第一話 試験前日
さて、では自己紹介から始めよう。俺の名前はアウェル、年齢は十九でギルド裏の訓練場で教官として働いている。
そんな俺だが、実は転生者であり、唯の落ちこぼれだ。
一応有名な魔法学校に通ってはいたのだが、魔力総量の少なさと剣技の才能の無さから一年と経たずに底辺に到着。二年目には剣技では後輩にすら勝てなくなった。
期待されつつも送り出された学校での評価諸々はその内家族にも伝わり、落胆の色を見せられた上に何とか卒業後は完全に締め出されてしまった。
しかも、だ。俺はもう少し低いランクの学校に行こうとしてたのに何時の間にか書状がすり替えられ数段上の学校に強制的に通わされたのだ。これは後に両親の仕業だと分かる。
それに加え、下手に受かってしまったのが不味かった。
この学校の試験はペーパーテストだったのだ。これでも俺は大学受験直前の日本人学生だったため、どうにかできてしまった。
そして入学してからが最悪だ。あっと言う間に皆と差をつけられ置いてけぼり。剣技もダメ。こうなると孤立するのは早かった。はは、涙がでるね。
俺が卒業できたのは、正直言って先生方の温情とペーパーテストだけは良かったからで、どちらか一つ欠けていれば今も学生として学校に通っていただろう。
さて、その俺は家を追い出され住むところもなくさ迷っていたら、何故かギルド裏の訓練所からスカウトを受けてこうして働いているわけだ。
まぁその過程にも色々とあったのだが今は割愛させてもらおう。
「さて、と。これから第156回、ギルド認定試験訓練生の最終訓練を始める」
「「「よろしくお願いします!!」」」
「明日は待ちに待ったギルド試験が行われる日だ。此処にいる者達の殆どが二度目の挑戦になると思う。恐らく、その者達は試験に受かった者達より劣っている、そう考えるものもいるだろう」
訓練生達はなにを言うこともなく、ただ俺の言葉を聞いている。
「確かにそうだ。君たちは劣っていた。剣技、魔力、技術、総合的に劣っていたのだ」
俺は教練本の通りに言葉を組み立て、アドリブを組み込ませつつ続ける。
ここから先、今は昔の事は忘れろ、か、しかしそれは昔の話かのどちらかを言葉にしようと思う。
「……しかし、それは以前の話だ。過去の話だ。今は違う、今の君たちは劣ってなどいない。剣技は才能と努力、魔力は才能、しかし技術は才能よりも努力だ。君たちは地面に跪き、風にさらされ、雨に打たれ、そんな日々を乗り越えてきた」
俺は後者を選んだ。……俺は前者を選んでも言えることが少ないからな。
「そうして学んだ技術がある。そしてなにより、折れなかった心がある。……潰せ。君たちを見下してきた愚か者を。今もなお見下し馬鹿にする愚か者がいるならば、潰せ! この訓練で学んだ全てを使いねじ伏せろ!」
まぁ俺はそんな勇気なかったけどな。何せ俺の出身は地球、それも日本にいてここまで物騒なことを体験する機会は実に少ない。それこそ自衛隊にでも居ない限りは。
そんな平和なところで、そんなやり返すなんて勇気を持つ出来事なんて……。
「君たちに伝えた物、無駄にはするな。コンルからは剣技、ネルからは魔法、ダネンの爺さんからは実戦体験、そして俺は総合技術。コンルは騎士団副隊長まで努力のみで登りつめた男だ。ネルは才能を持ちつつも、持たぬ者のことを一心に考える珍しい魔法使いだ。二人は各々、才能という色眼鏡を捨て基礎の基礎を叩き込んでくれたはずだ」
事実、コンルという俺と同い年の青年は才能はなかったが実戦と訓練をひたすら続け登りつめた男だ。
今は見下してきた奴らの手のひら返しを見て嫌になり辞め、ここで働いている。
