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第二十一話 俺独自の罠の意味

タイトルのみ変更。








 翌日、訓練所にて。




「下克上ですわ!」


「わー待って待ってファウストさん! まだ早いと思うんだ!」


 入ると中には、掌に魔力を集中させているお嬢様とそれを必死に止める苦労人の姿があった。

 おかしい、まだ訓練所は空いていない時間なのだが何故中に入っている?

 まぁ、追求したところで答えてはくれないだろうし、もしかしたらギルド長が一枚噛んでいたりしそうなので無視しよう。今はそれより、この室内で魔法を放とうとしているお嬢様を止めるのが先決。

 俺は魔力を両の掌に集め、得意技である強化猫だましを発動。


「ななななんですの!?」


「おおおお落ち着いてファウストさん!」


 俺の思惑通り動揺したファウストは、魔力の制御から意識が離れたのか魔法を解除してしまう。


「し、しまったですわ!? こうなればもう一度ッ!?」


「やめいお転婆」


 俺は今だ動揺するファウストの頭をペシンと叩く。

 何故かハーレは、俺を見て目を輝かせている。やめてー。


「く、わたくしを叩きましたわね! お父様にも叩かれたことないですのに!」


「ファウスト、お前昨日フルボッコにされてただろうが」


「はうぁ!?」


 グサリと言う音と共に、顔を真っ赤にして睨んでくるファウスト。

 あー、また余計な事を言ってしまったようだ。今度、ギルド長に『女性の扱い方その3』を伝授してもらわねば。……財布の中身を代償として。でも実際に紳士的な行動を教えてもらえるのでマナーも身につくから悪くない。


「くぅ! 覚えてらっしゃいアウェル教官(・・・・)! 今に叩きのめして差し上げますわ!」


「あ、待ってよファウストさん早いよー!! あ、すみません、お騒がせしましたアウェル教官!」


 そう言って嵐のように去っていく二人。

 ああ、何だか今日は疲れそうな予感がする。











 そして予感は的中した。

 午前、今日は魔法と総合基礎があり、担当はネルが魔法に、基礎が俺。

 そして生徒は第一班と呼ばれるファウストを含んだ18人。


「よし、では次の項目だ。今から教えるのは基礎の基礎である『歩き方』だ」


 途端にやる気の無くなる訓練生一同。


「その様子だと、歩き方を嘗めてるな? 仕方ない、ではやる気が出るようにしてやろうか」


 俺はそう言ってから、歩き方の重要性が分かる実例を思い浮かべる。 


「いいか? 君たちは冒険者を目指しているわけだから、歩くことが基本な訳だ」


「わたくし、馬車を使いますので結構ですわ!」


「ほう、言ったなファウスト。ならば向こうで休んでいるといい。……さて、ファウストはああいったが依頼の実行場所には、馬車で行けないところもあると君たちは知っておくといい」


「むぐぅ、ま、またやってしまいましたわ。そう、我慢ですの、下克上を果たすまでは我慢ですの!!」


 聞こえているぞファウスト。

 全く、反骨精神が変な方向に働いているんじゃないか?

 そんな事を思いつつも話を進める。ファウストは大人しく座ったので、まぁ良しとする。


「いいか? 例えば山だ。基本、依頼で行くことになる山は整備されない自然の山だ。何故だか分かるか?」


「えと、大量発生とか、人目のないところで何時の間にか増えて手の付けようがないから依頼するって事ですか?」


「正解だハーレ。そう、ハーレの言うとおり、自分たちではどうしようもないと判断したから依頼するんだ。その代表的な例が大量発生だな。多いのはゴブリンだ。アレは生殖能力が無駄に高い上、山やら洞窟やらに住むので発見が遅れることが多い」


 ゴブリンは生まれてから一週間で体が大人になる。

 それまではずっと洞窟内で仲間が持ってくる餌を食べ成長する。

 そして成長しきると同時に洞窟から出て辺りは徘徊し始めるのだ。

 普段はそうなる前に始末するが、見つからず繁殖し続けたゴブリンが一週間後に大量に巣から出てくることがある。最悪、他の見つからなかった巣と成人のタイミングが重なると悲惨だ。山で蠢く緑は全てゴブリンなんて事もある。


