第三十六話 再び変態
リハビリということで生暖かい目で読んでいただけると嬉しいです。
時間の関係もあり投稿速度はかなり不定期になると思います(-_-;)
あの戦いから既に数日。
街はいつもの賑わいを取り戻しつつ、その裏では今回の戦いで浮き彫りになったという問題点の解決に勤しんでいた。
無論その中心となるのはギルドであり、俺も負傷者ながら対空がどうだのギルドに配備されてる資材がどうだのと議論を交わして数時間、ようやく解放されて教官室の自分の椅子に背をかけていた。
「まったく、ギルド長も人が悪い。何で俺をあんなお偉いさん方のいる会議になんて連れていくかな……」
俺がギルド長に連れていかれた先、そこにはお偉いさん方が集まって対策会議をしていたのだ。
え、なにこれ俺場違いすぎないかと。
ちなみにギルド長、冷汗を流す俺を見てくつくつと笑っていた。
代わりに、威厳の無さが――とお返ししてみたが一瞬で脛を蹴りぬかれて強制的に黙らされた。
……振りぬく足が途中から俺の動体視力では捉えられなかったことから威力は察すべし。
「お疲れですね。大丈夫ですか、先輩」
するとネルがやってくる。
コトリと俺の前にお茶を置いてくれる。
「ああ、大丈夫だ。ちょっとお偉いさんの輪に混じって討論交わしてきただけだから」
「先輩、顔が引きつってますよ」
おっと、失敗失敗。
流石に俺でも笑って流せなかったらしい。
いや、彼らお偉いさんの持つ覇気が尋常じゃなかった。
俺の知っている街の有力者や領主などと比べてはいけない程に。
「……今更ながら、あの人たち誰だったのか」
ネルは首を傾げながら俺の近くに椅子を持ってくる。
うん、わざわざ椅子を持ってくる理由が分からないが聞かないでおく。
それにしても最近ネルが何というか世話好きになったというか。
俺が怪我をしてからというもの甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
弁当を作ってきてくれたり、議論の場に赴くときなど片手の為ネクタイもバランスが悪くそれを直してくれたりもした。
資料作成の時もなぜか負傷した右手側にネルがいて、何も言わずとも的確な資料を渡してくれる。
「何だかこのままだと、ネルがいないと何にもできないダメ人間と化しそうな気がする」
瞬間、ネルが拳を握った気がしたが見間違いだと思う。
いやだって、ネルが俺をダメ人間にする理由が分からないし……本当に分からない。
知らないところで何かやらかしてしまっていたりするのだろうか、俺。
「着々と進んでるみたいだね」
「ああ、改めて女の怖さというものを知った気がする。……わしも今日は早く帰るか」
「そこ二人、事情を知ってるなら素直に吐け。いや、吐いてくれ」
「ごめんねアウェル。そんなことしたら俺は氷漬けの刑に処されるから」
「わしは知らん。精々苦労しろ」
そう言ってコンルとダネンの爺さんはそそくさと教官室を後にする。
残されたのは俺とネルの二人だが、ちらちら見られているとどうしていいのか分からなくなる。
もう俺の右手もほぼ完治しているため、もう十分だとお礼を言いたいのだが言おうとするたびに邪魔?が入るのだ。
『ああ、ありがとう。もう俺の腕も完治――――』
『あ、先輩。私用事があるので失礼しますね』
であったり、
『痛い、痛い。ネルさんや、腕が痛いです』
『これしきで痛んでいては完治とは言えませんね』
だったり。
後者に関しては本当に完治していなかったけど。
嘘というのは案外あっけなくばれるものである。
しかし、今度こそ完治したと言ってもいい。
医者のお墨付きもいただいたし、ギルド長にも見てもらい大丈夫という言葉を貰った。
……代償は気にしちゃいけない。
「流石に、ダメ人間にはなりたくないしな」
よし、と一つ決意して立ち上がる。
目指すはネルの席である。
「? どうしました、先輩」
じっと俺を見てくるネル。
相変わらず整った顔をしており、一瞬見とれてしまう。
まぁギルド長もスタイル云々ぬきにすればすごい美幼女だけど。
あとアミル。
俺は軽く動揺を流し、今までのお礼ともう大丈夫――と言おうとした瞬間のことだ。
突然教官室の扉が開いたと思ったら、
「――見つけたぞ、青年! はっはっは、早速だがここにサインを! なぁに、ちょっと転職届けを出して我が研究所に移籍してもらうだけぼら!?」
「黙れ、このマッド共が。誰が貴様のところにアウェルをよこすか。さっさと散れ!」
白衣の変態とロリ上司がやってきた。
ほら、こうして邪魔が入るのだ。
何か俺、呪われている気がしてきたけど大丈夫だよな?
