第十九話 回想終了
「死ね!!」
ブオンと剣を薙いでくるゴツイ男。
「くっ、ガバ! こんなことがバレれば総隊長が黙ってないぞ!」
成程、あのゴツイのはガバと言うのか。
実に名が体を表しているではないか。
「ふ、ここでお前たちを消せばいいことだろう?」
そも当然の様に言ってのけるガバ。
流石に俺もガバには外道と言う言葉が似合うと思ってしまう。
「く、そこの人、一旦林の中に逃げよう!」
コンルはそう言いながら俺の方に走ってくる。俺の背後には林があるから、そこに逃げ込もうと言うことか。
「分かった。……悪いが先に行くぞ?」
「うん、俺もすぐに追いつくよ」
俺は一言断ってから、後ろから走ってくるコンルに背を向け林にダッシュする。
後ろからは殺気がビンビン飛んでくるが、振り返ることはしない。
そして俺は林の中に。
「ぜぇ、ぜぇ、君、大丈夫?」
「大丈夫だ。情けないことに、逃げるのだけは得意でね」
息を切らすコンルと共に、木の影に隠れてガバから身を隠す。
「それより、何であんな事になってんだよ?」
俺は辺りを確認してガバがいないと分かってから問いかける。
するとコンルは、
「……俺ってさ。今は副団長クラスだけど、その前はずっと騎士団候補でさ。よく上の奴らに馬鹿にされたんだよ」
そこには少し共感できる、まぁ、俺の場合は現在進行系で落ちこぼれだが。
「それから少ししてね、団長クラスとの試合に勝ったし、試験にも合格してドンドンのし上がっていったんだ」
「実力で、か」
そりゃあね、とコンルは言い、更に続ける。
「それからだよ、今まで馬鹿にしてきた奴らが手のひらを返したのは。馬鹿だのなんだのから、エリートだの見込んでただの……正直見てられなかったし、聞いていたくもなかった。だから辞めることにしたんだ。
「あー、それであのガバとか言うのが止めに来て、激情してこの有様か」
「ごめん、まきこんじゃったね」
「いや、気にしなくていいさ。元々巻き込まれることの無かったハズの俺を巻き込んだ元凶がいるしな」
待ってろギルド長、今日の夕食にはピーマンを忍ばせてやろう。
その為には早いところ八百屋に行かねばならない。
「さて、であれば早く帰らないとな」
「早く帰るって言うけど、あれでもガバは俺より強い。俺たちは二人いると言っても無理が―――――」
「それは、正面からぶつかったらだろ?」
「そう、だけど……」
「なら、お前は正面から行けよ。俺はせこく賢く安全に罠を作るから。今更騎士道とか言うなよ? どうせ辞めるその身、一緒に騎士道も捨ててしまえ」
するとコンル、愕然とした表情に変わる。
俺的にはおかしなことを言ったつもりはな――いとはいいきれなかったり? ホラ、これもギルド長にしごかれた故の視点とでも言えばいいかな。客観的に自分を見る事を学んだからだろうか。
「じゃ、俺は動くぞ。お前はどうするつもりなんだ?」
「お、俺は……」
「罠の設置位置はここから百メートル先に五メートル感覚で適当に設置する。種類は足止めを主に、機動力の低下、踏ん張りの無効化を設置する。というか、まだそれしか出来ないんだ」
「………………」
黙るコンルに、俺は続ける。
「主に足止めを多くするのは、俺が逃げやすくするため。機動力、踏ん張りの無効化は逃げずに残るお前の為」
「っ!」
「悪いが俺では足でまといになるだろうからな。ひと足先に逃げさせてもらう。その変わり、置き土産を置いてくのさ」
すまんな、コンル。俺にはピーマンを買う使命があるのだ。
まぁせめて、と罠を残していくから頑張ってくれ。
「っと、こんな事話してるうちにチャンスが無くなりかねないな。今度こそ、俺は行くよ」
「待って欲しいんだ。一つだけ聞かせて。言い方は悪いかもしれないけど、君は、凡人だよね」
ドシュッ! そんな音と共に俺のハートに何かが突き刺さる。
「初見の俺が見てもそうなんだ。それに、君は俺と似たような経験があるんじゃないかい?」
ドシュドシュ!! と、今度は二本同時に突き刺さる。
痛い。
「そう、落ちこぼれと呼ばれ、のし上がったら手のひらを返されるような――」
「ストップだ。それ以上口にするな」
俺のハートが穴だらけになってしまいます。
俺はのし上がってすらいないのに手のひら返されましたから。いや、意味的には同じか。落ちこぼれから優秀に、優秀(勘違い)から落ちこぼれに。手のひら返しされたのはおんなじだ。
だが、
「俺は、お前とは違うよ」
意味がな。お前の方がまだいいじゃないか。
俺なんて無理やり期待に応えさせられ、足りない魔力を補おうと技術を磨いたが報われず、何とか卒業して帰ったら追放だ。どこが俺と同じだコラ。
「確かに手のひらを返された経験はあるけれど、やっぱり違う」
「じゃあ、最後に一つだけ。君は、その人たちに何か思うところはないのかい。例えば、復讐、嫌悪感、とか」