そしてネル。俺より一つ二つ下の彼女は魔法使いの中でもトップクラスの才能と実力を持ちつつも、何故か才能のない者へ、後悔を内面に滲ませつつ気を配る変わった人物だ。
「そしてダネンの爺さん。あれは常に仏頂面で不機嫌そうな顔をしているが、君たちが帰ったあとは酒を飲みながら君たちの自慢をする唯の恥ずかしがり屋だ。君たちを全力でしごき、実践でも生き延びられるようその為の知識を叩き込んでくれたはずだ。それはいずれ、ここから出てその先で役に立つ。君たちがギルド試験に受かったその先を考えてくれている……無駄にするなよ?」
ギロリと視線を感じたが、気付かなかったことにする。
ああ、今日は奢らされそうな気がするな。
「最後に俺だが――――――――、言うことはない」
事実、俺が伝えたのは学校でも習う事柄だけだ。それこそ剣技、魔術、実戦の本当の基礎。剣でいうなら握り方程度のことしか教えていない。
もうほんと、言えることがないのだ。
「いや、訂正だ。一つだけある。……何時でも来るといい」
訓練生たちは首を傾げているが続ける。
「この先、試験に受かろうと、受からなかろうと、何時でも来い。受からなかったなら、見捨てずもう一度基礎から叩き込んでやる。受かったなら……そうだな、俺達教官全員で飯でも奢ってやる」
視線が二つ増えた、が、気にしない。
スルースキルだけなら他随を許さんぞ、俺は。
「本当なら訓練の最後に言うべき事だったが、俺はこの後ギルドに呼ばれていて参加できない。だから今、言わせてもらった。……さて、少し長くなってしまったから締めるとしようか」
何故かギルド長に呼ばれていてな。
あの年齢詐称の女はなにを考えているのやら。
「全力を尽くしてこい。その折れなかった心を、存分に見せつけろ。たたき出されても、地面に這い蹲らせられようとも……這い上がれ。なに、心配することはない。既にここが底辺なんだ、落ちることなんてない。君たちが目指すは上だけだ」
そうさ、落ちることなんてない。下がないんだから。
気を楽にして進めばいい。道は片道。動けないのか、進むのか。間違っても後ろに下がるなんて、ない。
「目に物を見せてやれ! 俺たちはここまで来たぞと、余裕面の愚か者共の横っ面に叩きつけてやれ! ……少しだけ時間を貰うぞ」
俺はそう言って、只の魔力球を掌に作り上げる。そして更に、もう片方の手にもう一つ。
「これは君たちも習得した、少しの魔力を圧縮して作り出した唯の魔力球だ。しかし、だからと言って舐めてはいけない。これを両手を合わせるようにぶつける瞬間、圧縮を解放すると――――――――」
掌を打ち合わせ、圧縮を解除。すると制御を失った魔力は突風となり、パァン! と掌を打ち合わせた音を風にのせ広めていく。
「と、このように。相手を怯ませることが出来る。ちなみに、これに土魔法を加え砂を混ぜると軽い砂嵐モドキの完成だ。相手を怯ませ、視覚を潰す。……卑怯? 吐かせ、実戦はそんなに甘くない。君たちなら分かるだろう? 死にたくなければなんでも使え、ただし、仲間だけは利用するなよ?」
最後に少し冗談を混ぜ、
「これが俺からの今日最後の餞別だ。……胸を張って行ってこい。以上だ」
そう最後に締める。これで俺の業務終了。
こういうのは貫禄あるダネンの爺さんの方がいいと思う。
まぁ何故か他三人一致で俺を指名してくるのだから仕方ないのか?
「アウェル教官、今日までご指導―――ありがとうございました!!」
「「「ありがとうございました!!」」」
「………………………………」
これ、が、背中がむず痒くてキツイ!
嬉しいのだが、後ろめたいような恥ずかしいようなこの感じ!
俺はソレを隠すように、訓練生を軽く一瞥してからギルドへと向かった。