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第二十八話 いざ行かん




 あの後、必死に理性を保ちながらネルと共に入口付近のクレープ屋に到着した。

 ようやくついたと俺の腕からネルを開放したとき、悩ましいため息をついたように見えたのは勘違いだと思う。


「じゃあ俺はチョコバナナクレープ。ネルはイチゴだったか?」


「はい、それでお願いします」


 運がいいのか、俺の努力が報われたのか人が少なかったのでスムーズに店の先に辿り着く。そこで店員さんに注文をし、少し待つと二つのクレープが渡される。

 甘い香りがしてきて疲れきった体を癒してくれる。というか早くよこせと体がうるさい。


「ほれ、イチゴ。では、いただきます」


 はむと一口食べてみると、程よい甘さと新鮮で完熟したバナナの甘味に加え、生地そのものの美味しさが箸を進ませる。まぁ箸はないけど。


「美味しいですね、先輩」


「ああ、ホント美味い。体に染み渡るようだ」


 糖分が補給され、バナナによって栄養も補給される。これで俺はまだ戦える。……本音言うなら先程の状況は勘弁していただきたい。幾ら体が回復しようと精神はゴリゴリ削られたままなのだから。

 それからはゆっくりと二人でベンチに座りクレープを食べた。偶に通る歩き売りの商人から飲み物も買ったりもした。


「……ん? どうしたネル。何かあったか?」


「いえ、先輩は美味しそうに食べるなと思っただけです」


 ふむ、つまりこのクレープはそんなに美味しいのかと聞かれているのか? 俺的には美味しいと思うが、他のクレープを食べた事がないのでちょっと反応に困る。


「なら、このクレープも食べてみるか?」


「いただきます」


 即答だった。

 そこまで気になっていたかネルさんよ。やはり女の子と言うことか。

 俺はほい、とネルにクレープを渡す。するとネル、


「では私のもどうぞ」


 そう言って自分のクレープを差し出してくる。

 

「いいのか? もう残り少ないだろ?」


「はい。ですが、私ももうお腹いっぱいで。後は全部食べちゃってください」


「それならいいんだが……じゃあいただこう」


 受け取ったクレープを見ると、男である俺で丁度一口二口と言ったところ。それをジッと見てくるネルは、クレープの感想でも聞きたいのだろうか。取り敢えず言うつもりだからそんなに見ていないで欲しい。食べづらいではないか。

 とか思いつつもパクリをクレープを食べる。するとこのクレープは、生クリームに加えイチゴの酸味と甘さが口に広がる大変美味なものだった。俺はこっちの方が好きかもしれない。


「うん、美味いな。俺が食べてたのよりこっちの方が美味しい、と俺は思う」


「そそうですか。では、私も……いただきます」


 何だか少し言葉がぶれていたような気がするが気のせいとしておこう。なんだかネルの少し恥ずかしがっているし、突っ込まれたくはないのだろう。

 しかし、ネルは中々食べようとはしない。どうもクレープの端、つまり俺の食いかけ――!?


「ま、待てネル、一旦ストッ――」


「はむ」


 不味いことに気がついた俺は、必死に止めようとしたのだが、声をかけた瞬間ネルはビクリと驚いたあと何か焦るようにクレープにかぶりついてしまった。なんてこった……ギルド長は見ていまいな?

 そのま二口三口とクレープをもぐもぐと食べていくネル。む、なんだか小動物というか、こう、胸くすぐる光景だ。抑えろ俺、まだ通常状態に戻りきれていないのか!!


