「先生。」

 眉を上げて見返されても、清宗は怯まなかった。

「あなたがこの人を先生と呼ぶのは、青晶が先生と呼んでいるからだ。」

「そう。」

「じゃあ、もっと考えろよ!」

「ん?」

 不思議そうに首を傾げている。清宗はつかんだ着物を更に引き寄せた。

「青晶が先生と呼んでいるこの人は、青晶の父親だ。ここであなたが師範を見捨てたと知ったら、青晶はどう思う?あなたの人格を疑い、必ず嫌うはずだ。彼女は道理の通らない物事に対して決して納得しようとしない!」

「ああ……そうだね。」

 眉を上げたまま、放心したように頷く。清宗はつかんでいた着物を突き放した。

「いいか?僕は絶対に今日のことを青晶に話す!僕を殺しても嫌われるからな!あなたはおしゃべりだから、うっかり僕を殺したことを話して、彼女には二度と愛されない。」

「……そうだね。可能性は高い。……。」

ぼんやりと考え込んでいる。清宗は苛立ったまま、人差し指を突きつけた。

「わかったら……早く、師範を、助けろ!」

清宗の指先と導諭の体を交互に見比べ、底冷えのする微笑を浮かべる。

「仕方ない。……青晶のお父上なら、俺の父上だ。今日はお前の言うことを聞いておくよ。」

 額や首筋、全身に嫌な汗をかいている。青晶が道理の通らない物事に対してどう考えているのか、自分を殺した場合の可能性について等の説は全く自信がなかった。はっきり言って口から出まかせだ。だが彼は納得してくれたらしい。

 目の前で大魔術師が見事な構成の呪術を施している様子を見ながら、清宗は自分の手のひらを握り締めた。心臓の音がまだ早い。

 ──僕は術師でもないのに……大魔術師に命令してしまった。

 世界を崩壊できるほどの力を持つ人物に、若輩者の清宗は怒りを露にした上に、指まで突きつけていた。

 理解不能な恐怖心が全身を襲っている。畏怖していた世界に対し、自分の力では敵わないと分っていながら命令してしまい、殺されると思ったのに何故か世界が素直に言うことを聞いているような状態だ。

「……っは」

 導諭が息を吹き返した。清宗は導諭の横に座り込む。

「師範!」

 姿も元通りだ。ご丁寧に破けた着物まで完璧に元通りにしていた。

「師範!聞こえますか?」

 導諭のまぶたが小刻みに震えている。もうすぐ起きる。安堵の息を吐くと、腕を引かれた。魔術師はつまらない顔をしているが、清宗は気にせず手を握った。

「ありがとう!ありがとう!さすが大魔術師だ。見事だ!」

「どーいたしまして。」

 そして意外にも清宗の手を握り返し、微笑んだ。

「お前に俺の通り名を教えておこう。尋だ。」

「は?」

 それはどういう意味を持っているのか。尋は満足げに頷く。

「俺の友人として認めるのさ。青晶の友人としてではなく、俺の友人としてね。お前は意外に根性がある。俺の言うことを脅えながら聞く奴らとは違う。俺に脅えないどころか命令までした奴は初めてだよ。面白い。」

「そう……。」

「俺に敬語使うなよ。」

「はあ……。」

 清宗は呆然と握手を繰り返された。─僕の人生はとても奇妙な運命を持っているのかもしれない。青い髪と碧眼の少女と友人になり……更に大魔術師とも友人になってしまったらしい。


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