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魔術師の婚約者  作者: 鬼頭鬼灯
序章
1/41

強引な出会い

 晴れ渡った空の元、年季の入った校舎前を子供たちが駆けまわっている。白く塗り固められた校舎外壁はところどころ剥がれ、地面に塗料片が落ちている。露わになった木造の外壁はいかにも古めかしい。

 外の陽光と対照的に暗く落ち着いた教室内では、幾人かの青年達が机に向かい書物を読んでいた。彼らは外の喧騒など気にならない様子だ。

 校庭を駆け回る子供たちは思い思いの場所で草花を探していた。

「先生!この葉っぱは薬になるの?」

 幼い子供の声がにぎやかに響き渡る。先生と呼ばれた老人は、子供の元へゆっくりと近づいた。明るい緑色の葉を指差し、子供たちは振り返る。

「それは傷にいい葉だよ。」

 村で唯一の『しんがく』の教師─(どう)()は村人に先生と呼ばれて久しい。

 神学は金を必要としない学校だ。国の金で設立され、国が教師の任命から給与までを賄う。入学者の年齢制限もないため、神学には5歳の子供から二十歳を過ぎる大人までが入り混じって学んでいた。

 ただし目的に応じて学ぶ場所は異なる。農業などの生活に必要な基礎知識を身に付けたい幼子たちは教室の外で野外授業を受け、官吏を目指す者たちは教室内で黙々と書物と向き合っている。

 この世では、多くの者が官吏を目指した。青い国と歌われる(そう)(らん)国では政を取り仕切る官吏を『しんかん』と呼び、神官を育成する学び舎は『術師学校』という。神官は人にない魔術力を身に宿し、人よりも遥かに長い寿命を誇る。

 齢三百を超える大魔術師すら存在する。

 しかし余りにも寿命が長すぎ、その事実を信じる者は世の中にほとんどいない。

 蒼藍国にたった一つの術師学校に入学できる人数は年に(わず)か四十五。術師学校へ入学するための入試対策を教える神学は各地方に一つずつ設けられていた。導諭はこの神学教師の一人である。


 (どう)()は昼になると学校を開き、日が沈む頃に閉める。国が民に施している学び舎は、村中の人間が集っても余りある大きさだ。

 子供たちに囲まれて草花の名前と使用方法を話している導諭を遠巻きに眺めている少女。彼女は憂鬱にため息をつく。

 少女は名目上導諭の娘だったが、実際のところ血の繋がりはない。夏のむし暑い夜にこの神学の門に捨てられていたらしい。導諭にそれを教えられたのは五つの頃。背中にかかる髪の毛は漆黒。風が髪を吹き上げ、露になった顔は誰もが羨む美しさだったが、少女は慌てて髪を下ろす。

 髪の下に隠した瞳の色は青味がかった灰色だった。この世に稀有な灰色の瞳を隠すため、彼女の前髪は長い。突然変異の瞳を持つ彼女は異端者として村人に爪弾きされていた。導諭の娘という立場上、表立って嫌がらせをする大人はいない。だが子供は無邪気に少女を指差して揶揄するし、術師学校へ本気で進もうと考えている青年たちは少女を存在しないものとして黙殺した。

 子供の傍によると嫌な気分にさせられることを知っている少女は、学び舎の軒先で導諭と子供たちを遠巻きに見ていた。

 子供に囲まれている導諭は本当に幸せそうで、自分が世話になっていることを申し訳なく思う。導諭が腰をゆっくりと上げて振り返った。窓を開けている建物の中で黙々と青年らが勉強しているのを確認し、その(はた)で立ち尽くしている少女を瞳に映す。彼はおっとりと微笑んだ。

(しょう)(しょう)……。こっちへおいで。教えてあげよう。」

 少女の名前を青晶と名づけた導諭は、ゆっくりと手招きする。子供たちが声を上げた。

「わあ、青晶だ!」

「逃げろー!目が合ったら呪われるー!」

 楽しそうに叫んで、あっという間に散り散りに逃げ去った。導諭は子供たちを見送り、穏やかに笑い声を上げた。

「くだらぬ迷信だ……。そのようなことを信じているようでは、神官にはなれぬ。」

 青晶は口を真一文字に引き結んだ。だから昼間にこちらへ来るのは嫌いなのだ。嫌だと言っても導諭が必ず来なさいと言うから来てみたが、いつも同じだ。青晶と目が合うと、必ず子供たちは蜘蛛の子を散らすようにぱっと逃げ去ってしまう。

