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第十六話 夕食時に





 訓練所に戻ってきた。

 倒れ気絶していた訓練生たちはコンルとダネンの爺さんが運び、室内訓練所(ホール)に寝かせてある。


「まぁ、こんなものだろ」


 俺は生徒たちを並べた後、適当に毛布をかけておく。

 他の意識のある生徒―――――俺たちの撃破した生徒は苦笑いしながらそれを眺める。


「みろ、生徒たちがお前ら相手にしなくて良かったと笑っているぞ?」


「いや、ごめんなさい。反省してるからそれ以上抉らないで欲しいな」


 ダネンの爺さんはそそくさと立ち去っていったのでもうこの場にはいない。

 故に、俺が嫌味を告げるのはコンルしかいないと言うわけだ。


「ま、これくらいにしておこう。俺が本気で怒っていれば、お前の婚約者の方に連絡がいっていたぞ?」


「は、ははは。でも、俺が熱中するほど彼は才能があったよ」


 冷や汗を垂らしながらそんな事を言うコンル。


「一応聞くが、それは剣? 魔法?」


「はっきり言って剣だね。魔法はまぁ、スジは普通よりはいいけれどそこで終わり。ただ、剣に切り替えた時の彼は凄かったよ」


 確かに資料ではそう記載されていたのだが、実際にどうだったのか戦った者から聞いてみたかった。

 そしてその戦った者の答えが、資料と一致することに安堵する。


 偶にな、嘘の資料よこして混乱(カオス)呼び込む阿保な貴族がいるんだよ。

 

「それで、どうしようかアウェル。キースとレイウの教導の分担」


 そうだなそれは問題だ。

 流石に俺一人で貴族二人見るなんて出来ない。良いとこ一人。いやまぁ一人たりとも遠慮願いたいのだがな。


「取り敢えず、本人たちの驕り―――――もとい、有頂天になってる貴族の鼻はへし折れた訳だし、本人に決めさせるのもありかと思う」


「あー、そうだね。意外とレイウはアウェルに熱烈な視線向けてるし」


「そっちこそ。キースがお前の後ろ姿に見とれてるぞ?」


 コンルと二人で、はぁとため息をつきながらこっそりと背中に突き刺さる視線を辿る。

 そこには言わずもがな貴族様が。一人はレイウ、一人はキースである。


「……アレだな、折る方向間違えたな俺」


「俺もみたいだね。こう、ラインほどちょろくないってことだよね」


「それ、ラインが聞いたら泣くから心のうちに秘めとけよ?」


 軽く冗談を交わしながら、冗談の中の事実に目を向ける。

 事実―――――何か狙われてる。


 俺はレイウに、コンルはキースに。

 あの貴族二人、逆襲に燃えている。


「なんでこうなった。確かに驕りが消えたのは良し、だが、このプレッシャーは?」


「凄い闘気だよね―――――今に見てろって顔に書いてある」


 それ程までに、彼女らは俺たちを狙っている。

 恐らく、俺の予定では後ろに折れて素直になると思っていたところ―――――逆に折れた。前へ、折れてしまった。



 すなわち下克上精神。

 前向きに授業を受け、隙あらばと虎視眈々と俺たちを狙う貴族二人……簡単に想像出来てしまう。


「……明日次第、だな」


「そう、だね」


 乾いた笑みを浮かべ、後の事を宿直であるコンルに託し俺は一足先に訓練所をでる。

 途中、コンルに視線で訴えられたがお前の仕事だと視線で返しておいた。……どうせ婚約者がきたらイチャイチャし始めるだろうが。羨ましくなんてありませんよ?