「では何故発見が遅れるのか? それは人の踏み入らない地に住むからだ。ゴブリンは基本雑食、なんでも食べる。だから人里に近い場所に住むやつらも入れば、山で暮らすゴブリンもいる。人里は人が多いため、山菜を取りに行く時や警備などが発見するが……山とかはどうだ?」


 訓練生たちは成程と頷き、視線で話の続きを促してくる。

 やる気が出てきたようで重畳だ、貴様ら。


「山は中々人が立ち入ることはないだろ? その山が所有地なら別だがな。まぁ、最終的に間引きされることなく増えたゴブリンは住処を探して山を降りる。そして人里へ行き蹂躙、略奪を行うんだ」


 ここでゴブリンに関しての話を終え一息つく。


「と、まぁそんな理由から歩きが多い依頼もある。俺なんか三日歩き通した事もあるぞ」


 依頼でなければ一週間歩き通した事もあるけどな。


「み、三日ですの……」


 ファウストはうんざりとして表情をしながら言った。

 それは他の訓練生も同じだったようで顔が曇っている。

 そこで俺は追い打ちをかけつつも、


「山を登るのも入れるとかなり疲れるぞ。それこそ、正しい『歩き方』を知らないと余計にな」


 訓練生たちはガバッと顔を上げ俺を見つめてくる。

 ホント現金だな貴様ら。隠さないところを見ると清々しく感じるぞ。


「……よろしい。聞く気が出たようで俺も嬉しいよ。あー、だが、これは初日だがらのサービスであって、次にやる気がないような場面が見られればその項目は飛ばす。なに、安心しろ。授業を一切やらないなんて言わない。ただ、その項目を学ぶ機会が失われるに過ぎないからな」


「「「真面目にやらせていただきます!!」」」


「しかと聞いた。では、『歩き方』を伝授しようか。先ずは背筋を伸ばし、頭を傾かせるな。頭が傾くだけで体にかかる負担は倍以上になるからな。そして膝とつま先の向きだ。これは進行方向に真っ直ぐ向ける」


 実際にその姿勢をとっている訓練生を一人一人見ながら、おかしいところは少しづつ修正していく。

 するとファウスト、貴族だからか体の姿勢だけは立派だった。ハーレは逆に、少し苦手そうだ。堂々とすることに慣れていないのかもしれない。


「次に両肩だな。左右を後ろに少し寄せるようにし、背筋を伸ばせ。目線は真っ直ぐな。そして足をしっかりと踏み出せ。小股だと動きに制限がかかる。まぁ大股までいけとは言わない。小股以上、大股未満が理想だ」


「あら、これって……」


 ファウストが何かに気づいたように呟く。


「どうした、ファウスト」


「この歩き方、騎士団でもありますの?」


「そうだな。騎士団によっては違うが、使うところもある。遠征に大いに役立つからな。何だ? もう習ったことがあったか?」


「ええ、そうですわね。でも突っぱねて台無しにしましたの。愚かでしたわね……」


 何時になく反省した雰囲気を漂わせるファウストに、俺は少し戸惑う。

 なんだ一体、あの傲慢さが抜けたと思ったら凄い素直になったな。まぁ、それは野望やらにも現れているか。普通に俺の前で下克上してやるとか言ってるし。


「ま、ともあれ、だ。今から学べ。そして他人から教わる事の大切さを知れ。……じゃあ続けるぞ。次は腕の動きだ。歩く際には腕を振れ。そして最後に、目的地付近まで来たのなら依頼の内容によって行動を変えろ。討伐の依頼なら、魔力をほんの少しでいいから足に放出して足音事地面に流せ。地面の中に住む魔物が相手ならもう一工夫必要だが、それはまた今度にしようか」


 と、何気なく次の講義内容を決めつつ、


「次に防衛の依頼だ。それならば尚更姿勢を意識し、体力の温存に努めろ。そして、だ。基本どの依頼にも共通することだが、直接依頼に取り掛かったのなら姿勢は気にしなくていい。あくまでこの歩き方は、目的地まで体力を温存する為のものだ。折角温存した体力だろ? 依頼で思いっきりぶっぱなせ。そして死ぬことなく帰ってこい」