そもそも魔力消費・低とか呪いではないだろうか。うん、今更か。
取りあえず俺は事情を知るために、変態をどけてギルド長の元へと行くのであった。
「つまり、俺がセントノール研究所に欲しいと」
「その通りだよ! 君のその貪欲な知識欲は称賛に値する。おまけに目の付け所もいい! さぁ、今すぐ我が研究所へ移籍をだねぶ!?」
「黙っていろマッド。……兎に角、そういうことだ。ああ、安心しろアウェル。私がお前を売ることは無い。……一週間以上は」
ぽつりと言った最後が聞こえなかったがその言葉に俺はうるりとくる。
今まで捨てられ続けた俺に、ギルド長はなんと優しいことか。
すると向こうで黙っていたネルが、小さなメモ帳に何かを記載している。
「ふむ、そういう使い方がありますか。……敵ながら、流石と言ったところでしょうか」
……何故、獲物を仕留めるような目を俺に向けるのだろうか。
やっぱり俺、何かしてしまったんじゃないだろうか。
あれか、頼りすぎたか。
いい加減さっさと一人で何時もの生活に戻れとおっしゃるか。
まあそうだったら都合はいいけれど。
「く、相変わらず手強いなギルド長め! ふ、ふふふふふ」
「なんだ、その気色悪い笑みは……」
気づけば、変態とギルド長の交渉と言う名の戦いは終盤に向かっていた。
というか俺の代わりにギルド長が相手をしてくれている現状に、なぜか俺の本能が不安を訴えてきた。
何か、俺の知らないところで密談が進んでそうな、いやギルド長を信じよう。
「……では、こうで?」
「いや、こうしてもらおうか」
「そうきますか。では……これでどうです? 今なら試作品の『背がノビール』もプレゼント!」
「買った!」
そう言いながらギルド長は、移籍許可証の責任者部分にペタンと判子を押していた。
ギルド長――――!?
慌てて俺は変態に詰め寄りその書類を奪う。
バッと視線を流せば、書かれていたのは期間限定契約についてであった。
その期間は一週間。
つまり俺がこの書類にサインすれば、一週間はこの変態と共に過ごさなければいけなくなる。
「というか、どういうつもりですかコレは」
「……そう睨むなアウェル。ちゃんとした正当な理由がある。この場にはネルもいるし、丁度いいから聞いていけ。……今回の戦闘を通して、この街の防衛の穴、迎撃に使える人員の不足が中々目立った。そこで、これから一週間をそれらの強化に当てていくつもりだ。しいては、冒険者ランクがソロB以下の者を対象として王都から来る騎士団と演習を行う」
王都の騎士団、それはエリートの総称である。
家柄よし、才能よし、実力よしと揃っているのが彼らである。
勿論戦闘能力は俺より遥かに高い。
「項目としては、『連携』だ。でだ、アウェル。訓練所の教官も騎士団と共に指導に入るが、魔法はネル、剣技による接近の連携はコンル、総合的な戦略をダネンがやるなかお前の出番はない。お前の十八番は、もっと別だ。生きるか死ぬかの天秤を、生きるに傾けることだからな。そこで、」
「……つまり、研究所に行って何か掴んで来いと?」
出番はない。
言われ慣れているし事実であるから受け入れる他ない。
ネルが心配そうに俺を見ているが、大丈夫と軽く手を振っておく。
「その通りだ。他の役員、特殊な冒険者は別のところで各々の技術を高める方向だ。……無力を感じたのだろう?」
「っ、流石、お見通しでしたか」
何度でもいう。
この人に勝てる気がしない。
「コイツは変態だが、頭は切れる。また目の付け所もお前と似ている。期間は一週間、その間にこの変態から絞れるだけ知識と技術を搾り取ってこい。……一週間で帰ってこい。でなければ引きずってでも連れて帰るぞ。そして、身に着けた技術をまたここで叩き込んでやれ」
ふふん、と胸を張るギルド長。
もう色々と核心を突きまくりの言葉の数々、胸にしみた。
そっけなかったが、ちゃんと帰ってくるのを待っていると言ってくれている辺り、本当に俺を理解してくれていると思う。
これは断れまい、そう思ってしまった以上俺の負けだ。
「……了解です。ちょっと、頑張ってきます」
これは、願ってもいないチャンスだ。
俺が生き残るための技術は、しいて言えば、教え子たちを生かすことができるかもしれない技術だ。
無力な俺が成果を出せれば、大抵の訓練生でも時間があれば成果は出せる。
才能ではなく技術で能力を突き詰めること、これが俺の在り方である。
「不本意ながら、よろしくお願いします」
「うむ、よろしく頼むよアウェル君! ……ところで、少し君は私に冷たい気がするのだが気のせいだろうか」
そうして俺は、変態の元で働くこととなった。