 訓練所の敷地を出て、町通りに向かう。

 この街は半径五キロとある都市であり、王都の最も近い街だ。人口は分からないが、俺の故郷とは比べるまでもない。


「いらっしゃい! この肉はうまいよ! 肉汁たっぷりだよ!!」


「人参玉ねぎ大根キャベツ! なんでもござれ! どれも新鮮、買ってけ買ってけ!」


 ワイワイと商売をする人々が視界に入る。

 同時に漂ういい匂い。恐らくは肉。


「そう言えば、昼飯も食っていなかったな」


 忙しかったから仕方がない。

 しかし時間は夕暮れ、大分腹も減っている。

 さて、買い食いでもするか否か。


「先輩? 何をしているんですか?」


 残り少ない財産を使用するかどうか考えていると、透き通る様な声が聞こえてくる。

 それは、今日の模擬戦でもお世話になった頼れる冷静沈着な後輩の声。俺は声のした方へと振り向く。


「ネルか。どうした、こんなところで」


「質問を質問で返さない、ですよ? では、改めて……何をしているんですか?」


「はは、悪い。癖のようなものだ。……って尚更悪いか。っと、質問の答えだが―――腹がすいたなと思っていたところだ」


「そうでしたか。あ、それと―――――スイッチ、まだ少し入りっぱなしですよ?」


 後半のネルの言葉でハッと気づく。

 そう言えば、まだ軽く教官スイッチが入っている気がする。


 ちなみに教官スイッチとは、平々凡々な俺が生徒たちに接する際円滑に事を進める為の切り替えスイッチのことである。

 簡単に言えば、硬い口調。


「あー悪い。さっきまで訓練所にいたから抜けきってなかった」


 即座にOFFにしてからネルに話かける。

 何故かは知らないが、ネルは訓練所以外ではスイッチをOFFにしてから話す事を推奨してくる。先程のもその一環だろう。


「さて、じゃあ次は俺の質問な」


「こんなところでどうした、ですか。今私は、夕食の準備の為に買出しに来ていました。少し野菜が足りなかったので」


「成程な。いや、すまん。時間を取らせたな」


 こういう時は、紳士的であれ、とギルド長に教えられている。

 例えあちらから声をかけてきたとしても、だ。現に、この教訓はとても役に立っている。ギルド長サマサマだ。

 そんな俺に対してネルは、


「いえ、私こそすみません。……先輩、お腹空いているんですよね?」


「ああ、だからすぐに帰って夕食にする。買い食いなんてしてる場合じゃないな」


 俺はぐぅーと鳴りそうな自分の腹に苦笑し、ネルにまた明日と伝える。


「それじゃ、また明日な。多分、明日には担当が決まるぞ……貴族の」


「そ、そうですか。……当たらないことを祈ります。って、あの、先輩」


 踵を返し家路に着こうとしてところ、少し動揺? したようなネルに引き止められる。

 その表情は何か迷っているようにも見え、更にその奥には……戸惑い?




 随分と似たような感情を保持しているものだ。

 実際には違うものだが、ある意味一つに繋がる二つの感情。



 さて、ここは俺から声をかけるべきか?

 判断に迷う。間違えると悲惨な未来が待っているぞ、と俺のスキルが告げている。あえてなんのスキルかは言わないが。無論、使ってもいないのだけど。


 そう、僅か数秒逡巡していると何時の間にかネルは立ち直り、何時もの眼差しで此方をみている。


「先輩、お腹空いてるんですよね?」


「ああ、結構空いてる。えーと、それがどうか―――――「うちに来ませんか?」―――って、ん?」


「だから、うちに来ませんか? 丁度私も夕食にしようと思ってましたし……」


「いや、悪くないか? どうせ、ギルド長のところに行けば適当に何か作ってもらえるし気を遣ってもらわなくとも……」


「ほう、ギルド長ですか……」


 ゾワリ、と背中を冷気が這う。あれ? 俺間違えた?

 何だか周囲の温度が下がってきたように思える。ついでに目も据わってきた。


「うふふ、いえ、まさか生活のこんなところまで侵食しているだなんて。油断なりませんね、ギルド長。やはり貴方が最大の敵でしょうか」


「あー、ネルウィルさんネルウィルさん? 如何いたしましたか?」


「兎に角先輩、行きましょうか。夕食をご馳走します」


 ガシッと掴まれる腕。その後聞こえてくる音はミシミシッ! だ。

 多分強化魔法かけてるこの娘。




 俺は特に抵抗することなく、ネルに引きづられることを選んだ。

 だが……夕食をご馳走してくれるというのに、ドナドナが聞こえてくるのはなんでだろうな?




ちょいと修正です。

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