「んむ、ごちそうさま、でした。……美味しかったです」


「そ、そうか、ならいいんだ」


 俺は事実を伝えるべきか迷ったが、こんな場所、この日時に伝えることではないと考えた。折角の祭りが気まずい雰囲気で支配されても困る。最悪俺が凍る。

 どこか上機嫌なネルは、珍しく鼻歌なんて歌いながら買っておいた飲み物に口をつける。


「ああ、もう、なんだかなぁ今日は。平常心と紳士の心がボロボロだ」


 しかし悪い気分でもなく苦笑いを浮かべるが、苦笑いにしては笑いの対比が多いなと自分でも自覚しベンチの背もたれに完全に背中をあずけ空を見上げた。

 空は祭りびよりの晴天だった。










 そして夕方、もう空も暗くなり始めた頃にネルと別れてギルド前に到着する。

 俺は一度教官室に戻り彫刻を回収し展示係の人に渡しておく。これで一時間後位には展示会が始まるだろう。完成した約三分の二モデルの銀のギルド長。台座には仕掛けも完備してあり、銀の特性を利用した超劣化魔力バッテリーとネジという二つの動力源を使用し回る、動くギルド長となった。さらにもう一つ、俺が触れている時だけ発動するギミックがある。


「さて、と。この間に辺りを見回るか」


 今日はここら一帯を見回すことがなかったのでいい機会だ。まぁこの時間ではなにかがあるわけではないが。

 少しギルドから離れ、ゆっくりと付近の屋台やちょっとした有名人を見かけては足を止める。そんな事をしていると何だか感傷深くなってしまい足が完全に止る。

 もう日は見えず辺りは暗い。それでも祭りは続いていて人の熱気は静まらない。この光景が過去、故郷でもあった祭りと重なる。


『ほら、早く行くわよ!』


『アウェル、あれ食べよう! 絶対美味しいって! あたしが言うんだから間違いないの!』


『遅い! 兎に角歩くのが遅い! って、何微笑ましい目で見てんのよ、アンタはおっさんか!』


 楽しかったが、今となっては思い出すだけ無駄である。

 楽しかったが、今となっては虚しく空虚なだけである。

 楽しかったが、今となっては二度と来ない幻想である。 

 楽しかったが、今となっては忘れたい唯の過去である。


「俺ここまで感傷に浸る男だったか? まぁ、楽しかったから思い返されたのか」


 ガス灯の元から俺が見ている光景は、中央広場を行き交う人々によって毎秒と変わる。

 知り合いもいれば知らない人も、目を惹かれる人もいればどうでもいいと感じる人も。そんな時、視界にちみっこい幼女モドキの姿が見える。彼女はキョロキョロと辺りを見回し、どういう原理か俺を数秒で発見し駆け出してくる。……あっという間に人混みに埋まったが。

 

「だ、大丈夫か? 迎えに行ったほうがいいのだろうか……」


「当たり、前だろうアウェル。私は教えたはずだぞ? 向かう女あれば迎えに行けと。お前が来なかったせいでもみくちゃにされたぞ」


 俺はギルド長が心配になりポロリと口から言葉を漏らすと、ぜぇぜぇと荒い息をしながら人混みから抜けてくるギルド長がいた。


「いえ、それだったらその場で待っててくれれば良かったんじゃ――とは思ってませんよ?」


「……まぁいい。それよりも行くぞ、展覧会が始まってしまう!」


 そう言いながら俺の背中をグイグイと押してくるギルド長。全く、周りがとても微笑ましい目で見てますよ? ああ、何時ものことすぎて視線に慣れちゃったのか。


「分かりました、じゃあ行きましょう。まぁみててくださいよ。きっとギルド長を唖然とさせてみせますから」


 もしかしたら赤面で、と聞こえないように付け足すのは忘れない。

 さて、どうやら感傷に浸る時間は終わりらしい。今ではもう懐かしい感覚は失せ、何時も通りの珍しくもない感覚だ。だが、それがいい。ギルド長とのやりとりは僅かだったが、それだけで全て変わった。


「ホント、その姿じゃなければなぁ……」


 失礼かつ、本人の気にしている事をつぶやいてしまう。無論、ギルド長には聞こえないようにしたのだが、無駄だったらしい。


「はっはっは。アウェル、私を唖然と驚かせることができなければ明後日の夜時間をもらおうか」


「はっはっは。冗談きついですギルド長。……絶対驚かせてやる」


 二人して牽制しながらギルドへと向かったのだった。




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