第二十五話 鉱山行き
レポートを見つけた日の翌日、教官室で一息ついていると客人がやって来た。
「アウェル教官、お久しぶりです」
「ん? ラインかよく来たな。というか、久しぶりと言うほど日数は経っていないぞ?」
「あはは、もしかしたらここでの三日間が余りに濃かったから、そう感じてしまったのかも知れません」
やって来たのはラインだった。
ということはミトも一緒かと思いラインの隣を見るが誰もいない。
「ミトはどうした?」
俺は少し疑問に思い訪ねてみる。
するとラインは笑って、
「幾ら恋人とはいえ、何時も一緒な訳じゃありませんよ。まぁ、最低でも週に五日は一緒にいますけど」
「聞いた俺が悪かった。だからノロケはやめろ。それで? 今日は一体なんのようだ?」
「ええ、実はですね……」
「同行依頼は受け付けていないぞ?」
「アウェル教官、実はここにギルド長直筆のサインが」
そう言ってニコニコと誓約書を差し出してくるライン。
誓約書の内容は、本人が承諾すれば業務中であっても依頼の同行を許可する、と言うものだ。
一応選択権は俺にあるものの、ギルド長め一体何を考えている?
兎に角、依頼を聞いてみてから判断すべきか。
「一応、なんの依頼を受けるのか聞いてもいいか? それ次第で決める」
「その言葉を待ってました。今回僕が受けた依頼はこれです」
そう言って差し出してきた二枚目の紙には、採取の依頼が書かれている。
この採取系の依頼はC~Bランクの依頼に多いものだが、何故ラインがそれを受けようと思ったのだろうか。ちなみに依頼の種類は、採取、雑用、討伐、撃退、防衛、捕獲などなど様々な種類がある。その中でも、採取と討伐、雑用の三つは比較的多い依頼の種類だ。
「実はですね、この依頼に出てくる採取物なんですが二つありまして。一つ目は『薬草』、二つ目は『トルマリン』っていう石? が必要らしいんです。ただ、『トルマリン』ってどんなのか分かりませんでして。一応調べはしたんですけどね」
「トルマリンか。加熱すると電気帯びるあれだろ? 一体何に使うんだ?」
「依頼主が雷属性の魔法を使う人らしく、触媒に使いたいとかなんとか言っていました」
「他にもっと身近にあるものを使えと言いたい。それこそそこらへんの宝石店やらで属性の魔力を帯びた魔石ぐらい売ってるだろうに」
それにしても、触媒に使うと言うことは依頼主は大物なのか?
俺みたいな魔力が少ないし大して強力な魔法を使えない人間には関係ないものだが、力がある魔法使いが触媒を通して魔法を使うと消費魔力は少し減るし威力は上がるしで良いこと尽くし。
まぁ使うと一度で砕けるものが多いから出費が半端じゃなくなるだろが。
「トルマリンは別に、耐久に優れる訳でもないだろうに。まぁ、詮索するのは良くないか」
「というか、アウェル教官は知ってるんですか? 僕は全く知らないんですが」
「一応な。前に本で読んだこともある。ただ、採掘場所は何処だったかまでは覚えてないぞ?」
「それは大丈夫です。依頼場所に記載されてます。どうも、自分で採りに行こうとしていたらしいんですがセントノール祭の準備で手が離せなくなったそうで」
「成程、だから採れる場所が分かるのか。場所さえ分かれば後は簡単だな。どんな鉱石だったかは覚えているし、分からずとも熱すれば判別できる」
まぁ本当に熱すると電気を帯びるのか分からないが、見ためは黒だったから見分けずらいかもしれない。本当に電気を帯びてくれると楽なんだが……
「あのーそれでアウェル教官、この依頼受けてもらえませんか?」
ラインが此方を見て懇願してくる。
むぅ、今日も彫刻を削り進めたかったのだが……元生徒の頼み、受けるべきだよな。
「分かった、その依頼は受けよう。依頼書貸してくれ」
「ありがとうございます、助かりました」
俺はラインから依頼書を受け取り、そこに魔力を通す。
これで俺の魔力が登録され契約完了。
「これでよし。じゃあ依頼場所に行こう。ちなみに何処だ?」
「隣街付近の鉱山らしいです。魔物はいませんし、比較的安全な場所です。一応馬車で鉱山前までは行けますので、大体二日くらいで終わると思います」
「二日だな。それじゃあ俺はギルド長に一声かけてくるから、ラインも準備をしておけ」
「はい。それじゃあ後ほど、ギルド前で」
そう言いながらラインは教官室を出ていく。
それを見送り、俺はギルド長室へ行き依頼を受けたことを報告。
「ああ、分かった。元教え子との依頼を楽しんでくるといい」
「純粋に言ってるのか分からないですね。実は何か企んでたりします?」
「そんな事はないぞ? さぁ、早く行くといい。ラインが待っているぞ?」
「……分かりました。それじゃあ行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。くく」