 校舎の傍から身動きが取れない青晶の元まで導諭は近づき、優しくほほんだ。

「青晶、許してあげなさい。」

「……。」

 青晶の頬を皺だらけの手が撫でる。

「誰に何を言われても、心を折ってはいけない。芯をしっかりと持って、全てに優しくありなさい。優しくある為には、何が必要だい?」

 自分に優しくない世界に、自分は優しくしてあげないといけない理由がわからない。青晶はなんだか泣きそうになる。優しい導諭が、自分を突き放しているように感じた。

「知らない……。」

 その声はとても美しい。青晶の声は特異なものだった。一言話せば鈴の音を転がすような音が人々を魅了する。だが誰も青晶に近づこうとしない為、美しい声を知るものはほとんどいない。

 導諭は首を振る。

「考えなさい、青晶。考え続けることが、お前を育てる。」

「……考えたくない。皆冷たいもの。なぜ優しくならないといけないの?私、どうしてこんな目の色をしているの?先生はたくさん知っているでしょう?私の目、普通にして!」

 導諭は青晶の頭を撫でる。その優しい手のひらが、今は迷惑だった。泣きそうなのを堪えている時に優しくされると、涙を堪えられなくなる。あふれ出た涙が地面に落ちて小さな染みを作った。

「それは勿体ない。」

 若い男の声が突然聞こえ、青晶は顔を上げた。男の面差しを見た瞬間、頭が真っ白になった。導諭も振り返って声の主を見上げる。

 意思の強そうな眉と切れ長の目。黒い髪の毛を肩で一つに束ねている。厚い胸板を包む着物は絹のようだ。美丈夫という言葉が最も似合う男は、腰に長刀を携えている。見るからに国の中枢にいる高貴な身分の男だった。

 男は青晶の目をまっすぐに見据え、口の端を上げた。

「どなたですかな?」

 導諭が青晶の前に立ち、男の視線を自分へ向けさせた。青晶は自分の手のひらを見下ろす。震えている。全身の血の気が足元まで落ちていた。凍りついた状態だと言うのに、動悸は煩く鳴り響いて耳にまで聞こえてくる。

──なにこれ……。

 男は礼儀正しく導諭に頭を下げる。

「ご挨拶が遅れました、先生。私はじんと申します。」

 男の声が聞こえるとじわりと耳に血が上った。わけもわからず耳を押さえ、視線を落とす。自分の感情が理解できなかった。男の声を聞き、気配を感じるだけで頬を涙が伝い落ちていく。

 苦しい。

 導諭の背筋が緊張した。

「尋……とな。本名ではあるまい。そなた、魔術師か?」

 青晶は視線を上げた。術師学校を卒業し、神官と同等の力を持ちながら、神官にならず民草にまぎれ商売をすることを選んだ者。魔術を使える者は莫大な儲けを見出せる。人の命をも簡単に奪える力を持つのだ。それ故、魔術師は民に恐れられる存在だ。

 この世で一文字の名は無い。名は魂を支配し、本名を奪われると体の自由を失うという。魔術師はその危険を避けるために、本名を決して使わないと導諭に聞いた。

 男は一度青晶を眺め、導諭に微笑んだ。

「いかにも。魔術を商売にしております。」

「それはご苦労なことだ。して、その魔術師がどんな御用ですかな?」

 尋は人好きのする微笑みを浮かべた。

「……その前に、そちらの娘さんに確かめたいことがあるのですが。」

 導諭は鼻を鳴らした。

「見たいと言うのか、この娘を?見ればいい。だが、わしの目の前で魔術を使えると思わぬことだ、お若いの。」

「え、え?」

 導諭は青晶の前から一歩脇へずれ、尋が目の前に立っている。尋は困ったように眉を下げた。導諭の表情は厳しい。見慣れない様子に青晶はうろたえ、耳から離した両手をそのまま動かすことさえ忘れた。

 尋はやや申し訳なさそうに青晶の目の前に立ち、手慣れた仕草で顎を掬い上げた。

 導諭が厳しい眼差しを向ける。

「どこから話を聞いてきたのか知らんが、その娘の目は売れぬ。確かに青味がかっているが、灰色だ。」

「確かにそのようだ。」

 青晶は目を見開いた。この世には貴い色がある。貴族の中で青い髪や青い目が流行っているのだ。遥か昔から青い色は高貴な色とされ、魔術師が民の中に青い色を見つけると密売をしている。今となってはもうその色はほとんど貴族に奪われてしまい、貴族の色となってしまっている。

