第三十二話 注目すべきはアウェルより銀のギルド長像の活躍
何分くらい走っただろうか。
黒い帯が近づいてきて遂に一体一体を視認できるようになった。
三本の角を持つ魔物、トライホーンと呼ばれる奴だ。
形状は三本の角を持った大型の鹿だと思ってくれればいい。だが、トライホーンにも種類があり、鹿型を基本とし稀にサイの様なぶあつい鎧すら纏った厄介な奴もいる。
今回は鹿が八割サイ二割と言ったところだ。
「……統率してるリーダー格の奴、サイ型だと助かるんだが」
攻撃力はあるものの、突撃一択なので回避メインの俺からすればそっちの方がやりやすい。だが、鹿型だと面倒なことに三本の角の振り回しや蹴りに突撃など攻撃が豊富で危険。
「まぁ長クラスと言ったら知能的に鹿型だろ。サイ型は統率向きじゃないし」
単純な突撃型のサイよりも、警戒心もそこそこ強く賢い鹿型の方が長向きだ。
自分で言っていて嫌になるが仕方ない。
現実を見ないと痛い目にあう。
次に、空中にまばらに見える黒い点を目を凝らして確認する。
「あれは、ウイグル? だとしたら、何でトライホーンと一緒に?」
見えたのは鷹くらいの鳥類の姿。
大きさこそ大したことはないが、爪の威力にスピードは侮れない。
ただ、少し違和感があった。てっきりトライホーンと一緒に来る飛行型の魔物はドロップレイブンと呼ばれる青いカラスだとばかり思っていた。こう言ったカラス系は死肉を漁るからな。ちなみにドロップレイブンは青く、垂直降下が得意なため見かけからそう名付けられた……らしい。どうでもいいか。
「なんにせよ、やることは何一つ変わらないか。確実に長クラスを……」
トライホーンたちが通過予定の位置から少し横に逸れたところにある林に落とし穴系の罠を幾つか仕掛ける。ついでにギルドから貰ってきた小型魔石を活用しよう。殆ど触媒として役に立たない大きさだが、魔力を貯蔵できる性質は俺向きだ。使い捨てじゃなければ更に良かったのだが。
「数は五つ。三つは罠に、二つは俺が予備に持ってと……」
先ずは軽く穴を掘る。
直径は一メートル弱、深さも一メートル弱。これはトライホーンサイ型用だ。サイ型は全体がそのまま落ちてしまうと、壁に突撃し始めて均し始める。すると不思議な事に埋まるどころか壁が坂へと変容していくのだ。ならば、突撃が出来ない体制で落とせばいい。アイツらは手が短いから頭から落ちればもう這い上がって来れない。頭が完全に嵌るから体勢の変えようもなく、天に向かって尻尾を振る以外なにもできなくなるのだ。
次に鹿用を作る。言っておくが、素手で作ってる訳じゃないからな? 土魔法って便利なんだよ、使う魔力は地から多少恩恵が得られるし穴堀くらいならそう魔力は喰わないし。まぁ、こんな使い方するのは俺くらいしかいないだろうけど。
兎に角作り始める。鹿型は脚力が強いから普通に飛び出てくる。ならば飛び出て来れないくらい深く作ればいいのだが、幾ら恩恵があろうと魔力を使うので却下。本当に、自分の魔力量に呆れてしまう。
「穴はさっきと同じくらいっと。んで、最後にこの鉄の杭を設置して……」
そう、なら脚力を奪おうという話だ。サイ型は分厚い鎧があるからこんな杭じゃ通らないが、鹿型はそこまで頑丈ではないからダメージ、脚力低下、もしかしたらそのまま殺せるかもしれない。もしダメなら落とし穴にちょいと攻撃加えて埋めればいい。
それを大体五個づつ作り上げる。
「後はウイグルだな。とはいえ、この道具じゃ厳しいか。ま、わざわざ林の中に仕掛けた訳だし、大丈夫か」
中々密集して木が生えているこの林なら、ウイグルも気づかないだろう。気づいても、この林上空で諦めてくれるはず。もし、ウイグルが木が密集している所を本来のスピードで飛べるならもうどうしようもない。攻撃されたところをカウンターだ。強化猫だましでビビらせるだけだがな。