俺は押し殺したような笑い声を聞き流し、ギルド長室から出て教官室の自分の机へ。仕舞ってある簡易装備一式を手に取りラインとの待ち合わせ場所に向かった。
現在馬車の中。
ガタガタと揺られながら目的地目指して進んでいる。
「――へぇ、それじゃあ緑髪の人も訓練所に来たんですね」
「ああ。彼女持ちさんに言われてきたと言っていた。どうせお前のことだろう?」
「ええ、まぁ。つい声をかけちゃって。でも、そうですか、合格しましたか」
「正直に言えば、ハーレが来てくれて助かった。ああ、ハーレとは緑髪の少年の名前だ。俺はハーレの御陰で負担が少なくなっていたからな」
ふと脳裏によぎる襲撃の数々。
それを止めようと奮闘するハーレの姿。
「そう言えば、お転婆な娘がいたんでしたね。貴族の人でしたよね?」
「ああ、傲慢でな?」
グサリと言う音と共にラインが苦笑いを浮かべる。
「一応その鼻をへし折ろうとネルと二人で折ったんだが、どうも違う方向に折れてな。まぁ自分の力の強さを認めながら、徐々に徐々に油断と慢心がなくなっていく姿は実に見応えがあったが」
「つまり、自分は強い力を持っていると認識しつつも、驕ることがなくなってきたと? あの一つ聞いても? その折れた方向うんぬんは……」
「ああ、確かに傲慢は抜けてきたしいい方向ではあるんだが、前向きに折れたらしくてな。俺を倒すことを目標とし日々頑張ってた訳だ」
「ご愁傷さまです。でも、もう訓練所にはいないんですよね?」
「まぁな。ただ、いつ襲撃してくるか分からない。逆に訓練所に居てくれたほうが兆候が見られて楽だったかもしれない」
今だからそう思う。
ファウストの様子を見ることができないと、何時どんなことを画作しているか分からない。
「っと、あれが依頼書の鉱山じゃないか?」
俺は馬車の中から見えた山を見てラインに言う。
ラインは依頼書を見て恐らくそうですと呟いた。
それから少しして鉱山の麓へと到着し馬車が止る。俺たちは馬車から降り、御者に一言告げてから採掘道具を持って鉱山へと入る。
「もう夕方になる。さっさと始めよう」
「そうですね。僕もなるべく今日中に見つけて早く帰りたいですし」
ジャリっと土を踏みしめながら、地面、壁を見つめ鉱石が見え隠れしていないか注意深く見る。
「こことかありそうだな。掘ってみるか?」
「じゃあアウェル教官はここをお願いします。僕はもう少し奥に行ってみます」
そう言って奥に進んでいくライン。
この鉱山は以前は誰かの持ち物だったらしいのだが、何らかの罪を犯し投獄。以後はギルドの管理下に置かれていると資料には書いてあった。
「その誰かの御陰で、道も整っている訳だ」
俺はスコップで鉱石の周りを削り浮き彫りにする。
その後はツルハシなどで掘り進め、何とか鉱石を取り出すが、
「違うな。唯の鉄くずか」
手にとった鉱石は全く役に立たない鉄くずだった。
一応大量に集めて精製し直せば使えるのだろうが、そこまで大きな袋など持ってきていない。
「仕方がない、次に行くか」
他にも幾つか当たりをつけて掘り進める。
が、どれもこれもハズレばかり。
「やっぱり、大分枯れてきてるか?」
一度は個人の手で管理されていた鉱山だ。その後もギルド所属の冒険者が来ているのだから掘り尽くされていても可笑しくはない。特にトルマリンなんて名もあまり知られていないことが多い鉱石だ。鉄くず扱いで捨てられた可能性もある。
本当に見つかるのか不安だな、そう思いながら奥へと進んだ。
それから一時間、辺りも大分暗くなってきたのでこれで最後にしようとツルハシと振るった。
するとどうやら自然に出来ていた亀裂にツルハシが入ったのかガコンと壁の一部が大きく崩れた。まさか崩れないよなと思いつつも、崩れ落ちた壁に残骸を調べる。
「やっぱりハズレばっかだな。あー、これは銅なのか?」
一つの鉄塊を掴み観察する。
他にも幾つか転がっている鉱石があるが、大した価値があるわけでもない一般的なものばかり。トルマリンらしき鉱石は今だ見つかっていない。
中々見つからないことにため息をつきながら、最後に砕いた壁の後に目をやる。一気に砕いてしまったためダメになったり割れてしまったものがあるかもしれないと思ったからだ。
「大丈夫みたいだな。って、ん?」
ふと視界に入ってきた黒い鉱石に目をやる。
壁から見えている体積からして、拳より小さいだろう大きさの鉱石。
「もしかしたらトルマリンかもな」
淡い期待を抱いた俺は、慎重に掘り進める。
そして数分後、綺麗に取り出すことができたのだが、
「熱しても、電気帯びないじゃないか。つまりハズレか」
手のひらに炎弾を作り出し、熱してみたのだが全く変わらず。
特製からして違う鉱石のようだ。
「よく考えると黒って多いからな。判断に困る」
俺は熱した鉱石を見つめてみる。
そう言えば、何処か透明度が無くなっているような?