 これで歩きかた講座終わり。

 時計を見ると丁度よさそうでもあるし、ここで終わるとしようか。


「よし、今日はここまでだ。次は魔法に関してだ、時間に遅れるなよ? 以上、総合基礎講義、解散だ」


 そして俺は荷物を纏め、教官室へと体を翻す。

 後ろから突き刺さるような視線と、何だか眩しい視線を受け、


「ふふ、また一ついただきましたの。目標到達までもう少しですわね!」


「ボクもそう。あ、でも、ボクの目標はファウストさんとは全く違うからね? 巻き込まないでね?」


 何だか不安を覚えながらその場を去った。







 更に翌日。


「いいか、罠を覚えると言うことは、その罠を理解すると言うことだ。この罠はどんな場所に仕掛けると効果的か、どう設置すればバレないか。それが理解できるようになる」


 今日は罠の基礎。

 本当は魔力を効率よく使う基礎について伝えようと思ったのだが、何故か第一班全員がギラギラとした目で訴えてきたため致し方なく変更となった。仕方ないから、後はネルに任せよう。


「では例をだす。前回、俺と戦ったものは覚えていると思うが草の輪だ。人の足止め、隙を作るためのもの。これは敵の動きを止める他に、攻撃のチャンスを作ろうという意志で作られる。つまり作為的なものだ」


「作為的っといいますけれど、罠はどれもこれも作為的ではありませんの?」


 ファウストが少し困ったような顔をして問うてくる。

 きっとその質問はくると思っていたよ。故に、俺はあらかじめ用意していた返事を口にする。


「罠を仕掛ける者が考える場合、作為的とは明確な意図があるから作られたもの。だが、稀にここに仕掛けとけばかかるんじゃ? とか、適当に、かかるかも分からない罠を仕掛ける者もいる。そう言った罠は、俺たちからしてみれば無作為に作られたもののなる」


 そう言った罠は、勘で作られ、大した意図のない物。

 俺が罠を教わった研修所の人に教えてもらったことだ。完全に理解はできなかったが、研修終了時には何となく言いたいことが理解できるようになった。彼らがどうかは分からないが、ダメそうなら後で直接聞きにくるだろうから懇切丁寧に教え込もうと思う。


「かかるかも分からないから見届けることはない。それ故、作った者は誰かがかかったとしても分からない。もう手から離れた野良罠だ。それはもう、人の意図が消えている」


 テキトーに作られ、あっという間に忘れ去られる意味の薄い罠。作り手はもう関与せず、存在そのものを忘れられた野良なのだ。


「では作為的な罠とは何か。それは、人の意図が組み込まれ、作り手によってその結果を見届けられる罠のことを言う。最後まで作り手の手から離れず、作られた意味を実行する。あの時、俺が作り出した罠は全て、俺の目で見届けられその意味を真っ当した」


 足止めから迎撃まで、全ての罠は作動し、役目を果たした。

 その結果、戦果を得ることができたのだから上々である。まさに、俺に意図通りの働きだ。


「なんとなく、分かったような気がしましたわ。どうぞ、続けになってくださいな」


「ああ。それじゃあ前に戻る。あの草の輪は作為的に作られた。それは俺が、ここに設置すれば上手くいくと考えたからだ。更に成功率を上げるため、姿をチラつかせ誘い込んだ」


「「「うぐぅ」」」


 訓練生たちは胸を押さえて苦笑いし始める。


「さて、見事に引っかかった諸君。次はどうする?」


「無論、突破しますわ!!」


「ボクは、穏便に避けるかな」


「私はファウストさん派かな」


「俺は勿論――ハーレ派です」


 皆それぞれの意見を出し合い、最終的に二つのグループに分かれる。

 突破するか、避けるかの二つ。


「まぁそこまでにしておこうか。ハッキリ言って、どっちでもいいんだよそれは。大事なのは、突破するにせよ回避するにせよ、その罠を理解することなんだ。最初に言ったとおりな」


 理解しなければ、壊すことも避けることも出来ない。

 罠を見つけ、理解しなければ危険がつきまとう。


「罠を仕掛けられたなら、その罠を理解し読み解け。草の輪だったら足止めと隙をつくこと。落とし穴だったら戦闘不能か足止めか、はたまた隙を付くものか。それによって形状も規模も変わる。なぁファウスト、俺の使った落とし穴はどれに当てはまると思う?」


