第八話 氷漬け一歩手前
疲れた、ただそれだけ言っておこう。
俺は朝日が昇ってくるのを肌で感じながら、部屋の惨状を見渡す。
服、書類、ゴミ、コップ、書類、資料、書類、本、ゴミ、挙句の果てには脱ぎ散らかされたお子様の下着。
さて、昨夜は何があったのか予想がつくだろうか。一応、あえて、分かりづらいように状況を並べてみたのだが……。
「ま、ともあれこれで……俺も寝れる」
ただ言えることは、あれから今まで徹夜で起きていたと言うことだろうか。
ちなみに少し前、ギルド長はシャワー浴びて寝てしまった。
「俺もシャワー浴びたいんだが…………限……界」
もう、いいんだ。そんな声が聞こえたような気がして、俺の意識はあっと言う間に沈んでいった。
頭が痛い。体が重い。
私は目を覚ましてすぐ、そんな事を思った。どうも昨晩の記憶があやふやだ。
確か、先輩たちと一緒に飲みに行って…………行って?
というか――――――――
「―――――ここは?」
当たり前のようにソファの上を陣取っていたが、ここが何処だか分からない。
ただ、知っているような雰囲気……というか匂い?
古い木で出来ているような、そんな感じ。
「取り敢えず、起きましょうか……うぅ、頭が……」
ゆっくりと動くのだが、やはり頭が痛い。
少しでも振動を与えるとダメらしい。昨晩、私は相当飲んだのだろう。
覚束無い足つきで、日が差し込んでくる窓に近づき外を見る。
「……あそこに見えるのは訓練所? ということは…………ここはギルド長室でしょうか」
見えた景色から、今の場所を逆算する。
ここがギルド長の部屋ならば、恐らく先輩が泥酔していた私運んでくれたのだ。
…………何という失態でしょうか。
「うぅ、これでまた印象の悪化が……その上酔うと面倒な女属性の追加ですか…………うぅ、しまいには二日酔いで先輩の幻覚まで見えるなんて」
何故か私の視線の先、床には爆睡する先輩がいた。
シャツは前が殆ど開かれ、髪に日が当たり気持ちよさそうに寝ている。
……実は私の無意識に望んだシチュエーションが幻覚として見えているのだろうか。
「…………ZZZ……ZZZ」
すると先輩、寝返りをうった。
その時に腕が体から落ち、近くにある積み重ねられた本にぶつかる。
その本は、積み重ねられていたからか数冊床へと落ち、ゴトッと音をたてた。
…………音を、たてた?
「……………………え?」
もしかしたら、という妄想が頭をよぎる。
まぁ妄想の内容は無論秘匿します。
「と、取り敢えず状況確認でしょうか……」
あはははと乾いた笑みを顔に貼り付け、何気なく先輩の髪、顔、体をぺたぺたと触る。
むにゃむにゃと寝言を口にする先輩。髪は何時通り、顔体も温かい。
……ええ、生きてます。生きてますよ。
どうしましょうか。本物ですよ。
状況、私泥酔、起きるとギルド長の部屋。床には服のはだけた先輩一人。
「他には、他にはなにか…………なに、か?」
この状況を覆す何か、それが欲しくて辺りを見回すととんでも無いものが目に入った。
「ギルド長の…………下着、ですか!?」
何ということだろう。覆し方にももうちょっと何かあるだろう、と理不尽な怒りを覚えつつ気分が沈む。
つまるところこの状況で何かあったのは、私と先輩ではなく……ギルド長と先輩と見るのが正しそうだ。
ちなみに先輩も飲んでいたので酔っていたはず。そして相手は、先輩をスカウトしたギルド長。二人ともお互いに何か思うことだって…………。
「うふふふふ、二日酔いです、頭が、痛いです……そして…………欝…………です」
私は自分の不甲斐なさを脇に不貞寝した。
そして昼、俺は漸く目を覚まし一度家に帰宅。
ちなみに、もうすでにギルド長もネルもいなかった。
「酔いの方は……もう収まったか。でも、食欲がないんがよな…………」
しかし、食べないとバテるに決まっている。
仕方なく食パンを一枚丸かじりしそれを昼食とする。
そのまま俺は休憩することなく訓練所へ。
一応訓練生は全員卒業したが、今回の試験で落ちた奴らが新たに入ってくるはず。