見つけたときは少し透き通っていたような気がする。もしかしてガラスの類で熱したせいで煤でも着いたか?
そう思った俺はキュキュッと磨いてみるが、全く透明度は変わらない。
「もしかしてこれがトルマリンか? もしかしたら俺が気付かなかっただけで電気を帯びてたのか?……ギルド長に渡してみるか」
歳上の知恵に頼ろう。
そう考え、鉱石を袋に入れる。
そして暗くなってきていたのでラインと合流し一旦馬車へと戻る。馬車は同じところに止まったままであることから、魔物に襲われたりはしなかったようだ。
「さて、ラインはどうだった? 俺は駄目だったが」
「僕はそれらしいのを二、三個見つけました。一応熱して見たんですけど……」
ふむ、俺の転生前でもトルマリンはあったにはあった。パワーストーンの一種だったはず。これってアレか? もっと大きい結晶じゃないと帯電しなかったりするのだろうか。
「もしかして熱し方が足りないか? 圧縮した魔力でやってみるか」
俺はラインからそれっぽい黒い鉱石を受け取り外へ。
魔力を圧縮して炎の属性へと変化、爆発前の高熱状態を保ち炙ってみた。
正直魔力量が大きすぎると触媒として発動してしまうから気を付けなければいけない。
すると最初の一つは変化がなかったものの、
「あ、今ピリッとしましたね」
俺には見えなかったが、ラインの強化した目からは電気を帯びるのを見ることが出来たらしい。
というか、俺もスキルを使えば十分に確認できたんじゃないだろうか。最近使うことが少なかったので『観察眼』のスキルを忘れていた。なんたる失態か。
「じゃあこれがトルマリンか。数は一でいいんだろ?」
「ええ、後は帰りに薬草を袋に詰めれば完了です」
「そうか、んじゃあ一晩休んでから帰るか」
そして寝床を整え、体を横にして就寝の準備をする。
一応安全な地域とはいえ何が起こるか分からないので探知系の設置魔法をラインに仕掛けておいてもらう。俺は緊急時用の迎撃用意。まぁどれも簡易的なものだけど。
「よし、こんなもんでいいな」
「はい。それじゃあ僕も寝ます。おやすみなさい」
「ああ、しっかり休め」
俺はラインが横になり、寝息をたてはじめたのを確認してから外に。
探知系の魔法を仕掛けてあるとはいえ、効果的なのは設置されている地上のみ。空はどうしても探知しようがない。流石に俺も今持つ道具じゃあ対空の迎撃用意はできないの夜空を見ながら寂しく見張りだ。
「星座でも探そうか。いやまぁ、星の並びも全く違うから分からないが」
変わらないものと言えば太陽と月くらい。
いや訂正だ。実は月もちょっと違う。
「ウサギの餅つき、か」
俺の頭上に見える月。その模様は常に変化していた。
ウサギの形をした影が、何かをペッタンペッタンと杵で叩きつけている。ちなみに叩きつけられている何かは、臼ではないと言われている。小さい頃に聞かされた話では、悪い子は月に連れて行かれて、月の聖なる光りを浴びながらペッタンペッタンされてしまう、というものだった。
言い方がペッタンペッタンと可愛らしいが、実際の事を想像するとおぞましいかったのをよく覚えている。
この世界に置いて、月にいるウサギとは使者であり断罪者であるらしい。昔話然り、大昔の神話然り、古代文明の足跡然り。地上にいるウサギは稀に食用にされてしまうと言うのに扱いの差が酷い。月にいるウサギは清いもので、地にいるものは穢れた存在と言われているわけではあるまいに。
ちなみに俺のスキル『脱兎のごとく』も月、それも満月の日には効力がグンと上がる。正直俺の冠するウサギは脱兎なのだがそんな恩恵受けていいのだろうかと思ったりもする。
「まぁ、貰えるものは貰っておけばいいか。生存率が大いに上がる、いいことだ」
俺はそのまま夜空を見続ける。
