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第二十話 弁当を


「とまぁ、こんな出来事を得て今の俺たちがいるってことだ」


「あの、結局コンルさんがここにいる理由がハッキリしていないんですが?」


「ああ、それはホラ、俺たちの所に来た時点でギルド長が逃がすわけないだろ?」


「確かに、あの人ならばやってのけるでしょうね……」


 ちなみに、沼うんぬんは後から聞いた話だそうです。

 ガバが沼にハマっている時、先輩はすでに逃げ果せた後らしいですし。


 ふと、長い間話を聞いていたなとを思った私は時計を確認する。

 すると、夕食が始まった時間から大分時間が経っていた。


「それじゃ、今日は御馳走様でした。ホント美味かった、ありがとな」


「え、あ、いえ、口にあったのなら良かったです」


 先輩も時計を確認したのか、いきなり帰宅の準備を始めてしまう。

 どうしましょうか、食事に誘う事はできましたし、他に願うことなんてないんですが……。


「あの!一つ、先程の話で聞きたいことがあるんです!」


 私は不安を押し殺し、聞きたいと願っていないが願っている、そんな事を先輩に問う。

 先輩は、私が大きな声を出したのに驚いたのか少しの間固まっていたが、再起動するなり鷹揚に頷いてくれた。


「先輩、は。先程の話では、その……学園の人の事を良く思っていないと言っていましたよね?」


「ああ、あれか。確かに当時の俺は会いたくないと思っていたけど、今はもうどうでも良くなった」


 先輩は、気にした様子もなく笑っている。

 

「やっぱり、気まずいから嫌だったんだけどな。ここで過ごしてるうちにウジウジしててどうする! って思えるようになったんだ。ちょいと言い方悪いかもしれないけど、訓練所って俺と似たような奴が来るわけだろ?」


「そう、ですね。試験に落ちた人が大抵やってきます」


 先輩は苦笑しながら続ける。


「そいつらって、結局は諦めきれなくて来るんだ。落ちた、でも諦めたくないから鍛え直すってさ。まぁ、一部違うのもいるけどな」


 違うのとは、きっと今回の二人の様な生徒たちだろう。


「まぁ兎に角、そういう奴ら見てると、自分がウジウジしてるの馬鹿らしくなるんだよ。再試験ってのは、落ちた所にもう一度行くって事。落ちこぼれ認定された所に、恥じることなくもう一度顔を出す。ほら、俺の問題と大差ない。もしかしたら人によっては俺の方がちっぽけだと思うかもしれない」


「で、でも、それでも辛いものは――」


 先輩の言葉を聞いていると、視界が揺らぐ。

 胸が痛い、体が熱い、感情が溢れてくる。


「そうだな、辛いものは辛い。でも、日常がそれをあっけなくぶっ飛ばしてくれるからさ。ある日落ち込む出来事があったとしても、次の日あそこ(訓練所)に顔出せば、そんなモン思い出す暇も、理由も無くなる。そして更に翌日にはすっかり消える!」


 だろ? と先輩は笑顔で問いかけてくるが、声に出して返事をすることができない。

 そんな私をジッと見て、ふと思い出したかのようにポン、と手を打った。


「あー、もしかしてさ。学生時代の事気にしてるのか?」


「ッ!?」


 その言葉で、熱かった体は冷め、胸の痛みも違うものへと変わっていく。 

 学生時代の事、それは私自身が驕っていたせいで起きた最悪な出来事。思い出すだけで自分が嫌になる、そんな事だ。

 その出来事のせいで先輩は停学になりかけた上、書いていたレポート全て損失することになった。そのレポートは、卒業にも必要なもので大事なものだったのに、私のせいで失われた。

 事故ではあったけど、私が驕っていたせいで起きた事。そして当時、謝りにもいかなかった上、巻き込まれただけの先輩の弁護もしなかった愚かな自分。


 それがより一層、先輩の落ちこぼれという肩書きに勢いをつけてしまった。


 

 恨まれても当然だったし、嫌われて当然。



 しかし、先輩はやはり変わっていた(・・・・)



「言っておくけど、恨んで何かないぞ? あの事件の御陰で俺は抗えたし、より上のレポートを作り上げることができた。まぁ、確かに学生時代はなんだあの生意気な後輩は! って思ってたけどな?」


