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第十四話 ギルド長









 ギルド長は先程まで見ていたコンルたちの様子を見ることを止め、戦闘の始まったらしいアウェルたちの方へと視線を向ける。

 ちなみに、今ギルド長がいる場所は寝起きそのままの寝室だ。

 ギルド長は、部屋から出ることなく模擬戦の様子を見ていたのだ。



 スキル『ドッペルゲンガー』

 その能力は、自分の分身を作り出し五感を選んでリンクさせる事ができると言うもの。そして更に付け加えれば、その分身は姿を消す事が出来る。

 本人は椅子に座ったまま仕事をし、分身を放ち姿を消し情報収集をすることだって出来る。

 アリバイも作れ、隠密にも優れた特別なスキル。

 ギルド長がギルド長になるのに大いに役立ってくれたものだ。


「さて……此方はどうなっているかな?」


 アウェルに向けていた分身と視覚、聴覚をリンクさせる。

 そして浮かび上がってくる戦闘の様子。



 ファウストとハーレが、ワザと見つかるような場所に隠れたアウェルの方向へと歩いていく。

 そして案の定、アウェルの策にハマリ身動きが取れなくなるファウスト。


(まぁ、これも実戦経験があれば分かるものだがな)


 一般的な罠。Bランクの熟練者たちならば掛かりはしない。


(やはり天才と言えど素人。ファウスト、どう動く?)


 しかし、動いたのはファウストではなく、気弱な少年ハーレだった。

 ハーレは咄嗟にファウストを庇い、飛んでくる冷気の弾丸を身に浴びる。

 これでハーレは脱落、ファウストは……半々か、と独自に判断する。

 砂煙が治まり、地に伏したハーレとファウストの姿が見えてくる。が、ハーレは実に満足そうに伸びていた。


「……これはアウェルに目を付けられたな」


 アウェルの心理を理解しているギルド長は、恐らくそうなるだろうと確信していた。

 拾ってからまだ一年。だが、彼女は思いの外彼を理解できていた。



 そして、ファウストは何とか立ち上がり移動を始める。

 その目は、最初の傲慢さが少し抜けている。

 だが、それでも甘い。その傲慢さに、必ずアウェルは狙いをつける。


 ―――――っ! またッ!?


