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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
3章
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襲撃

「先生、回廊は危険だわ……っ」

 青晶が叫ぶと同時に外に面している回廊の上空に魔術師が現れる。導諭が青晶を背中に隠した。

「青晶!今のうちに校舎へ!」

「先生を置いてなんて行けないわ!」

 導諭が振り返る。

「わしは大丈夫じゃ!」

 その背後で呪術が構成された。呪文が聞こえる。破壊の呪文だ。青晶は思わず導諭の腕を引いて駆けだした。破壊の呪文を人へ向けるなんて信じられない。術を受けた瞬間に体が散り散りに弾け飛ぶ。

「駄目だ、青晶!」

 校舎へ入る戸口を確認する。誰かいた。─敵か。絶望的な気分でその姿を認識する前に、戸口にいた人間が杖でもって呪術を上空へ放った。

「昇華!」

 破裂音と共に呪術が重なり、相手の術が水となって飛散する。聞きなれた友人の声だ。凍りついた心臓が、わずかに温かくなった気がした。清宗が青晶の手を掴み、校舎へ引き入れる。清宗の術が見事に相手の術を消し去った時、間違いなく導諭は誇らしげに頬を緩めた。

「清宗!どうして……。」

 まだ神学が開く時間には早すぎる。清宗はうんざりした表情で笑った。

「いや、ちょっとね……予言というか、予感というか……。なんとなく早く来てみて良かったのかどうなのか……。」

 意味が分らないが、青晶は少し笑う。

「ありがとう。助かったわ。」

 清宗は回廊の戸口を封印し、顔を引きつらせた。

「いや、まだ助かるかどうか……頑張るけど。」

 その目の前で戸口が激しい衝撃音を上げ、発火する。

「いかん、こちらへ!」

 導諭が青晶を教室へ連れて行く。外へ出ることが危険な今、教室へ逃げ込む以外方法はないのだが、それでもこの状況を抜け出す方法とは思えない。教室は静まり、いつもと変わらず机と椅子が整然と並んでいる。教室の廊下側の窓辺に青晶を座らせ、導諭は背を向ける。清宗は緊張した面持ちで導諭と退治した。

「……あの二人をなんとかしないと。」

「わしが行くよ。清宗、ここを頼むぞ。」

 導諭が清宗の肩を叩く。青晶は息を呑んだ。

「そんなの駄目よ!私も行くわ。」

 導諭一人に対して魔術師二人は分が悪い。導諭は白髪交じりの眉を下げた。

「青晶、お前は駄目だ。」

「どうして?」

 青晶が腰を上げると、清宗が肩を掴んだ。

「わからないのか?相手は君を狙っている。君がのこのこ出て行ったら、それこそ敵の思う壺だ。」

 青晶は口を閉ざす。何故自分を狙う必要があるのか。言いかけて止めた。自分の姿──青い髪の毛が束ねられもせず背中にかかっている。

 清宗の真剣な顔を見上げ、歯を食いしばった。茶色い目を細く眇め、清宗は導諭を見返す。

「しかし先生、ここは結界が張られていたはずでは?」

「そうなのだが、先ほど破られた。恐らく結界の外から青晶に術をかけ、反対呪文で青晶が抵抗した瞬間結界が緩んだのだろう。そこを破って結界が消えた。もう一度張ることは出来ぬ。やつらの呪力が強すぎる。油断したのう……。」

 青晶は眉を上げた。

「結界の外から術をかけられるの?」

 導諭は顔を手のひらで拭う。

「ああ。もともと……あの結界は術師を遠ざけるためのもの。術までは考慮していなかった……。青晶に気づいている魔術師はあの男だけだと思っておった……。あやつは、お前を傷つけるはずがなかったのでなあ……。」

 言って溜息を吐く。変な話だ。魔術師なら誰でも青晶の色を奪いに来るはずなのに、導諭は青晶の色を変えた男に限ってはそういう目的で来るはずがないと確信していた口ぶりだ。

 導諭は続ける。

「もとより、これほどに魔術師がうろつくこと自体が異常じゃ。奇妙な気配を感じていたが、てっきり奴だとばかり思っておった。もしかしたらと、今日結界を変えようと思っておったのだが遅かったな。」

 魔術師が三人も現れたことは確かに異常だった。魔術師は庶民の生活に関係のない世界の存在だ。闇の世界で商売をしているため、真っ当な生活をしている民は生涯見ることなく終わる。