 ハッハッハ! と笑って、それで終わらせようとしている。 

 また、体温も、胸の痛みを変わる。

 ホント、自分勝手な体と心だ。

 でも、先輩の言葉はまぎれもない本心だと聞いていて分かる。

 

「と、言うわけで今では感謝しているくらいだぜ? あー、まぁそういうことだから気にするな?」


「む、り……ですよ、先輩」


「む、分かったじゃあこうしよう。実は俺、財布の中身が実に寂しい状態なんだ」


 あ、別に直接金くれってことじゃないからな? と最後に付け足し、


「まぁ慎重に使えば、給料日三日前までは何とかもつんだ。だが、その残り三日が厳しい。朝食と夕食はなんとかなるんだが、昼食、あるいは他の一食を抜く生活になる。だからさ?」


 ああ、何が言いたいのか分かってしまった。

 先輩は、私に何かをさせてそれを謝罪とし終わらせるつもりだ。

 そして、そのさせることと言うのはきっと、


「その三日間、弁当でも作ってくれないか? あ、今ちっぽけなって思ったな? ネル、お前は食事を甘くみている。いいか、この世界において食事とは――」


 先輩には悪いのだが、後半は殆ど聞こえていない。

 今の私の頭の中には、良く分からないごちゃまぜになった感情でいっぱいだ。

 でも、そんな状態でも言わなければいけないことがある。


「――そう、ここは調味料が少なくて味付けが物足りない」


「先輩」 


「ん? どうしたネル」


「お弁当、作らせて……いただきます、ね。ごめんなさい、先輩。それと、ありがとうございます」


 震える声をなんとか押さえ込み、それだけ発して口を閉じる。

 もう顔を上げることは出来ないし、言葉を発することはできない。それをしてしまうと、先輩にまた気を遣わせてしまうから。


「ん、楽しみにしてる。さて、それじゃあ俺は帰るな。んじゃ、また明日な」





 そして先輩は帰っていった。

 残されるのは私だけ。そんな私と言えば、



「う、ぁ……っ」


 ただ嗚咽を押し込め、泣き続けるだけだった。













 俺は帰り道の途中、人のいなくなった広場へと寄り道をする。

 広場の中央にある花壇に腰をかけて一息つきながら先程の事を考える。


「んー、上手くいかないもんだな。泣かせまいと思ってたのに」


 これまでの言動から、もしかして昔の事を気にしてるんじゃ? と思ったりもした。今日はそれがハッキリと分かったから、そのわだかまりを取り除こうとした。


「結局泣かせたか。でも、そっちの方がスッキリするのか」


 俺はそう思うことにした。

 泣けば溜めてたもの全部吐き出せるだろうし、もう溜め込む必要も無くなったのだから身軽になれるだろう。というか、もしかしてネルがこの訓練所にいるのはアレが理由だったのかもしれない。

 ホント、ネルは真面目さんだ。


「いい奴だよ、お前は。ほかのやつとは違うんだな」


 俺を落ちこぼれといい、その後会うことも無かった学園の生徒たち。

 勝手に期待して、呆気なく子供を捨てた両親。

 その期待に便乗して、ダメだと分かったら手のひらを返した近所の住人。

 そのどれとも違う、珍しい後輩。


「まぁ、珍しいと言えばトップに立つのはギルド長なんだけどな」


 ロリなのに歳上、更に上司のギルド長。

 大した取り柄のない俺を拾って色々叩き込んでくれた恩人。

 ついでに言うと、コンルとダネンの爺さんだってそうだ。コンルはあんな事件があったからではなく、俺の実力を知りながらも素で友人と思ってくれている。ダネンの爺さんは、硬そうな人物だが、俺の過去なんざ興味ないとバッサリ切ってくれやがった。


「く、ははは! なんだ、俺の周りって変わった奴らばっかりじゃないかホント、おかしくて変わった人たち(良い人たち)だよ」


 今日、俺はその事を再認識することができた。


「よし、帰ろう。また明日、あの訓練所に」


 何時もより軽い足取りで、自分の家へと足を踏み出した。





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