そして気づけば、夜が明けようとしていた。
朝になり、起き出してきた途端平謝りをしてくるラインを宥め、馬車を進めてもらう。
「本当にすいません。注意も考えも足りませんでした」
「気にするな。俺は教官だから、徹夜には慣れている」
どういう理屈だと聞かれれば、ギルド長、と答えればそれが答えになる。
だが、ラインは申し訳なさそうに謝り続ける。流石にこっちが悪い気がしてくるじゃないか。
「あーそれじゃあこうしよう。今から薬草取りまで俺は寝る。変わりにラインは、襲撃がないか気を配る。夜と昼の見張りを交換だ」
「分かりました。ではアウェル教官は休んでください。着いたらおこしますので」
「ああ、頼んだ。それじゃあ少しだけ寝させてもらう」
そう言って体を横にする。
そして途端にやってくる眠気。体を横にしなければ数日の徹夜には持ちこたえられるのだが、一度横にしてしまうとダメだ。ゆっくりと、俺の意識は沈んでいった。
僕は眠っているアウェル教官を一瞥してため息をつく。
全く、少しは成長できたと思っていたのに至らないところが出てきてしまった。確かに夜、街の外で寝ると言うのは危険を伴う事だというのに。地上に探知を仕掛けたからと安心して眠ってしまった。
確かにあの時、アウェル教官が言ってくれれば良かったのかもしれないが、もう僕は生徒ではない。今回は同じ冒険者として一緒に依頼に来ているのだから教官の行動は正しい。
しかし、それだからと割り切れる程僕は単純ではない。
「今になっても、教わることは多いですね……」
今回の依頼は、ミトが祭りの用意で来れなかったために教官を呼んだ。
出来るならば、僕はここまで成長しましたよと知って欲しかったのだと思う。まぁ結果はこの通りだけど。教官の知識、応用技術、それを今日改めて見ることができたが、やはり凄いと思う。
トルマリンの外見だけでなく特性まで知っていた。一体どんな本を何冊読めばトルマリンなんて鉱石が出てくるのだろうか。そして極めつけの圧縮魔法。
僕が見てきた圧縮魔法は、全て訓練生に教えるためのものであってあれほど魔力を圧縮したものは見たことがなかった。僕たち訓練生も圧縮はある程度できるが、あそこまで圧縮できないし、あんなに早く作り出す事はできない。まるで呼吸をするかのようにやってのける教官は、どれほど修練を重ねてきたのだろうか。
技術とは発想の天才はいても、使用する者に天才はいない。最初から様々な技術を鮮やかに使える者なんていないのだ。
「ミト、やっぱり教官は凄いよ。こんな人に、僕たちは教わることが出来たんだね」
此処にはいないミトに向かって呟く。
僕たち同期の訓練生に加え、その後の訓練生も全員合格で送り出した教官たち。確かに僕たちは基礎能力が、僕たち以前の訓練生より高かったのだろう。しかしその分癖が強かった。勿論自分を含めて。
「僕にミトなんかは代表格でしたね」
傲慢な僕、無愛想なミト。そんな僕たちに加え個性豊かな同期生をその気にさせて見せたのだ。
しかも聞いた限りでは貴族二人を預かり、傲慢さを消したそうではないか。その上、他の訓練生も全員合格。その内貴族一人は教官を打倒しようと襲撃をしてきたりもするらしい。
疲れた顔をしながらそんな事を言う教官だったが、どこか嬉しそうな顔もしていた。自分の生徒がここまで向上心を持ってくれるとはと喜んでいたのだと思う。
「っと、そろそろ薬草が採れる場所につきますね。……起こさないで採ってきてしまいますか」
せめて、もう少し休んで欲しい。
そう思った僕は群生地に到着後、速攻で薬草を採り規定の袋に詰めて馬車に戻った。
「街まで後一時間もないですけど、僕なりに心のつっかえを取る為ですので」
そう呟いて、揺れる馬車に身をあずけた。