その受付が今日なのだ。まぁ受付はギルド内でやってくれるので、俺は作られた資料に目を通すことくらい。
ああ、また俺の黒歴史に新たな一ページが。
「ま、俺が行かないと資料の確認ができないしな。皆まだ二日酔いで完全起動できてないだろうし」
俺の持つ、酒に関してのアドバンテージがこれ。
循環による酔い覚まし。
ダネンの爺さんにはよく羨ましがられる。
そして訓練所の広場を抜けて教官室へ。
扉を開け、軽く挨拶をしながら入る―――――のだが、
「…………あ、先輩。ふふふふ、こんちには……です」
空気が死んでいた。
コンルは二日酔いもあるのだろうが、それ以外の何かのせいで顔を青くし、ダネンの爺さんはしかめっ面をしているものの冷や汗が見える。
「ああ、……そう言えば、ネルは大丈夫だったか?」
「大丈夫、ですか? ふふふ、ええ、大丈夫でしたよ? 何もありませんでしたから……ええ、何も」
…………これはもしや、俺に原因があるのだろうか。
何せコンルとダネンの爺さんの視線が俺に集約している上、俺が話しかけた瞬間ネルの纏う空気が悪化した。
実際、表情は艶やかな笑みを浮かべているのだが……見つめられれば背筋に冷たいものが走るだろう。
俺はアイコンタクトを二人に。
(これは一体どういう状況だ?)
(分からないんだよ。でも、原因は朝みたい)
(大方貴様が、寝ぼけてネルを襲ったんじゃないのか?)
(待て、ダネンの爺さん。俺は昨晩はギルド長の相手で忙しかったんだ。その上、朝日が登るまで起きてたんだぞ? 間違いなんて起きるわけないだろう)
すると二人、ああ成程と手をポンと叩く。
(……おい、何が分かった)
(いや、ほら…………えと、ギルド長の相手っていうのは、どういうことなのかな?)
(吐け。でなければネルを抱け)
(取り敢えずダネンの爺さんは、マルタさんに告げ口決定)
(……今夜一杯どうだ?)
(もうしばらく酒はいらない)
ちなみに、マルタさんと言うのはダネンの爺さんの女房である。
名前通り、強靭、強固、太刀打ちできない。……これ言うと折檻あるから内緒だけどな。
(まぁ、いい。それで? 結局何が原因なんだよ?)
(だから、その前にさ……ギルド長の話を聞かせて欲しいんだ。…………そう! 等価交換!!)
(コンル、等価交換って、お前もこの空気どうにかしたいんじゃなかったのか? 原因をお前が俺に、俺が原因を解決。これでいいじゃないか)
(あーいや、それはそうだけど、さ? 一歩間違えると教官室氷漬けだからさ……)
氷漬け……ネルの得意魔法だな。
うん、OK分かった。
(……OK、分かった。取り敢えず、俺とギルド長の昨晩の話だな…………省略)
(なんで!? 本当になにかあったの!?)
(聞くな。ただ言うならば…………吸われた?)
(最悪だーーーー!!)
(お、おいコンル早まるな! 少し落ち着けぇーーーー!!)
(でも、でも!! ああ、ごめんファメル。俺はここで凍結されてしまうよ……)
ここで婚約者の名前だすなや!
お約束通りになるだろうがッ!!
く、こうなれば、俺一人でなんとか――――――――
「あ、先輩。一つだけ、一つだけ聞いてもいいですか? 一つだけです、ええ、ですので簡潔に、嘘偽りなくお願いしますね?」
「…………り、了解した」
ごめん無理。
そこの二人へるぷみー。
しかしそっぽを向く二人。というかもうすでに入口付近に移動している。
(貴様ら、俺を置いて逃げる気か!?)
(大丈夫、うん、大丈夫。ファメル、ちゃんと俺は帰るから……)
(ワシも孫の顔が見たくなってきてな。ああ、二日酔―――でなく頭も痛い。いやはや歳か、ああ、歳だ仕方がない帰るとしよう)
「先輩? ふふ、どうかしましたか?」
ゾクリと背中が寒くなり、視線をネルに戻す。
銀髪、それでもって眼鏡。髪は肩までのショートカット……になるのか? とにかく肩までの長さだ。
うん、俺、凍結保存されるかもしれないからさ。ネルがどんな娘が書いておこうと思ったんだ。
では、真夏の昼まで…………オヤスミ。