 この魔術師は青晶の目が青かったら、この目を奪っていたかも知れない。

 青晶は思わず一歩下がった。男の手が離れる。目を見開いた青晶に艶やかな微笑を浮かべてみせた。この男の人は怖い。なにか──とても強い何かをもっている。

 尋は青晶が逃れた分、更に近づいて頬を撫でた。青晶の肩が跳ねたが、気にせずその手を首筋に滑らせる。心音を確かめるようにしばらく首筋の音を手のひらで確認し、尋は微笑んだ。

「確かに。」

「わかったのならば、その手を離していただこうか。うぶな娘には刺激が強いようじゃ。」

 導諭が枯れ枝のように細い指先で、尋の手を取り上げる。青晶は自分が赤面しているのも、涙が止まらないのにも動揺していた。手を離しても、尋は青晶から視線をそらさなかった。初めて導諭以外の人間にまっすぐ見つめられ、青晶は嬉しさよりも恥ずかしさを感じた。

 慌てて視線をそらし、途方に暮れる。涙が止まらない。

「……ど…どうしよう……、とま……らな……。」

 導諭がやれやれと頭を撫でてくれた。

「大丈夫じゃよ、青晶……。落ち着きなさい。あなたも、もういいだろう?お帰りなさい。」

 後半は尋へ向けて語りかける。尋が身じろぎし、こちらに近づく気配がした。まさかまだ自分に用があるのかと、眉根を寄せる。尋は手のひらを広げ、そのまま青晶の目の前にかざした。手のひらを見上げると、足元から背筋にかけて悪寒が這い上がった。──呪術をかけられる。青晶は思わず踵を返し、建物の奥にある居住区へ駆け出す。

「しょう……これ!そなたっ……待たれよ!」

 驚きの声を上げた導諭を振り返り、青晶は目を見開いた。導諭は見えず、かわりに尋が無表情で追いかけて来る。とてつもない速さだ。

 青晶は慌てた。更に速さを上げようとした瞬間、二の腕を衝撃が襲った。

「いっ」

 がくんと体が動きを失う。二の腕に食い込む手は大きく、信じられない強さで引きずり寄せられた。青晶は体を強張らせる。布の柔らかな感触が頬を包み込んだ。不思議な香が青晶を抱きすくめた。

「な……?」

 青晶は愕然と目を見開く。視界は布で覆われていた。尋という男が青晶の肩を包み込み、抱きすくめていたのだ。

 尋は青晶の耳元に唇を寄せる。

「迎えに来た。」

「や……いやー!」

 わけが分らない。人と話すことはおろか抱きしめられた経験など皆目ない青晶は、混乱して尋の顎を両手で遠ざけた。尋は顎を仰け反らせ、しぶしぶ両手の拘束を緩める。

「悪かった……。」

 両手を肩まで上げて、片眉を下げた。背後に導諭がいる。導諭が握った杖の切っ先が、尋の後頭部へ突きつけられていた。

「わしの娘に求婚するには少々強引過ぎるようじゃ、若いの。」

 尋は薄く笑みを浮かべる。

「では、日を改めることにしよう。」

 声が聞こえるが早いか、瞬きの間に魔術師は消えうせた。忽然と消えた後には、導諭が険しい顔をして立っているだけだ。

 青晶は口元を手のひらで覆う。心音が口元でも聞こえるようだ。

姿を消す魔術はどんな言葉を使うのだっただろうか。頭の中で無意味に呪文が渦巻く。 

 導諭は大きな溜息をつき、青晶の脇を通り過ぎた。振り返ると、手招きしている。

「おいで……青晶。少し休憩しよう。」

「せ……先生。」

「大丈夫、当分戻って来ないだろう。」

「……。」

 青晶は小さく息を吸い込む。胸の中を冷たい感情が走り抜けた。

 ──あの魔術師に連れ去られたら、ここから離れられる。そうしたら、陰口を気にする必要も無くなるかもしれない。

 自分の考えに青晶は首を振った。

 ──だめだ。魔術師に連れ去られたら、それ以前にまともな人間として生きていけない。奴隷として売買されるか、内臓を売られる末路しかない。

 闇の仕事で生活するような人間を信じてはいけない。

「そうよ。魔術師は、非合法の商売をする。毒だって作るし、人も簡単に殺してしまう……。」

 そんな恐ろしい人間が、なぜ青晶に会いに来たのだろう。

 居住区の居間で導諭にお茶を入れながら、青晶は独り言を繰り返した。導諭は縁側で外を眺めている。 国が用意した神学教師の為の居住区は狭くも無く、広くもなかった。学び舎と回廊で繋がっており、教師はいつでも学び舎の様子を見に行ける。縁側の右手にその回廊が見えるので、導諭はそこから学び舎の様子を見ていた。