「足止めよりは隙を作る、ですわ。形状的に、バランスを崩すことになりましたし」


 苦々しげにいうファウストに、正解だと伝えながら講義を続ける。


「大体、罠の理解がどれだけ大切か分かったか? じゃあ次だ。これが難関でな? 作為的なものは罠自体を読み取り理解すればいいが、無作為の物はどうだ?」


「無作為、ですの? それもまた読み解けば……」


「いや、それだけじゃ危険だ」


「な、なんでですの?」


「無作為、いわば適当に作られた罠。それは種類も、効果もその場所とは全く合わない物を仕掛けられている時だってある。例えば、唯の平地のど真ん中に草の輪、とかな」


 それにどんな意味があるのか、俺にも当時は分からなかった。

 唯一、その意味を知っているとしたら、それを仕掛けた当時の本人なのだ。


「決闘の地、中央にある草の輪。それは罠を読み解くだけじゃあ理解できない。もしかしたら本来の足止め効果を狙っているかもしれないし、隙を作るためのものかもしれない。はたまた、同じ隙を作る意味を持っていても使い方が違うとかな」


「それって、たとえばどんな効果を期待してるんですか?」


 ハーレの質問に、俺は当時の事を思い浮かべる。

 ちなみに、作り、設置したのは名も知らぬ底抜けの馬鹿である。


「あの時は、そこにある異物に意識を向けさせる、俺にしてみればこれがその罠の意味だった。本人は適当に作った挙句、存在を忘れ自分で足を引っ掛けてもいたがな。……ほら、本来の使い方と違うだろ? 作り手にしてみれば、意図は通常のもの。俺にしてみれば気を取られる異物」


 そして、本人に忘れ去られ野良罠となった結果、作り手を本来の意味で引っ掛けた。

 この手の罠は、罠本体だけでなく、仕掛けたであろう作り手の事も理解しなければいけない。


「こう言った罠は、罠だけでなく作り手すら理解しなければいけない。コイツはこういう奴だから、きっとこんな意味をもって仕掛けておいたんじゃないか? と言う風にな。そして本人が忘れ、野良になっているのであれば、作り手以外がその罠を使うことだってできる。無作為の罠は、無作為と見せかけて作為的なものだったと言うこともある。罠の世界は本当に深いぞ?」


 そこまで語るものか? と当初の俺も思ったが、実際多用するようになるとそこの疑問はあっという間に消え去る。仕掛けるにせよ、見抜くにせよ、相手との腹の探り合いだ。

 するとファウスト、納得したように頷きながら、


「成程。作り手をその罠にかけることでプライドを打ち砕くこともできると言うことですわね? 自分の作ったものを利用され、嵌められる。……下克上ですわ!」


「どう繋げて下克上になった? 俺は不安だ、ファウスト。お前を理解出来そうにない」


「それは重畳ですの! お待ちになっててくださいませ。必ずメタメタのギッタギタにしてさしあげますわ!!」


「おい、講義中に、しかも教官に! 宣戦布告どころかフルボッコ宣言する阿保がいるぞ? ハーレ、お前を今日からファウスト担当の補佐官に任命する。あと一日、頑張ってくれ」


「そんな!? 無情過ぎますアウェル教官!」


「あら、そこまで喜ばなくてもいいですわよ? わたくし、貴方のことは多少認めてますの」


「え、ええ!?」


 驚くハーレを横目に俺は思った。

 この娘、傲慢さが完全に抜けてねぇ!!、と。

 だが、彼女の場合それは上手い具合に、他の歯車をピッタリらしい。自分の力を強い者のものだと理解し誇り、自分より力が弱いが上のものがいるのだと承諾し、それを倒す反骨精神を持ちながら、上の者より学び盗めるものは盗んで自分のものとしようとしている。


「なんとまぁ、どこまでも強欲なお嬢様だよ。――だが、光るよ、お前は」


 瞼を閉じると、仲間を率いて魔物を蹂躙するファウストの姿が浮かび上がる。

 自分の力を自慢しながらも、更に学び、先陣をきるそんな姿が。





 ――――羨ましいな、おい。


 何とか心の中に止め、ワイワイ騒ぐ訓練生を他所に講義終了のチャイムが鳴るのを静かに待った。


 明日は、ギルド試験当日となる。







明日はお休み。

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