コウとラク
「危なかったねー。」
「頭が焦げるところ、焦げるところ。」
話し声が間近で聞こえる。──寒い。もうすぐ夏になるのに寒い。最近同じことばかり思っている。そして寒いと思うときは、必ずといっていい程魔術師が現れる。
──魔術師。
青晶は無理やり目を開けた。途端に声を上げそうになるが、唇をかみ締める。青晶は両脇をそれぞれの魔術師に抱えられて空を移動していた。脇を片手で掴まれているだけなので、足元は宙を漂っている。いつ落とされても不思議じゃなかった。
赤い服の魔術師が青晶の顔を見下ろし、狐のような目になる。笑っているのだろうか。
「起きた、起きた。なあ、コウ。こいつ本当に目も青い。青い。」
コウと呼ばれた紫色の服の魔術師は目の端で青晶を見た。
「本当だねー。目も髪も青い人間なんて、自然発生で本当に生まれるのだねーラク。」
二人の名前はとりあえずコウとラクらしい。ラクはぎゃははと笑い声を上げる。
「そりゃそうだ。もともと青の色素を持つ人間はそこら辺にいたけど、貴族が乱獲しちゃったから遺伝子が衰退しちゃっただけ、だけ。だから高く売れる。売れる。」
「そうだねー。こんなに純粋な色も珍しいから、どっちも高く売れるねー。もう一生楽していけるんじゃないの。」
青い目と髪で二人の魔術師が一生楽できるくらいの儲けがでるのか。目をえぐられるのは嫌だ。
「他人のものを奪って、楽に儲けようなんて虫が良すぎるわ。あなたたち魔術師でしょう?もっと上等な方法で稼ぎなさいよ。」
睨んだが細い目が四つ見下ろして笑った。
「魔術師だから楽していいんだよー。人より努力して術を使えるようになったの。だから人より楽して稼いで良いのー。」
「そう、そう!上等な方法、上等な方法!上等な技術で君を解体して、儲ける。それだけ。」
なんて下劣な考え方だ。青晶は自分の両手を開き、閉じてみる。清宗を庇った腕の裏側は今の状態では見られないが、大した問題もないようだ。杖はやはり落としてきている。
青晶はどうしようかしらと上空に視線を向けた。半人前の青晶は空を飛べない。ここで暴れてもみすみす死のうとしているようなものだ。地上に降りて解体される前に何とかして逃げ出すしかないだろう。しかし狂っていても魔術師は魔術師だ。半人前が逃げ出す機会を作れるだろうか。
「……どうかな。」
魔術師に連れ去られた経験があるせいか、青晶の頭は妙に冷静だった。導諭が殺されていないかどうかだけは確認したい。
「ちょっと、あなたたち。先生を殺していないでしょうね。」
二人は青晶の頭上で狂った会話を繰り広げていたが、青晶の声には反応を示した。
「あの年寄り?年寄り?」
「殺したかなー?おじいちゃんの癖に凄く強くて嫌になったよねー。」
「そう。そう。」
「あ、そうだよ。殺すのも面倒になったからー、なんだっけ?」
「毒。毒。」
「そうだ。毒を撒いてみたら動かなくなったよー?死んだかなー?でもあのじいちゃん不死身かもねー。」
「ぎゃはははは!」
そこで思考が違う方向へいったのか、今度は毒でどういう死に方をするかという話に転じている。この毒は目から血が出るだのあの毒は毛穴という毛穴から血が流れて面白いだの、猟奇的な話ばかり好んでしていた。
導諭が不死身かどうかは知らないが、体を破壊するような殺害行為は受けていないようだ。導諭なら解毒剤も大量に持っているからきっと大丈夫だ。とりあえず、思考が悪い方へ向かわないように死んでいないと思おう。
「あ、通り過ぎた。過ぎた。」
「ほんとだねー。よいしょ!」