 薄い木製の机の上に茶器を並べ、青晶は導諭のために入れた茶を一つ持つ。

 導諭はこちらに少し陰った笑みを向けた。

「ありがとう、青晶。お前もここへおいで。」

「……。」

 青晶は何も言わず、導諭の隣へ腰かける。心を落ち着かせる効果のある香草を使った茶の香りが漂い、肩の力が少し抜けた。

 導諭の眼差しは青晶の手元からゆっくりと瞳へ移る。視線を逸らしながら茶を手渡した。

「……何から話を始めようか。」

「話……?」

 導諭はしばらく空を仰ぎ、黙り込んだ。そして茶を口に運んで言葉を捜す。

「そう…青晶は、魔術師を知っているかな?」

「魔力を持っていて、寿命がとても長くて……、闇の仕事をする人たち……でしょう?」

 導諭は青晶の言葉に耳を傾け、頷く。

「そうだなあ、そういう魔術師もいる。」

「?」

 首を傾げる青晶に導諭が微笑んだ。

「そう思っても構わない。しかし、魔術師は術師学校を卒業している者。そして国が保管している「(ろく)」に登録された立派なじゅつだ。」

 師録は魔術師や神官という特殊能力者を認定し記録した台帳だ。この台帳に名を記されて始めて、人は長大な寿命を得るという。真実かどうか青晶は知らないが、そのように教育されているのだからそうなのだろうと思っている。導諭は続けた。

「わかるかい、青晶。魔術師はね、決してすべてが悪だというわけではない。皆、しんかんに勤められる能力を持った、優秀な人間ばかりだ。立派に術師学校を卒業した者たちなのだからね。」

「……そうなの?じゃあ、どうして魔術師は怖いって、みんな言うのかしら。」

 導諭は茶を一口すする。

「それはのう……魔術師はその力が尋常でない。それ故、政府の目を掻い潜ることなどやすいのだ。魔術師の中には、真実心を失い悪行を生業にしている者もいる。けれども魔術力とはその悪行すら隠してしまえる。だから人々は魔術師に目をつけられることを恐れ、魔術師は神官府に目をつけられないよう、闇に隠れる。残念なことに、今の世では闇に属する魔術師が多すぎる。真っ当に職をしている魔術師がどれほどいるのか。」

「……うん。」

 導諭の横顔が悲しそうに歪んだ。それは神学の教師として、育ててゆく子供たちがその道へ流されないか案じているようでもあり、今の魔術師たちを思って心を痛めているようでもあった。

「政府である神官府は神官以外の術師学校卒業者を総称して魔術師と呼ぶ。」

 ひざの上に重ねていた手の上に、導諭の枯れ枝のような指先が乗る。

「覚えておおき。この世界は国に仕えるものを神の領域に置き、国家機関に背を向けるものを悪魔の領域に落とした。──神官と、魔術師と……。これが正しいのか否か、答えは永遠に出ないだろうがね……。」

「神と……悪魔……?」

 青晶は混乱した。神官と魔術師は全く別だと思っていたけれど、導諭の話では育ちも能力も同じだ。国に仕えているか否かで神官と呼ばれたり、魔術師と呼ばれたりする。それの何を持って神の領域と、悪魔の領域に分けられているというのか、意味をくみ取れない。

「魔術師が、どうして悪魔なの?魔という字が悪魔を現しているの?でもでも、悪魔は想像上の生物で、神様だって同じだし……。実際にいないのよねえ?神官府には神様がいるということ?ううん、そんなことあり得ないわ。」

 一人で繰り返し考えを巡らし、更に混乱状態になった。青晶をおっとりと見守り、導諭はゆっくりと笑う。

「そうじゃなあ、少し分りにくかったかな……。簡単なことじゃよ。かつては国を神と呼び、国に反するものを悪魔と呼んだ。そこから互いの呼び名ができた。それだけじゃ。お前が覚えておくといいことはね、青晶。国は自分たちに都合の悪いものを悪とめ(・)が(・)ち(・)だということじゃ。」

「それだと……国が悪いことをしているみたい……。」

 導諭の瞳が細くなった。

「いいかい、青晶。物事の善悪は、おおむね国という名の役人たちが定めた規則に則って作られているようなものだ。時代により変動し、形を変える。かつて、わしが……そうだなあ、齢百を迎えようという頃だろうか。」