 清宗は苦笑いを浮かべた。

「仕方ないですね……。神学に結界が張られるなんて、滅多にない。術師の目を引いてしまったのでしょう。」

 神学に結界が張られているとは妙だなと見てみると、中に青い髪の娘がいた。これは商売ができると急襲を仕掛けたというわけだ。

 青晶が暗澹とした気分に覆われると、反対側の教室で窓が割れる音が聞こえた。断続的に硝子が割れていく。だんだん近づいてくる。

 思わず耳を押さえた。

「行かねばならん。」

「先生!」

 一人で行かせられない。走り出た導諭を追いかけようとした青晶の腕を清宗が掴む。青晶は肩を跳ねさせて、清宗を見上げた。

「清宗!先生一人じゃ駄目よ!」

 清宗は青晶を引きずる。教室の中央、廊下側の机に座らされた。

「清宗!」

 清宗は眉間に皺を寄せて頷いた。

「わかっている。だが君を一人に出来ない。」

「だけど!」

 清宗は青晶の声に重ねて怒鳴った。

「死にたくないだろ!」

 言葉に詰まる。死にたくないが、代わりに導諭を差し出すつもりはなかった。

 清宗は額に杖の先を当てて何か考えている。

「そうだよ。死ぬわけにはいかない……大体、結界が解けたって言うのにあの人は肝心な時に現れないつもりか……?夜しか来られないのか。というか、予言したのなら分っていたということか?どういう意味だ?魔術師は互いに干渉できないからか?……何を使えばいい。まずい……。これはまずい。」

 こめかみを汗が流れていた。独り言の内容は意味をなさないもののようだ。清宗は教室の端から端まで歩き回って何か考えている。青晶は立ち上がった。

「清宗、あの魔術師達を見たわよね?」

「ああ、見た。」

 杖の下から目だけこちらへ向ける。それが何かと首を傾げた。

「あの二人、口を隠しているの。変じゃない?……口を見られると駄目みたい。」

「顔を隠しているだけじゃないのか?」

 普通はそうだが、違和感があるのだ。あの二人が呪術を構成する時、奇妙だった。声がどちらのものか分らない。口を隠しているからじゃない。声がどちらからも出ているように聞こえたのだ。だから導諭も一瞬目を奪われたのではないか。

 考えを言うと、清宗は目を瞬いた。

「いや……だが、有り得ない。だって呪術は重なると爆発する。」

「それは別々に術を作って重なった場合って但し書きがあったわ。呪術書に書いていないことってたくさんあるもの。同じ術を最初から同じ呼吸で構成したら、倍の呪力の術になるのかもしれないわ。」

 清宗は言い返そうとした口を閉じて、考える。

「せ……。」

 声をかけようとしたが、何を言おうとしたのか忘れた。清宗の背後に影が差す。頭が真っ白になった。真っ白なまま清宗の頭を抱えた。

「しょうっ……!」

 頭上を爆発と共に硝子片が刃となって飛んでいく。清宗は青晶が頭を抱えて伏せた瞬間、体を入れ替えて青晶に覆い被さった。

 爆風が通り過ぎ、青晶は目を見開く。

「清宗!血が!」

「大丈夫……だから、声を出さないで。」

 清宗は痛そうに笑った。額から血が滴り落ちてくる。大きな清宗の手が、青晶の口を覆った。窓辺に何かが舞い降りる。目で確認しようとしたが、清宗の体で隠れて見えなかった。清宗も顔を向ける。清宗には見えたのだろう、体に緊張が走った。

「ど、こ、か、なー?おちびちゃん!ひゃはっははっ」

 青晶も清宗も小さくないが、隠れている自分たちを指しているようだ。青晶は自分の口を押さえている手を掴む。清宗がゆっくりとこちらを見下ろした。緊張した顔が横に首を振る。