 驚愕の声が聞こえ、意識をファウストに戻すと、


「あれは……小型の落とし穴か。それも、親切に逆円錐型か……」


 簡単に言えば、蟻地獄の様な形。

 足を一度踏み入れれば、内側に流され、最悪流される際に足をくじくこともある。


「また、えげつない事を……」


 次に起きた光景を見て、ギルド長は呆れた声を出す。

 なんせ、動けないファウストに大量の冷気の弾丸を撃ち込むのだから。


 しかしそれを見たレイウは、焦ることなく魔力を放出し一瞬で冷気の弾丸を消滅させる。

 その光景に、アウェルは軽く涙目だった。


「はははっ! 才能の差を見せつけられたか。いや、ある意味効果的だよファウスト」


 圧倒的な才能を見せつける、これはアウェルにはとても効果的なもの。

 アウェルは自分の才能の無さを、諦めている節があるにはあるが、その裏では常に羨望している。


「まぁ、無理もない話だがな」


 ふと、唐突にある日の出来事が脳裏に浮かび上がる。

 そう、それはアウェルと初めて出会った日の事だ。









 アテリアル魔法学園の卒業式を見に行った日の事だ。

 偶然そこの理事長が知り合いだったため、その卒業式に呼ばれていた。

 正直面倒だったが、ギルド長になりたてだったし、相手の免目もあるし仕方ないと街を出て二日程あるこのアテリアルへとやって来た。


「おお、よく来てくれたのぅ」


「断っても良かったのだがな。……それで? 手紙に書いてあった面白い者とはなんだ?」


 私をここへと来させた止めの一文。

 そこには、面白い卒業者がいると書かれていたのだ。


「お前が面白い、と評価するなんて珍しい。だから私は興味惹かれてここまで来たのだから」


 すると理事長は少し笑い、


「そうだな。だが、ガッカリするかも知れん」


「先ずは見てからだ。取り敢えず……何処にいる?」


「そろそろ出てくる頃じゃ」


 同時に、ざわざわと証書を持って出てくる卒業生たちが姿を現す。


「ん、アレは今年の主席だった者じゃ。凄かろう? あの身に纏う魔力の量は」


「ああ、確かにな。だが、私はあれ以上と接してきているわけだ。特に感動などしない」


「むぅ、ではアレはどうじゃ? 学年三位。使える魔法の種類だけなら学園一じゃぞ?」


「先程も言った。あれ以上、Sランクには『千変万化』だっている」


「じゃが、学生じゃぞ?」


「もう学生じゃないだろう。……それで、まさか手紙に書かれていた面白い者とはアレらの事か?」


 だとすれば残念でならない。

 確かに数少ないエリートなのだろうが、それは私にとって面白い存在とは受け取ることができない。

 私からしてみれば、才能はないくせに立派に足掻く存在。それこそ面白く、有意義なものだと考えられる。


「いや、それは違うんじゃよ。ワシらにしてみれば大したことはないが……恐らくお前さんの好みじゃと思うてな」


「ほう、私の好みを語るか……ロリコンめ」


「ワシはもっとメリハリある女子の方が好みじゃわい」


 はん、と鼻を鳴らす理事長に軽く殺意を覚えながら再び卒業生たちを見つめる。

 それらは必ず、仲の良かったグループで別れており一人という状態はない。


「そろそろ来ると思うんじゃが……どうしたものか」


 理事長が卒業生たちを見ながら呟く。

 どうも、理事長の言う面白い者は学園から出てこないらしい。


 それから少しして、人がまばらになってきた時―――――


「―――――ん? あれは……」


 一人の少年が目に入った。

 卒業証書を手にしているものの、何か浮かない表情をしている。

 そして更に、


「…なんだ、ちっとも魔力を感じない?」


 有り得ない特色。

 この学園の生徒は少なからず通常の魔法使いよりも魔力が多い。

 それは見ればわかるほどの違いなのだ。

 だが、あの浮かない表情の少年は違う。根っから魔力を殆ど感じない。


「隠している訳でもなく、純粋に魔力が低い?」


「気づいたか。そう、彼じゃよ。君が気に入りそうな面白い者とは」


 理事長も気づいたのか、少年を凝視している。


「やはり、少ないのぅ」


「……それは魔力が? それとも向上心の事を言っているのか?」


「両方じゃよ。彼も一時期は上を目指そう、せめて追いすがろうとしてきたんじゃがな……いつからか諦めてしもうた」


「……諦めた、ね」


 自然とその少年の背を視線で追う。

 ちっぽけな魔力量と、普通の体躯。

 何処にでもいる一般人の様に見える。が、彼はその身でこの学園に入ったと言うことか?


「……なぁ理事長」


「む、なんじゃ?」


「あの少年、何処か特筆したものとかはないのか?」


「いや、魔力普通、剣技普通、まぁ学力、それもペーパーだけならば学年十位には入るかの」


「……そこまで大したことはないな」


「じゃろう。でも、彼はここから卒業(・・)して見せたぞい?」


「それはつまり、温情をかけた訳ではないと言うことか?」


「当たり前じゃろう。ここはアテリアル魔導学園じゃ、温情ごときで卒業はできん」


 理事長はそう言いながら、顎に生えた長い白ひげを撫でる。

 ……これを見ると毎度無性に引きちぎりたくなるのは私だけだろうか。


「……分かった分かった、話してやろう。……ここだけの話じゃぞ?」


 どうやら、私が髭を見つめていたのは話の催促の為、と取られたらしい。

 実に都合がいいのでそのまま勝手に喋らせる。


「正直言えば、彼はこの学校のカリキュラムに合っていなかっただけなんじゃよ。確かに彼は魔法を大して使えんし、剣技もあまりよろしくない。……だが、魔法の技術だけは素晴らしいものがあった」


