第九話 二十歳前にして胃が痛い
結論から言おう…………助かったと。
今ではもう、先程の空気が嘘だったかのように明るくなっている。
「それで、先輩。ギルド長とはただの上司と部下、でしたよね?」
「ああ、嘘偽りなくな。……ちなみにもう五回目なんだが?」
そう、あの後のネルの質問は、
『ギルド長とはどのような関係なんですか?』
である。
それに対しての俺の答え。
『上司と部下だ。まぁ、雇ってもらった恩義はあるが…………色々と台無しでな』
どうも、この答えが正解だったらしくネルの機嫌が元に戻った。
それと同時に、部屋に戻り席につく男二人。
アイツら、大事な人に合いに行くんじゃなかったのかねぇ……俺を置いて。
「あ、すみません。つい……」
そう言って照れくさそうに笑い帰っていくネル。
…………いや、え? 今ネル笑ってたよ?
言っておくが、ネルは真面目さんだ。故に、ああいうふうに笑う事は珍しい。
……逆に言えば、今は笑っているが、答えを失敗していたら真逆の結果になるわけで…………。
(凍結で…………済んだのかな?)
なんて思ったりもする。
「……ま、取り敢えず一件落着で。資料に目を通さないとな」
俺は手元に資料を手繰り寄せ、今回の入学者の情報を閲覧する。
今回の人数は――――――――三十六?
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「え、……は?」
もう一度見直す。だが、数字は変わらず。
前回は十四人。試験を受けた総合人数はそれを入れて二十二人。
引けば最大八人の不合格者がいる。そう八人。
「八人前後なら分かるが…………四倍近くだと?」
有り得ない。
俺たち教官陣は四名。
コンルは剣技、ネルは魔法、ダネンの爺さんは実戦訓練、俺、総合基礎。
結局はどれも一人で教えるわけで、その相手が三十六だと?
「一体、何があった?」
まさかこれ、分割しなきゃならんのでは?
この訓練所、基本的に午前午後に別れている。
午前、魔法、総合基礎。午後、剣技、実戦訓練。
つまり片方は休憩時間な訳だ。それがこの人数だと二、三分割くらいか?
A班十八人、B班十八人。
カリキュラム、A班は午前魔法、総合基礎。B班は午前、剣技、実戦訓練。
午後、A班は剣技、実戦訓練。B班、午後魔法、総合基礎。
イコール。俺たちの休憩時間は行方不明。
……ま、まぁ? 週三のお仕事ですし?
休みの日は沢山あるんだから…………大丈夫さ。
「それよりも、一度確認しておくべきか」
俺はギルド長室へと向かう。
「ああ、その件か。実は落ちた者だけでなく、部外からも来ている。元々、そこは訓練所でギルド試験を受けるなら誰でも利用可能ではあるんだ。まぁ期限はあるがな。当然、次のギルド試験までだ」
「それは無論、今まで通り……ですよね?」
「ああ、そうだ。実質三日だけだ。しかし―――――その三日は大変だぞ?」
「大変……ですか。……まぁ人数も人数ですしね。それよりも、何で今回はこんなに?」
「理由は思い当たらないのか? そう、最近の卒業生の功績……とかな?」
それつまり、俺たちが全員無事合格させてしまったが故の結果だと?
いや、アイツらが卒業できたのは元よりスジがよかったからであって決して俺たちの御陰―――――というか少なくとも俺の御陰ではない。
「…………こうなると、結果は評判に直結しますね」
「ああそうだな。……アウェル、期待しているぞ?」
「ヤー。できる限り、何時も通りに頑張りますよ」
俺は内心ため息をつきながら、ギルド長室を後にした。
俺は教官室に戻り、他の三人に事情を告げる。
すると皆は苦笑し、俺の手渡した資料に目を通し始めた。
その間に俺は外へ移動。
「……さて、どうしたものかね」
まさかの教官増員! なんて嬉しいことはなさそうだし、俺たちで全員を見るしかないようだ。
それにしても、三十六人か。しかもその中には数名、貴族が入っている。
「貴族、か。まぁここに来た以上、んな肩書き捨てさせてもらうけどな」
それがこの訓練所に通う条件。
制約の書にもサインさせられるので不敬罪とかは問題ない。
だが、罪に問われずとも、訓練所をでたあと個人的に目を付けられるなんて事もある。
まぁ、俺も一度しかないけどな。
「今回は……ウェルストン家の次男に…………ファウスト家の長女ときたか」
どちらも有名な貴族だ。
ウェルストンは商業、ファウストは武芸や魔法。
数々の富豪商人を輩出するウェルストン、騎士団隊長格を排出するファウスト……気が重いな。
「……というか、ウェルストンの次男か。長男はすでに成人して商人として働いてるはずだが…………」
何故次男は武芸、というか冒険者を?
……ま、俺が深入りすることでもないか。
「んでもって、ファウストの長女か…………それこそ何故ここに来た」
貴族ならもっとこう…………Sランク冒険者とか雇えただろう。
殆どのSランクはその依頼受けてくれないだろうが、金にがめついのもいるからソイツならば可能なはず。
それがなして、ただのギルド裏訓練所にくるかな。
「ああ、考えるだけで…………胃が痛い」
その内、考えるのをやめた。