「……百……?」

 聞き間違いをしただろうかと、青晶の眉根が寄る。導諭は片目を閉じて口に人差し指をたてた。

「内緒じゃ。わしは少なくとも二百は生きておる。これでも国に仕える神官の一人だからのう。」

「にひゃく……?」

 目を見開き、青晶は絶句した。確かに、神学の教師は国が任命した立派な神官の一人だ。だが、寿命の話は夢物語のように思っていた。本当に神官の寿命は人のそれを遥かに上回るのだと、青晶は瞬きを繰り返す。顔も手足も皺が深く刻まれているが、見た目は八十の老人だ。その老人が二百年もの長大な時を生きてきたとはにわかに信じがたい。

 導諭は娘の驚愕をよそに話を続ける。

「昔はね、魔術師は悪なんかではなかったよ。民とともに生き、民衆に信頼される人間ばかりだった。だから国が民を虐げる制度を出せば民衆の代わりに立ち上がり、国が民を攻撃すれば盾になった。あの頃、魔術師はまだ術師と呼ばれていた。それがいつの間にか魔をつけられるようになった。国の役人たちがそう呼ぶようになったからだ。邪魔者は悪だと定めたのだね……。術師を退ける法もたくさん作られた。知っているかな、青晶。」

「え?」

 ぼんやりと導諭を眺めていた青晶は、首を傾げた。導諭は気にも留めず口を開く。

「魔術師は畑を持てないのだよ。」

「畑?普通の人と同じように、畑で作物を作れないの?」

 普通、民は成人すると自分の土地を国から与えられ、そこを耕して自分の食い扶ちを作るなり、作物を売って商売ができるように法で保護されている。それが当たり前だと思っていた。

 導諭は頷く。

「魔術師は畑を持ってはいけないと定められている。魔術師は特殊な能力を持っているのだから、国の土地はやらないというわけだ。確かに、民よりも寿命が長いということは、その間土地が動かないということだ。魔術師が増えると、普通の民に与えてやれる土地が限られていってしまうというわけだな。」

 青晶は難しい言葉を何とか理解しようと眉根を寄せ、頷いた。土地が動かなくなると確かに他の民への分け前が滞ってしまう。青晶は納得したが、導諭は首を振った。

「しかし土地などというものは常に売り買いされておる。国から与えられたわずかな土地を終生大事に持つ者はほとんどいない。そんなことは国側とて分っている。国は、魔術師に土地を与えたくないだけだ。そして魔術師が生活するために住む土地すら与えたくない。魔術師がある家を借りて住もうとする。そうすると家主から家賃を要求される。ここまでは当然の道理だ。だが、魔術師は家賃を払っているにもかかわらず、国に対し生活税とやらを支払う義務を負っておる。この国で生活するのであれば、魔術師として税金を払えというのだ。」

 青晶はぽかんと口を開き、首を傾げた。

「なあに、それ。ここで生きるだけで税金を取られるの?」

「そうだよ。だから魔術師は国を恨み、やがて闇の仕事に手をつけ始める。悪循環じゃ。」

 青晶は、なんとなく導諭が言わんとしていることを理解した。魔術師が悪だというばかりではない。国にも非はあるのだ。

 導諭は言葉を付け加える。

「ただし、いいかい?」

「?」

 眉を上げると青晶の頭をまた撫でてくれた。

「魔術師に同情する点は幾多もあるが、悪事を働くことを許してはいけない。闇に染まった者は、本当に恐ろしい。だから安易に近づいたり、信用したりしてはいけない。気づかない間に、大切な命を奪われてしまうかも知れないのだからね。」

 呪われていると指される目を、まっすぐに見つめてくれる。導諭はこの目をどう思っているのだろうか。

 青晶は視線を床へ落とした。

「わかったわ。……。」

 あの魔術師も同じだ。簡単に信用してはいけない。けれど、あの魔術師に会ったときから、心のどこかが壊れてしまった気がしていた。

 涙が流れている間中、胸が苦しくてたまらなかった。そして目の前から消えうせた瞬間、安堵の奥に理解できない靄が残った。

 ──あのひと、「迎えに来た」なんて言っていたわ。私は、生まれた頃からここにいて、あんな人に迎えられるような場所はないはずなのに。

 うつむいた青晶の横顔は幼さを残しながらも大人の色香を併せ持つ。大人と子供の合間にある今でさえ、どこか人を引き付ける容貌を持つ少女は、導諭に拾われてから十五回目の夏を迎えようとしていた。


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