第五話 懐が寂しい……
翌日、俺は一人自分の机に突っ伏していた。
「アウェル先輩……大丈夫ですか?」
「ああ、問題はない。……俺のサイフの中身の現状と、二日酔いからくる頭痛さえなければな」
あの後、囮を真っ当し何とかロックドランゴンを撃破した。囮になるためにスキルも使ってしまった。まだ月の始めだと言うのに……。
そして帰ると待っていたのはギルド長。しっかりと覚えていたらしい。
そこに加わるアミル。限界を超えたと言っているのに飲まされ続けたのさ。
「それよりネル、今日がアイツらの試験日だが……どうなると思う?」
俺は隣でお茶を飲んでいるネルに訊ねてみる。
「そう、ですね。数人怪しい人もいますが、恐らく合格するかと」
「へぇ、その根拠は?」
「昨日の訓練の様子から、と言っておきます」
む、そうなると俺は確かめようがない。
これは結果を待っていてくださいと暗に言われているのだろう。
だが、やはり心配なのだ。
「……待ちきれないなら少し様子でも見に行ったらどうですか?」
ネルは俺が内心そわそわしていることに気づいているらしい。
確かに、ギルド裏の教官という立場ならば試験会場に足を踏み入れることは可能だ。
……だが、どこまでついてくるんだ! とうざがられそうで怖い。
「……いや、止めておく。ここで休みながら待つとする」
そうですか、と言ってネルはお茶を啜る。
俺は椅子に深く座り直し、酔いを早く覚ますために魔力を体内に循環させていく。
実はこれ、健康効果があるのだ。一回五分、一日三回であら不思議、実年齢十歳前のピチピチお肌がこの手の中に!
……まぁ俺なんかは対して変わらんがな。その代わり体が軽くなり、頭痛なども消え体のフィジカルが最高状態になる。
「それじゃ、俺は少し寝るよ。アイツらが報告に来たとき、二日酔いじゃ様にならない」
「ふふ、そうですね。それでは二時間後に一度起こします」
「助かる。じゃあ頼んだ……」
俺はクスクス笑うネルから目を離し、目を閉じる。
そのまま意識を体の方に集中させ、循環の効率を上げる。
後は勝手に二、三時間程無意識で循環が続くはずだ。
そうそう、この無意識だが驚くことに身近な事に表れている。
例えば―――――焚き火。落ち葉を集めてライターやらマッチなどで火をつけるのが普通だったのだが、今ではマッチを持っていても無意識に、自然と魔法で火を起こすようになった。
……これはちょっと違うか? それじゃあ……夜の自室での話だ。
夜、家に帰って自室に入ると真っ暗だ。無論、電気をつけっぱなしになんてしないからな。
さて、普通なら先ずに電気をつけるのだと思う。だが、今の俺はライトの魔法を使う。入口に電気のスイッチがあっても、自然と魔法を使う様になっているのだ。
あー暗いなー、電気つけなきゃーではなく、
あー暗いなー、……ライト、で終わり。
もうこの世界にきて十九年。
最早魔法を使うことが常識であると認識してしまっている。
最初は戸惑ったものだが、案外馴染んでしまうものだ。
そんな事を考えていると、漸く睡魔のおでましだ。
―――――では、おやすみ。
寝ている先輩をちらちら眺め、完全に眠りについたところでジッと見つめる。
柔らかそうな小麦色の髪に赤い目。髪色を除けば何処にでもいる様な普通の人だ。
どちらかと言うと、Sランクの黒髪黒目の雷撃の魔女の方が容姿としては珍しい。
「これは……魔力の循環、ですか?」
見つめていると、魔力が体内を巡っていることに気づく。
まるで血液の様に体中に行き渡っては移動している。
「…………一応、難易度Aだったはずですけど」
この魔力循環、明確にイメージすることが難しく使える人は余りいない。
それも、息を吸うように扱う人を見たことがなかった。
そして良くなる血色。どうやら体の調子を整えているらしい。
「…………………………あ」
丁度差し込んできた日差しが、先輩の髪に当たって輝いている。
金髪の人は多いのだが、ここまで柔らかそうな金は見たことがない。
先輩曰く、ちょっと色が抜けてるだけ、らしい。
「…………暖かくて、柔らかそうですね」
気づくと、手を伸ばしていた。
ほんのりと日を浴びた熱を持ち、見た目通りの柔らかさ。
髪が私の指をスルスルと抜けていくが、それでいてふわふわ。
「これで手入れなんてしてないって言うんですから……女の敵です」
すると、循環していた魔力が髪先にまで渡ってくる。
風は吹いていないのに、髪はさわさわと揺れる。
そうか、無意識のうちに循環させるから気づいていないのか。
「循環は、美容効果もあるんですから……手入れをしていることになるんですよ?」
何時も、起きている時とは違う接し方。
無論、起きている先輩にこんな態度は取れない。
色々と後ろめたいことがあるのだ。
「そう言えば、先輩は圧縮も出来るんですよね」
圧縮。それは魔力を最小限まで抑え、それでいて威力を求められる高等技術。
しかしこれは、学校ではかじる程度で本格的に習うことはない。別に役に立たない訳ではないのだ。ただ、それを教えられる人が居なかったというだけ。
故にカリキュラムから外され、圧縮技術を使用する機会はなかった。
そのせいで先輩は在学中、この圧縮を使えたにも関わらず模擬戦から実技テストまで低レベルに収まる事になったのだ。
学校の実技テストは、課題の上級魔法を使用できるか否かで決まるため圧縮技術を使う機会がない。
模擬戦は基本、決められた魔法のみでどう戦い抜くかなのでまたまた圧縮を使うことはない。
言ってしまえば、圧縮を使った時点でその魔法は別の魔法になる。
例えば……火球、ファイアだったらエクスプロージョンというように。
このエクスプロージョンは、初級中級上級のどれにも含まれない。
どれだけの魔力をどれだけ圧縮できるかにより威力が変わるからだ。
「今の先輩なら……落ちこぼれなんて言われないはず」
あ、でも先輩は自分を落ちこぼれって認識してるからエクスプロージョンの事もよく知らないのかもしれない。
先輩は、毎回使うたびに大した魔力を込めていない気がする。
落ちこぼれ……それは先輩自身も含めて少し勘違いなんですけどね。
かくいう私も、落ちこぼれめと思っていた愚か者の一人だった。
最早そんな事は言えない。この人を落ちこぼれと言うなら殆どの人が落ちこぼれだ。
「どうしたら、思い出してもらえるんでしょうか…………」
と言うものの、やはり怖い。
過去の自分がしでかしたこと、それを思い出してもらった上で謝りたい。
しかし、やはり思い出してもらうのは…………怖い。
…………もう日は雲に隠れ、先輩の髪は輝きを失っていた。
ちょこっと勘違い。
それは主人公自身を含めて。
ちなみに主人公、技術面は高レベルですがスキルの関係もあり圧縮技術をもってしても攻撃力は普通~ちょい高を一発程度しか使えないので基本一人では戦えません。
代わりに人がいると、とあるスキルを併用することで囮として便利なのでよく誘われていたりします。本人にしてみればいい迷惑ですが。