残念ながらない。損失感はあっても、嫌悪感と復讐心はカケラも持っていないさ。
俺も自分で不思議だが、もう他人であるだけでどうでも良くなりかけている。まぁ、俺にはギルド長もいる、と言うのが大きいのかもしれない。
だから、
「ない。俺にはないよ。あー、お前はどうなんだよ。あのガバとかいうのに嫌悪感とか抱かないのか?」
「俺は、持ってるよ。あんなのが騎士でいいのかって、そう思う」
「でも騎士は辞めるんだろ? もう関係ない話じゃないか」
俺と故郷の様に、もう自分とは関係の無い話だ。
俺は帰り、追い出され、故郷はもう俺とはなんの関係も持たない。帰れない故郷などあるだけ無駄だ。思い出すたびに損失感が湧き出てくるから。
「そう、関係ないんだ。だが、それでも納得いかないならさ。けじめ? でもつけてくればいい。あのガバとか言うの叩きのめして総隊長にでも差し出せばいい」
「けじめかい?」
「そ、けじめだ。お前はまだけじめつけれるだろう?」
俺はどう? と聞かれれば無理と答える。
もう縁は切られたも同然だし、自分からけじめと言って切ることはできない。だからモヤモヤするものが残っているのだろうな。
「あー、もし、もしだぞ? けじめつけて、もう騎士団に未練が無くなったって言うんなら、明日中に『ハマの宿』ってとこに来いよ。俺の恩人がいるから、その後のことを相談できるかもしれない」
「なんで、そこまでしてくれるんだい? 一応、今日初めて会ったよね?」
「そだな。ただ、俺は見捨てられた奴、迷ってる奴をそのまま放置したくないんだよ。無論、俺にできる範囲でだけどな」
見捨てられるのは寂しいものだ。
俺はその痛みをよく知っている。二度と味わいたくないものだ。
「ホント、今度こそ行くから止めんなよ。次会うとしたらその宿でだ」
「あ、ちょっ!」
俺は言葉を紡ごうとしたコンルを無視し、木の影から飛び出し気配を最低限消して、ちゃくちゃくと簡易的な罠を仕掛けておいた。最大級の罠は土魔法の応用で作り出した小型の落とし沼。落とし穴の穴の代わりにそこを沼にしてみた。剣士がハマれば相当不利な状況に追い込まれるだろう。
「間違っても、お前が掛かるなよ?」
少し不安げに、俺はそう呟いて向こうから走ってくるガバに向かってを駆け抜けた。
「見つけだぞ有象無象!」
「流石にその言い方はあんまりだ。ちょっとキレるんだぞ俺だって」
ちょっとカチンときた俺は、らしくもないが少し見返してやろうなどと思いながら魔力の障壁を展開。まぁ数秒しかもたないが無いよりはマシだろう。
そして俺は魔力を圧縮し手のひらに。おきまりの猫だましを発動させる。ただし、今回は砂入りだ。
「むぅ!? めくらましか、小賢しい!!」
ガバは片手で顔を庇うが、警戒は解いていない。流石は騎士団長と言ったところか。
そして俺はその間に再び魔力を、先程以上に圧縮する。内包させる魔力は下級の魔法ほ軽く超える。
「これで俺の魔力は空。まぁなんだ? そこらの有象無象に傷つけられる屈辱味わってみろよ」
俺の声から場所を特定しようとするが、砂に混じった魔力と風が声を反響させ、流し、見当違いの方向にガバを向かせる。
そして俺は、圧縮した魔力を放ち、直接当たる前で爆発させた。
「ぬぉぉぉぉぉ!?」
爆風に巻き込まれたガバは、軽く吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。少し進むと止まるが、あちこち擦り傷だらけだし、鎧はへこんでいるし髪が一部燃えてしまっている。
流石にアレを直接当てると簡単に死んでしまうので当たる前に爆発させた。それに、殺す気でアレを放ってしまうとガバが全力で回避しそうだったと言うのもある。早々放てるようなものでもないから、一発で上手くやりたかったのだ。
「俺も限界だし、今のうちに逃げさせてもらう。んじゃぁな」
俺は痛みに悶えているガバを放置し、走り出す。
実を言うともう余裕がない。魔力は少ないし、精神的にも疲れきっている。一応、『逃げる』と公言し、追いかけてきた時用の罠を仕掛けた道から逃走を図ってはいる。余裕に見えてもう戦闘継続は困難だ。
これに掛かってくれればもう安心なのだが、ガバは顔を真っ赤にしたまま俺を睨んでくるだけだ。もう大分距離も離れたし、追いかけることを諦めたのだろうか。
「ま、どうであれ助かった事に変わりはないか」
そのまま止まることなく林を駆け抜けた。
元騎士、コンルはアウェルの走っていった方向を見続けていた。
既に彼の姿は無く、何処にいるかは分からないが、彼の言葉だけは耳に残っている。
「けじめ、か。そう、けじめだよ」
何か足りなかったものが見つかった気がした。
