第四話 鬼さんこちら
俺は馬車に揺られながら、隣でウキウキしているアミルを一瞥する。
彼女は大陸に存在する、たった八人のSランク冒険者の一人だ。
それぞれの戦闘能力は、騎士団の大隊二つを相手にして勝利を掴む事ができると言われている。無論、不向きもあるので全員が、とは言えないが。
ちなみに俺はBランク。
以前はCだったのだが、とある事情によりランクアップが義務付けられ仕方なくBランクに。
……恐らく、帰ったらAランクに上がってしまうだろう。
既に俺がこうやって同行依頼を受けるのは五回目。
Aランク三回、Sランク二回という割合だ。
そのどれもを、俺は無傷だったり軽傷だったりで生き延びている。
実はこれ、所謂転生特典のようなものだと俺は思っている。
この世界、アルフェウスの人間は魔力を持ち、そして一部の人間はスキルという更に特殊な能力を持つ。
例えば、俺の隣にいるアミル。彼女は『電撃体質』というものがあり、雷属性の魔法は吸収するし一時的に電気化したり雷属性の魔法の詠唱省略できたりと反則的なスキルを持つ。
他にも『鑑定』や『千里眼』などもある。
そして俺も『脱兎の如く』と『観察眼』、『魔力消費・低』という三つのスキルを持つ。
今説明しておくとしたら、俺が落ちこぼれとなる原因となった『魔力消費・低』だろうか。
この『魔力消費・低』の能力は、魔法使用に必要な魔力量を軽減するとというもの。ここだけ聞けばいい能力に聞こえるかもしれないが、それは誤解だ。
実はこの能力、副作用もある。この軽減というのが出力にまで影響するのだ。言うならば、水道の蛇口。一定以上の魔力放出が出来ないのだ。
俺の魔力が1000だとして、中級魔法を使うのに500使う。しかし能力の御陰で400で済む。
しかし上級魔法。使用に800の魔力がいるが650まで下げられる。が、蛇口で出力が抑えられているため放出できる魔力は500まで。
結果………………使用不可。
あんまりである。
こればっかりは努力してもどうしようも無いのだ。御陰で上級魔法を完璧に使うことはできない。更にその結果、落ちこぼれ認定である。
学校さえ違えば――――――――とも思うが後の祭り。
そのまま揺られ続けて三時間。
ようやく馬車が止まった。俺は荷物を掴み、腰にポーチをぶら下げる。
「それじゃぁ行きましょうかぁ。馬車は後二時間したら帰るように言ってますから、急ぎましょう~」
俺は自分の武器、ナイフを握り、剣を腰に下げておく。
「よし、それじゃあ行くか。……もう獲物は捕捉できたのか?」
「はぃ~、この先真っ直ぐ行ったところですぅ。運良く、他の魔物はいないみたいですよぉ?」
それは嬉しいな。獲物にたどり着くまでに疲労とか、命に関わる。
ちなみに、捕捉の方法は電磁レーダーである。ホント便利。
「この先だな? ……どうせお前は遥か後ろで様子見だろ?」
「はぃ。少し時間が要りますからぁ、安全なところから狙い撃ちますぅ~。誘導、お願いしますねぇ?」
渋々と一人で森の中に入る。
時間は昼、日が差し込んでいるから視界は問題ない。
俺は適当に進みつつ、後ろを振り返る。するとアミルは首を横に振る。
「つまり、まだ先って事か……」
前に向き直り、少し先の方を注視してみる。
すると、奥の方に大きな木があり、その根元に空洞があることが分かった。
俺は片手を上げ、アミルをストップさせる。同時にアミルは魔法の組み立てを始める。
「さて、と。これは中に入るしかないのか?」
足音を殺して、根元の空洞に近づいていく。
中からはグルルルルと重い声音が。恐らくロックドラゴンのイビキだろう。
最悪だ、と思いながら足を踏み入れる。
俺が最悪だと言ったのは、わざわざ中まで入らないといけなくなったからだ。
本当なら、外で大きな音を鳴らし気を惹くのだが寝ているとなると効果が薄い。かと言って大きすぎる音を立てると他の魔物を呼び寄せかねないし、木の根が崩れ落ち埋まってしまうかもしれない。
このロックドラゴン、土に潜ることが可能なため何処から現れるか分からなくなってしまうのだ。
最悪、混乱したまま街に出るなんて事もある。
となると、本体に刺激を与えて起こすしかない。
その為には木の下の空洞に入り込み本体へと接触する必要が……。
「どこにいるのやら…………って、ん?」
カツカツとわざと足音をたてながら進むと、奥の方に石の様な体を持つ竜がいる。
だが、俺が疑問に思ったのはそこじゃぁない。
「ステーイ、ステイステーイ! 落ち着けドラゴン?」
何故か俺の足音だけで目を覚ましていたロックドラゴンが俺を見つめてくる。
足音程度で起きるくらいの警戒心。これはアレだな、子育て前の緊張感。つまるところ産卵前。
まぁ、何がいいたいのかと言うとだな?
何だか二匹いたんだよ。
大きさからして雄と雌。
そういえばアイツ、一言も一匹だなんて言ってなかったな。
そもそも最初からおかしかったんだ。竜種とはいえ中型、Aランクの依頼じゃないか。
それが何故かSランク依頼になっていたんだから気づけなきゃいけなかった。
そして産卵前と言えば、最も警戒心が強く凶暴な時期。それが二匹だ。
それ故のSランクだったのだ。
「「グルァァァァァァアアア!!」」
同時に二匹とも立ち上がり、俺の向けて突撃してくる。
正直掠りでもしたら俺の体はちぎれるだろう。ロックドラゴンは名前の通り、体がとてつもなく硬いからな。
「魔力圧縮、強化猫だまし!」
俺は訓練生たちの前でやった事を、迫り来るロックドラゴンに向けて放つ。
ロックドラゴンは一瞬怯む。
その内に俺は出口に向かって走り出した。
そして外、俺は目の前から強烈な光りを感じ取り急いで方向転換。正面から大きく右に逸れることにした。
その直後、ピカッと眩く光りが走りドゴォン! と落雷の様な音が辺り一面に鳴り響く。
「うふふ~先ずはぁ一匹目♪」
間延びするような声が聞こえたと思えば、ズシンと何かが沈み込む音。
確かめてみると、一匹のロックドラゴンが黒こげになって倒れていた。
「…………やっぱり、お前一人でよかったんじゃないか? ほら、あの木ごと落雷落としちゃえば」
「んふふ~、何気にアウェル君は大胆な発想をしますよねぇ~」
俺はアミルの隣に移動した。
もうすでにロックドラゴンはアミルの存在にも気がついたから、隠れて狙撃する必要が無くなったからだ。
「それで? 一匹残ったが……どう始末するつもりなんだ?」
「うふふ~、そ・れ・はぁ~」
もうこの時点で理解していた。
アミルが何を言うのか、俺が何をすることになるのか。
そもそも、その為に俺は呼ばれていたのだから。
「囮作戦でいきましょぉ~。アウェル君、お願いしますねぇ~?」
「はは、どうせ、そうなると思ってたよ」
心の中で涙を流し、俺は一人ロックドラゴンへと向き直る。
アミルは既に隣には居らず、雷となって一瞬で消えた。そんなアミルが現れた場所は俺の更に後ろ。
俺はため息をついて、
「鬼さんこちら、遊びましょっ……と!」
大した威力も無い、気を惹きつけるためだけの魔力球を放った。