どこを通り過ぎたのかと二人を見上げ、青晶は悲鳴を上げた。二人は青晶の腕を抱え直すと、急降下したのだ。息が出来ない。背中から落とされている感覚だ。恐怖で少しでも下を確認しようとして、後悔する。ものすごい速さで地上へ落下していた。
「や─!」
二人は上機嫌に地上へ向かった。森の中へ勢いよく飛び込んだ二人は着地する寸前何か呪文を唱えて想像以上に緩やかに床に足をついた。
「ついたついた。」
「この子すごい悲鳴あげてたねーおもしろーい。」
けたけたと笑いながら青晶を引きずって行く。大地へ叩きつけられずに済んだ青晶はげっそりと周りを見る。周囲には町も民家もない。暗く太陽も注がないような山の中だ。建物は簡素で箱のような形。青晶を解体するためだけに用意した建物のようだ。
部屋も青晶が常に使っていた私室より大きいが、箱としか思えない。何もない。青晶はその中央に座らされ、両手に錠をかけられる。
「あ!ちょっと、やめてよ!」
両手首にそれぞれ鉄の輪をつけられ、術をかけられた。文句を言ったところで、聞くはずがない。二人はそれぞれの着物の返り血を呪術で弾き飛ばしている。ラクが振り返り、コウが首を傾げた。
「何が嫌?嫌?」
「両手をつなげられると大変かなー?」
コウは呑気な声で青晶の手首を繋いでいる鉄の境目を指の一振りで切る。
「あ……。」
両手を自由に動かせるとかなり楽だが、どちらにせよ手錠に呪術がかかっているので手首は重い。二人は奇妙だ。残虐性を持っているのだが、青晶が文句を言えば耳を傾けて答えようとする。
「……まあ、どっちにしても解体される運命には違いないかも……。」
呟いて俯くと、瞳から一粒涙が落ちた。泣くつもりはなかったが、やはり動揺しているのだろう。二人は首を傾げて青晶を見ている。まるで双子みたい。狐のような目や掛け合いのような会話。よく見ると着物も同じ形だ。裾からまばらに出ている白い生地の長さや襟首から溢れそうな薄い波状の生地も揃っていた。
ラクが口を開く。
「泣いている。泣いている。どうしようか?解体やめる?やめる?」
「え?」
泣いたくらいで解体を断念するのだろうか。そんな簡単な決断で神学を襲い、教師の子供を誘拐したのならば本当の馬鹿だ。不遜な考えが頭を支配する。この国では神学を術師が襲うと死罪をたまわる。つまりこの二人は命を懸けて青晶を誘拐していた。それが分っているのだろうか。逆に心配になる。
コウが唸った。
「でもやめたら儲けなくなるよー?」
「儲けないと駄目。駄目。」
やはり魔術師だ。分っている。
青晶は溜息を落とした。
「それに逃がせないしー?逃がすと、僕ら捕まるかもよー。」
「じゃ売らないといけないね。うん。うん。」
ラクがあ、と声を上げた。
「そしたら解体しないでそのまま売っちゃおう!髪も目もそろっている女の子、貴族は欲しがる。欲しがる。」
コウがほう、と頷く。
「そうだねー。女の子だし、容姿も悪くないしねー。このまま売ったほうが高くなるかも知れないよ?」
「高くなるなら、そっちにしよう。しよう。」
青晶は歯を食いしばった。解体よりは何十倍もましな選択だが、貴族に買われたところでかごの鳥にされる運命は変わらないはずだ。死と変わらない拘束を受ける。
「決まり、決まり。」
「じゃーお客さん探しに行こうー。」
「あ!」
二人は振り返らずに外へ出て行ってしまった。青晶は重い両手を床につく。扉が閉まる音が響き渡った。
「ちょっと……手錠も外して行ってくれたらよかったのに……。」
一人でどうやってこの術から抜け出そうか。青晶は額に汗を浮かべて考え込む。