「ただ、問題は俺のスキルの回数か。脱兎のごとくは一回、つまり三十秒。観察眼は循環使ってれば早々切れないし、魔力消費・低は話にならない」
脱兎のごとく残り一回。つまり、回避成功率上昇時間は三十秒のみ。数で押されてしまうと絶対回避とはいかなくなるし。そして観察眼、視界が冴え、集中力が一点に関して強化される。これは循環による身体強化と掛け合せれば長時間使用は可能だ。基本は罠と観察眼と循環で凌ぐしかない。太陽の位置からしてもう昼過ぎ、暗くなり始めるまであと三、四時間ちょっと。
俺はもう一度魔物の群れを見る。
その先には工作隊が引き上げていく姿が。恐らく妨害工作を終えたのだろう。後は魔物があれにかかれば時間が稼げるし数も減らせるはず。更にその奥からは、迎撃部隊と思われる馬車が走ってきて工作隊とすれ違った。
大体ここから街まで一キロちょっと。止めきれなければセントノールはあっという間に蹂躙される。だが、これでも運がいい方だ。祭りで揺るぎきっている時期に偶然とはいえ、この距離で迎撃体制を整えられることなんてそうそうない。
「まぁ、自画自賛とは言わないけどな。結局、ギルド長がいなかったら本当かどうか分からなかった」
それより、こんなところで見ている場合じゃない。迎撃部隊が接触する前に俺が長クラスをおびき出さないといけない。
より目を凝らす。他のトライホーンと違う何かがあるトライホーン。任された仕事を果たすために、確実に引き寄せる!
「……見つけた! だが、よりにもよって鹿型で中央かよ!」
一際大きく、角もまたその存在を強調している、そんな鹿型を見つけた。その上、そいつの周りには統率のとれた護衛役のようなトライホーンまでいる。
ダンッと地を蹴り走り出す。
長の居場所は分かった。ただ、それが中央だと言うことも分かってしまった。正直最悪だ、何体のトライホーンがついてきてしまうのか考えたくもない。あくまで罠は五と五。鹿、サイそれぞれ五体が限界だ。それ以上になった場合、鹿はサイ用の落とし穴に嵌めれてもサイ型は厳しい。その上鹿型の長。コイツには落とし穴は効果が薄いと考えるべきだ。
「でもまぁ、持ってきてよかった、ホント」
走りながら脇に抱えた物を見ながらそう呟く。
それは、銀色に光り、ドヤ顔を決めていた。
「行け、銀のギルド長!」
俺は長がいる群れの真横に降り立ち、持ってきた物、銀のギルド長を作動させた。
魔力を流し劣化バッテリーにエネルギーが貯蓄されつつ、台座が動き始める。更に、俺が直接触っていた時ほどではないが光りを放つ、すると当然、いきなり現れた異物に反応するトライホーンたち。それらは見事にギルド長の方へと向かう。結果、長の横の列を乱し、長までの護衛の数を大きく減らせた。俺の位置から並走していれば、長まで敵の数が八。急いで長が俺に気付き後を追ってくるよう仕向けなければいけない。銀のギルド長も何時までもつか分からないのだから。
ギリギリ、長まで敵がゼロになるタイミングを見計らって、ナイフを投擲しその後ろに魔力球も追加。ナイフと魔力球は、ナイフは横から入り込んだ鹿型に止められたものの、ソイツはそこで怯み、魔力球はギリギリ長の角へとヒット。
ギロリと俺の方を向く長。
「上手くいった? なら、次は――」
林に逃げ込む。
そう言う暇もなく、長は一直線に群れを外れ俺の方へ向かってきた。偶然だが、恐らく誇りである角に攻撃したせいだろう。その後ろには怯んでいた鹿型を置いて七体のトライホーンがついてくる。銀のギルド長はどうなったとも思ったが、一箇所にトライホーンが集まっている所があるので、まだ頑張ってくれているらしい。今ちらりとドヤ顔が見えた気がする。というか、そんなスピードが出ないはずの彫刻が追い詰められ壊されずにいるのはどうしてだ?