ただ辞める、その辞表を出しただけではどうもハッキリとしなかった。辞表を出す他に、なにかやることがあるんじゃないかとそう思っていた。
足りなかった事、やるべき事、それはけじめをつけること。
辞めるに当たり、自分のするべき事が明瞭になる。
「あの、騎士崩れを潰す」
確かに自分の怨念も混ざったけじめかも知れないが、それでもいい。
長い間お世話になった騎士団の膿みを取り除くことが出来るし一石二鳥じゃないだろうか。
よし、やろう。
そのタイミングで、罠にかかったガバの声が。
「う、うおっ! なんだこの草は!」
木から少し身を乗り出し確認すると、ガバの上には大量の草木が降り注いでいた。
足元には細い糸が絡みついた小枝があることから、あの小枝をスイッチとし降り注ぐ目くらましの罠なのだろう。
コンルはチャンスと思い、一直線にガバに向かって剣を振り下ろす。
もうすでに、コンルの中からは騎士道という鎖は消えている。
「ぬ!? コンル、貴様! あの男の罠に便乗するか!」
そうやらガバは既にアウェルに巻かれたらしい。よく見ると所々鎧がへこみ破け擦り傷が見える。
「逃げ切ったんだ、彼」
「ああ、逃げられた、余りに小癪で腹が立つ!! こうなってはどうしようもない。お前を殺し、なすりつける!」
なにを、と聞かずとも分かっている。
きっと不祥事の責任をなすりつける気なのだ。死んだコンルに対して。死者に口無し。
もう、コンルを止めるものはない。
アウェルの言葉でやるべき事を見つけ、鎖を解いたコンルには騎士道というルールはない。
剣を振るう。それをガバは受け止める、が、
「脇が空いてるよ!」
隙の多い脇に対し蹴りを入れる。
よろけるガバに対し追い打ちをかける。足の指先を踏み動きを封じ、追加の斬撃。
しかしそれはガバの咄嗟の防御に弾かれる。
(流石、腐っても団長クラス)
ガバは防いだ剣ごと大振りし、コンルの剣を巻き込んで吹き飛ばす。
力ではガバには勝てないコンルは、耐えきれるわけもなく剣を手放してしまう。
銅ががら空きのガバだが、コンルには一撃で仕留められる武器はない。幾ら鎧でなくとも、騎士団服は拳程度の一撃耐えきってみせる。
(くそ、いい気になりすぎたね)
漸く見つけて目標に、浮き足立っていたのか狙いが、考えが甘くなっていたと今更ながら自覚するコンル。
あの時、足の指を踏んで動きを封じたときは剣で斬るのではなく、一度足の指を離してやれば良かったのだ。そうすれば後ろに動こうとし止められ、バランスを崩しているガバを更によろけさせることが出来たはず。
少なくとも、剣を支えにして立ち直ろうとする位には。
「残念だったな、コンル!!」
ガバが剣を定位置に戻し、そのまま剣を突き出す。
足を一歩後ろに構え、力を貯めているのが分かる。
あれは剣無しでは防げない一撃だ。受け流してようやくダメージを無効化できる、そんな攻撃なのだ。
コンルは目を閉じようとする。せめて、あのガバに殺される自分を見ないように。
「ふはははは! 無様に死ねコンルぅっぅぅぅぅぅ!?」
突如、ガバの叫びの後半部分の音程がおかしくなった事に気づくコンル。
一体何事、とつい目を開くとそこには、
「おおうおおうおおおおおおおお!?!? これもあの有象無象か! お、おお? おおおおお!?」
両足が地面に埋まり、前後に揺れ今にも倒れそうなガバがいた。
「…………へ?」
つい間抜けな声を出してしまうが仕方ないと自己完結する。
何せ、ほんの少し前まで優勢だったガバが惨めにも唸りながら倒れないように体を揺らしているのだから。よく見ると、ガバの足首は完全に地面に埋まっているものの、前後左右に足は動くらしい。
それは沼だった。抜けはしないものの、アナログスティックの様に動かすことはできる。
ただし、一度地面に手をつけば、両足と同じ運命か、最悪顔ごとズブリと沈んでしまうだろう。
アウェルの仕掛けた罠は、予想以上の効果を生み出していた。
こうしてあっけなく決着はつき、ガバはコンルに拘束され騎士団総隊長の所に連行。処罰された。聞いた限りだと、騎士団大隊の団長と言うことで強引に関係を迫っただの暴行を働いただの不正が浮かび上がりまくったとか。
ガバを差し出したその後、すぐにコンルは騎士団を完全に抜け、とある宿に足を運ぶ。
そこで待っていたのは二人の旅人。
「ん? やっぱり来たのか。確かコンルだったよな。今更だけど俺はアウェル、まぁ、よろしく」
「ほう、これがあの時の元騎士か。面白そうではあるな?」
「コンル・ウェイスです。えー、あの節はお世話になりました。申し訳ないんだけど、もう少しお世話になってもいいかな?」
「俺は気にしない。むしろスケープゴートかもん」
「私も許可しよう。なに、お前たちをあの訓練所に送り込めば楽しいイベントが増えそうじゃないか」
これが、コンル・ウェイスとの出会いだった。