「……ほう?」


「彼は見ての通り、魔力が多くないため連続して魔法を使えない。だから、そんな自分でも使えるように工夫し始めたのじゃよ」


 私は静かに理事長の話を聞く。


「言ってしまえば、必ず100魔力を使わなければならないものを、50で再現してみせた。まぁ、ワシも直接見ていた訳ではないから分からんが、教員の話ではそれを題材にずっと図書室に篭っていたらしい」


「……………………………………」


「そして作り上げたはいいが、翌年の上級魔法の辺りからはてんで上手くいかんでの。結果、ああやって向上心を失ってしもうた。じゃが、その技術から卒業レポートも作り上げられ基準を満たし卒業したのじゃ」


 二度も挫折し、折れてしまうとは悲しいことじゃ、そう言って理事長は少年から目を逸らした。

 だが、私にはそうは見えなかった。


 確かに浮かれない顔をしているが、その奥ではこれからの事をどうするかと考えているように見える。 

 自分の限界を知りつつも、出来ることを探しているように見えたのだ。




 ―――アレは折れていない。ただ、今を妥協しているだけだ。



 今の自分で出来ることを探している。

 確かに向上心はすり減っているかもしれないが、けっして折れ切ってはいない。


「ああ、実に面白い奴だ。……理事長、アレの就職先やらは決まっているのか?」


「いや、決まっておらなんだ。取り敢えず帰郷し、冒険者にでもなってチマチマ生きてくとか言っていたらしいぞい」


「なぁ、それはあれだろう? 候補がないから妥協しているのだろう?」


「そうじゃな。そんな感じじゃろう」


 なら、候補を与えてやろうじゃないか。

 その妥協を一度だけ取り払ってやる。



 ただし、一度だけだ。その後はその妥協すればいいと言う考え、私が叩き直してやろう。

 妥協なぞ選べず、必死に足掻けるように。



「感謝しろ、私はお前を気に入った。だが、甘えさせてなどやらん」



 隣では理事長が災難じゃのうと呟いているが軽く無視する。

 久々に面白い者が見れそうだ。実に気分がいい。






 そして数日後、私は初めてアウェルを接触した――――――――








「――――――――っと、どうやら戦況に変化があったらしいな」


 ギルド長は回想に思いをなす事をやめ、アウェルたちの戦闘に集中する。

 その視線の先には、アウェルに向けて放たれる炎の矢と、大量の炎弾が写っていた。






 炎の矢と大量の炎弾が迫る中、ギルド長はアウェルの目がどこか遠くを見ていることに気づく。


「……成程、似たような経験を思い出しているところか」


 だが、ファウストの方は侮辱されていると勘違いしたのか顔にバッテンを浮かび上がらせている。

 そして全ての魔法がアウェルの付近一帯に直撃すると言う時、アウェルの動きが変わる。

 それは一瞬。



 ピクリと動き、次の瞬間には思いっきりしゃがみこみ、着弾の寸前で大きく後ろに跳躍する。

 そして魔法は着弾し、爆炎と暴風を呼び起こす。

 その暴風に、アウェルは乗った。

 

「やはり、『脱兎のごとく』を使ったか」


 『脱兎のごとく』、それはアウェルの命綱。

 逃げると心に決めた瞬間発動し、逃走本能を刺激し第六感を強化。

 同時に身体能力も強化される逃げに特化した能力。



 アウェルはあの瞬間、そのスキルを使った跳んだだけ。

 そして着弾時の砂煙と風に乗り大きく後ろへ流される。ただそれだけの行動だった。


「あの顔、相当焦ってたな?」


 スタッと着地したアウェルの表情は、全く変わっていなかった。

 だが、ギルド長は理解していた。あれはただ、驚愕からくる表情の硬直だと。



 そしてネルウィルと合流するアウェル。

 見るとすでに、ネルウィルが魔法を使いファウストの気力と体力を奪っているところだった。


「なんだ、もう勝敗が決したか」


 もうアウェルたちの勝ちが決まったようなもの。

 これではつまらない、そう呟いてギルド長は『ドッペルゲンガー』をあっけなく解く。


「……さて、現実逃避もやめて仕事にかかるか」


 ギルド長は、何も見ていなかったかのように書類へのサインを始めた。





 残念ながら、ネルウィルがファウストをフルボッコにする光景を見ることなく。








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