「駄目だ……見るな。」

 微かな声で耳打ちした。見ると何かあるのか。清宗は人差し指を口に当てて黙るように指示すると、そっと口から手を離してくれた。

 耳障りな歯を噛み合わせる音がする。

「かくれんぼなの?かくれんぼなの?ぎゃはは!」

 こんな教室で隠れられるはずがない。一人で行こうとした清宗の服をつかみ、青晶は小声で断言した。

「駄目よ。行くなら私も行く。一人で行ったら許さない。」

「青晶……。」

 清宗は困った顔をして、諦めの溜息を吐く。術の構成を始めながら、ぼそりと呟いた。

「できたら傷とか残さないでくれ。僕が怒られるだろうから。」

「……?頑張るわ。」

 誰に怒られるのか分らない。青晶は清宗と同時に立ち上がり杖を構える。 二人の魔術師はこちらを振り返り、狐のように目を細めた。

「見つけた、見つけた。」

「おちびちゃんが二人揃ったねー!」

 何かの薬でも服用しているのだろうか。何度見ても常軌を逸した目の色と言葉尻だ。清宗が不快を露にする。

「これが魔術師か……?なんて……頭が悪そうな言動だ。」

 正直な感想だが、相手の気を悪くしてはいけないと配慮したのだろう。呟き程度の声だった。聞き取れなかった二人が、猿のように窓枠に屈んで「ん?ん?」と飛び跳ねる。

 青晶はその時には言葉を失っていた。二人の服に衣と違う色の液体が張り付いていた。どす黒い赤。

「先生を……殺したの?」

「ん?」

 間抜けな顔で首をひねった二人が何を構える間も与えない。青晶は怒りに任せて呪術を放った。強烈な爆風が二人を襲い、煙が二人を巻き込んだ。

「青晶、あれじゃ敵が隠れる!」

「あ……。」

 何も考えずに術を放ってしまった。冷静に指摘したが、清宗も相手が見えず術の構成に迷う。

「怖い、怖い!」

「なーんにも見えないねー!おもしろいねー!」

 魔術師たちにとって青晶の術など痛くも痒くもなかったようだ。声がした上空を見上げ、歯を食いしばる。清宗が防御の呪術を構成するが一瞬遅い。青晶は清宗の前に出た。

「──やめろ、青晶!」

「これしかない!」

 杖を横に構え、杖に蓄積された呪力で直に受け止める。杖が折れればそのまま体を引き裂かれる荒技だ。目の前で火花が散った。目が眩む。向こう側で魔術師たちが焦った声を立てた。

「あっあっ、まずくない?まずくない?」

「青色が焼けちゃうね!焼けちゃったら売れないよ!」

 青晶は口の端を上げた。

「やっぱり……私を売るつもりなのね……っ」

「売れないとまずい、売れないとまずい!」

「しょうがないね!」

 紫色が面倒そうに手を振る。一振りされると抵抗が消えうせた。目の前に大きな手が広がる。

「ひゃっ」

 清宗が青晶を自分の背後に回した。乱暴に回されて目が回る。清宗の呪文が聞こえたが、魔術師の声も聞こえた。やはり奇妙な音だ。重低音が木霊する。目を向けると、清宗がうめいた。

「な……んだ、この術……。」

 二人は上空で陣を組んでいる。交互に回転しながら円を描いていた。術を呟いている人間がどちらなのかわからない。二人で呟いているようにしか聞こえない。

「二人で呟くなんて……。」

 言葉が少しでも合わなければ別々の術になり爆発が起こりかねなかった。双子でもない限り、そんな技が出来るとは思えない。聞いているだけで気分が悪くなるのは何故だ。

 清宗が術を気力だけで放つと同時に魔術師たちが術を放った。──爆発する。

 何とかして清宗だけでも守らなければ。爆発する炎が清宗を襲う。青晶は背後から清宗の顔を腕と衣で覆った。

「い──っ」

 衣が焼ける。皮膚が焼ける音がする。清宗が腕の中で何か叫んだが、もう聞こえなかった。青晶は清宗の体を引き倒す。少しでも炎から逃れさせるために。清宗が青晶の頭を抱えたが、瞬きのうちに少女は消えうせた。爆音も忽然と消える。

「──青晶!」

 青晶のおかげで火の海に投げ出されなかった清宗は、目を見開く。髪が焦げ、あちこちから血が流れている。本能的に起き上がったが教室には誰もいなかった。静まり返った教室は、硝子片が散らばり、血痕が残り、全体が焼け焦げている。無残な状態だ。

「……くそっ」

 青晶もいない。あの爆発と同時に奪われたのだ。額に手を当てる。

「落ち着け……落ち着け。まずは何だ?あの人を呼ぶ?いや、師範だ!」

 清宗は先に敵対していたはずの導諭を探して教室を飛び出した。


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