第二話 別視点から
アウェル教官が去り、僕達は名残惜しいような空気に包まれる。
すると、ダネン教官がやってきた。
「あのアホウからの教練は終わったな? では、今日一日で最後の仕上げに取り掛かる。……言いたいことは全てあの阿呆が言いよったから、わしから言うことは特にない。ただ――――――――、やる気は満ちているな?」
ダネン教官の言葉を聞き、僕たち訓練生が言う言葉は嘘でもなく強制的に言わされるのでもなく本心から、
「「「「はい!!」」」」
Yesの言葉のみ。
アウェル教官の言葉は、体の隅々まで浸透していった。
僕たちを理解し、考え、鍛え抜いてくれた人の言葉だ、無碍にできるはずがない。
あの人は最初、独特の雰囲気をもつおかしな教官だと思っていた。まぁそれは間違いだとすぐに理解するのだが。
コンル教官の剣技は、素人目に見ても鍛え抜かれた名剣のように感じ取れた。
ネルウィル教官の魔法は、才能溢れる力だったが、それを僕たち才能ない者へと理解できるように工夫してくれた人だった。
ダネン教官は、歴戦の戦士という雰囲気を持つ人で言葉の隅々に実感が篭っていた。
だが、アウェル教官は少し違った。剣技の才能は普通であり、努力も見えたがやはり普通。では魔法はと言えば、普通の魔法は使っていたがネルウィル教官の様な才能は感じなかった。
では実戦? これは残念ながらダネン教官のみだったから確認出来なかった。
じゃあなにが、僕たちを驚愕させ意識を変えたかというと……
「最後のアレを見たな、学んだな? それは貴様らでもできる最高レベルの生き残る術だ」
そう、コレだった。生き残る術。
アウェル教官は、多分戦乱のど真ん中にたった一人落とされても生還する、そんな夢見がちなことでさえ実現させてしまうと僕たちは理解していた。
「魔力の圧縮技術、アレは学校でも一応やるが覚えさせられる事はない。理由は簡単、|役に立たないと思っているからだ《…………》。だが、実際はどうだ、貴様らは役に立たないと思うか?」
全員揃って首を振る。
「そうだ。……では事実を教えてやろう。学校での方針はレベルの高い魔法を覚えることだ。故に、技術なんてものには目を向けない。すでにある魔法を覚えることを優先とされるのだ」
ダネン教官はそう言って、掌に火球を作り出す。
「今ワシの手にあるこの火球。頭程の大きさがあり、アウェルの使った火球の二倍は魔力を込めている。……しかし、これではクレーターなど作れない」
そう、それだ。
あの人は才能を持たない、僕たちと同じタイプの人だ。
しかし、代わりにアウェル教官は工夫を取り込み、組み換え、新たに作る。
言ってしまえば都合のいいものをその場で作り上げるのだ。それは全て知識からくるものであり、努力の賜物。
「あのアホウは死なんぞ。恐らく生存率で言えばSランクの奴らすら凌ぐ」
ダネン教官の言葉に、更に驚愕する。
「事実あのアホウは過去、Sランクがとある魔物に追い詰められた時共闘し、下級魔法のみを使って魔物を完全に足止め。その隙をついてSランクがトドメを刺した。あのアホウはSランクすら追い詰める魔物を一人で足止めし生き残ることができる」
アウェル教官の言葉が思い返される。
『最後に俺だが――――――――、言うことはない』
それはつまり、教えるべきことは全て訓練で伝えたと言うことなのだろう。
現に、その教えは息づいている。
全力で生き残る術。
「さて、話はこれぐらいにしておくか。気を引き締めろ、最後の教練だ。これを終えて初めて、一人前になるためのチャンスを得ることができる」
気は既に引き締まっている。
アウェル教官の言葉を聞いていた時から。
心に響き、やる気が滾り、心が挫けることはもうない。
後ろを見ることはない、見るのは前だけである。
「さぁ覚悟しろ? これを終えても、進めなければここに留まるだけだ。無論、見捨てはしないが一段と厳しい訓練を積ませてやろう。……剣を抜け、そして集中しろ。これから行うのは本当の実戦と殆ど変わらぬ実戦だ!」
「「「「はい!!」」」」
「いい返事だ。では……最後の教練、開始!」
「いや、流石だねアウェルは。言葉だけであそこまで士気を高めるか」
「……少し餌をぶら下げていたような気もしますが……確かに流石ですね」
私は少し離れたところから、ダネンさんと訓練生を眺めていた。
隣にはコンルがいるが、特に気にすることなく先程の光景に思いをなせる。
『……しかし、それは以前の話だ。過去の話だ。今は違う、今の君たちは劣ってなどいない。剣技は才能と努力、魔力は才能、しかし技術は才能よりも努力だ。君たちは地面に跪き、風にさらされ、雨に打たれ、そんな日々を乗り越えてきた』
実感が篭っていた。
学生時代の彼を知っている分、私にはそれがよく分かった。
『そうして学んだ技術がある。そしてなにより、折れなかった心がある。……潰せ。君たちを見下してきた愚か者を。今もなお見下し馬鹿にする愚か者がいるならば、潰せ! この訓練で学んだ全てを使いねじ伏せろ!』
それは彼の願いなのだろうか。
彼もそうしたいと思っているのだろうか。だとしたら……。
「……ネルちゃん、まだ気にしてるの?」
「……当たり前です」
「でも本人は気にしてないって言うし……」
「それは、本人が覚えていないだけで……思い出せばきっと…………」
後悔が後を絶たない。
学生時代の自分を恥じるばかりだ。
「まぁ、アウェルも不幸だよね。確かに剣技は普通だけど、魔法の技術に関しては右に出るやつなんていないのに」
確かにアウェル先輩は不幸だった。
学校の方針は、存在する魔法を覚え使用することを重要としているからアウェル先輩のその優れた一面は埋もれてしまった。誰も気づかず、唯一気づいたのがギルド長。
かくいう私も、気づいたのは先輩が卒業しいなくなった瞬間だ。
卒業時に提出する魔法関係のレポート。当時の私は何気なく、どうでもいいように手にとった。そのレポートが私を変えたのだ。
「実際さ、クレーター作るくらいの火球ってどれ位魔力使うの?」
「……五倍です。……ダネンさんが作り上げた火球の五倍です」
「……俺って魔法使いじゃないから分からないんだけど、やっぱり凄いの?」
「ええ、あの速度であの威力。無詠唱で中級魔法を使用してるのと変わりませんから」
淡々と答えつつ、やはりあの人のことを考える。
剣技は確かに駄目だったが、学校の重点の置き方が違えば落ちこぼれなんて言われることのなかっただろう不幸な人。
そして比較するのは過去の自分。才能のない人を無意識に見下し、取り返しのつかないことをしてしまった愚かな自分。
私は訓練生を見つつ、ポツリと呟く。
「……出来ることと言えば、同じことを繰り返さないこと。そして心を入れ替えたことを行動で伝えること……ですね」
普段通り接しつつ、訓練生のために魔法を教える。
根気強く、確実に。
私は踵を返し、教官室に戻る。
そして魔道書を開き、次の訓練生のためプランを作成し始めた。