「って、いや、もう考えるな。ギルド長を模した時点でアレには神秘が宿ったんだ、ウン」
下らないことを考えつつも足は止めない。
そのまま林へと突入し、木の上に跳躍する。そこから観察眼でトライホーンを注意深く観察。鹿型が四、サイ型が三、長が一。どうやら俺はついているらしくおもったより数が少ない。
「後はどう誘導するかだな。一番単純なのは、やっぱり俺が出て誘うことか」
長である鹿型トライホーンは、どうやら三体ほど捜索に動かしたらしく二体の鹿型、一体のサイ型がその場から離れていく。実に好都合。ここまでついていると少し怖くなるな。
ともあれ、チャンスを逃すわけにはいかない。
残りのナイフは十三本。分けて考えると毒ナイフ五本、麻痺ナイフ三本、普通のナイフ五本。ここで使うべきは普通のナイフと毒ナイフだろう。
右手に普通のナイフ、左手に毒ナイフを持ちつつ大分長たちから離れたサイ型一体に近づく。無論、木の陰に隠れつつ万が一にも他のトライホーンには姿が見えないように。どうせ直ぐ鳴いて仲間を呼ぶだろうが、ほんの少し時間が稼げれば覆せる状況だってある。
そして普通のナイフを投擲。ヒュッと飛んでいったナイフはサイ型の脇腹に当たる。が、皮を少々切ったくらいで呆気なく弾かれる。
「……予想以上に効かないんだが」
ポツリと愚痴る俺に向かって、サイ型は鼻息荒く突っ込んでくる。
「オオオオオオオォォォォ!」
サイ型の鳴き声が林に響きわたる。これでもう俺の位置もバレた。
だが狙い通りの展開だ。
俺は突進を木に飛び乗ることで回避。そして直ぐ様飛び降りサイ型を誘導する、ここからはスピード勝負。鹿型の応援が先か、サイ型を俺が沈めるか。
サイ型の罠、五つのうち一つが仕掛けられているちょっとした開けた場所に出る。そのまま走り続け、相手が違和感を感じないように落とし穴を飛び越える。これであたかも普通の道を逃げているかの様に見せかけ――
「オオオオオ!?」
――落とし穴に嵌める。
少し抵抗し、頭から落ちることを避けようとしているところ悪いががら空きの腹に蹴りを入れて完全に落とす。
「そしてコレでッ!」
頭から突っ込み碌に身動きの取れないサイ型にトドメを刺す。
左手に持っていた毒ナイフを構え、言葉にするのがはばかられる所に突き立てる。
「オオオォォォォォ!!」
まるで抗議するかのように、くぐもった鳴き声が聞こえる。
スマン、嫌ならその分厚い鎧を脱ぎ捨ててくれ。さっきのナイフの結末見るとそこしかない。突き立てられるところが見当たらないんだ。
そして少しするとサイ型は唸るのもやめ動きを止める。
大した毒じゃないが、そう暴れまわり体が逆さになれば毒が体、頭と回るだろう。
「悪い、ちょっと残酷かもしれんが三日は死なないから」
この毒、人が摂取すると高熱を出し頭痛を訴え四日程度で死ぬ。まぁ一般的な毒だから解毒剤はどこにでも売っている。多分、薬箱とかに普通に常備されるレベルで有名なはず。
こう言った魔物が摂取すると一週間は平気だが、今回のサイ型は逆さ状態故毒が頭に回っている。直接毒が頭に集中してしまえば魔物と言えど三日で御陀仏だ。ただ、残酷かもと言ったのは、俺じゃあコイツを今すぐ殺せない。そうなると、ここに放置していくしかないわけで。
つまり毒に侵されながら死ぬのを待つ状態だ。
「運がよければ、討ち漏らしを討伐に冒険者が来てくれるだろうさ」
俺は直ぐ様サイ型を思考の外にはじき出し、次のトライホーンを落とす手順を考え始める。