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星空のアリア  作者: SUN
2/2

かくれんぼ


――もういいかい……?




歳を取るのが物凄くゆっくりな少年


大切な人を失った苦しみは


いくつ時を越えても癒えることはない。


二度と還らないと分かっていても


待ち続けてしまう少年に


幼い日の幻の記憶が

  フラッシュバックする――



空を、暗い薄灰色の闇雲が覆っていく。


もうすぐひと雨来そうだ。それも、強いのが。


早くうちに帰らなきゃ


町外れの林檎の木の下で昼寝していた俺は起き上がり、びっくりして動きを止めた。


いつのまにか、目の前に人が立っていたのだ。


透き通るようなをした女の子が、微笑んでこちらを見ている。


まだ雨は降っていないというのに、ふしぎと女の子は全身ずぶ濡れで、長い髪の先からぽたぽたとしずくを滴らせていた。


………誰?


ああそうだ、知ってる。


この子は俺の、いちばん大切な女の子。

笑うとすっごい可愛いんだ。



ねえ、かくれんぼしようよ



女の子が言う。


俺は瞬きした。



俺と、お前で?



そう、わたしとあなたで



二人でかくれんぼなんかしたって、ぜんぜん面白くないやという言葉は、煙のように喉の奥で消えた。



いいよ、やろ。



頷く。


少女がかすかに笑ったように見えたが、なぜか表情は薄闇にぼやけてよく見えなかった。



じゃあ、あなたが最初に隠れて


わたしが鬼になるからね



うん、いいよ。でもお前、きっと俺を見つけられないよ。



自信満々に言う。


狭い町の隅々までを熟知していて、どこに深い茂みがあるのか、人目を避けることの出来る窪みがあるのか、頭に地図を書いたようによく知っているから。


林檎の木の幹に顔を伏せて、少女が数え始めた。


いーち、にーい


さーん、しーい


俺は走り出した。

走って、走って、町の東端にあるエニシダの茂みの中に、四つん這いになってごそごそと潜りこんだ。


ここならきっと、あの子もわからないはず。


この勝負、俺の勝ちだ。



勝利の予感に誇らしく包まれたその時、音のない稲妻が頭上で走った。


数秒後、堰を切ったように大粒の雨が降り始める。


雷鳴が轟く。


俺はうずくまって頭を抱えていた手を離し、茂みからそっと顔を出した。


とたんに激しい雨が頬を打ち、たちまち髪も肩もびしょびしょになる。


うわあ、と叫んで俺は再び茂みの中に引っ込んだ。


とうとう降り始めた。こんなに凄い雨じゃ、かくれんぼなんてもう出来ない。それに、家にも帰れない。


服を濡らして帰ったら母さんにこっぴどく叱られるし、もしも風邪でも引こうものなら、苦い薬をたくさん飲まされて、何日もベッドに寝かされる羽目になってしまう。


人も少ない、狭い町。楽しいことなんてなにもない


ベッドで寝こむより、外を走り回るほうがずっとましだ。


それに、あの女の子と遊ぶことが出来る。


そういえば、あの子はどこに行ったんだろう。


自分からかくれんぼの鬼になった、あの澄んだ目をした可愛い女の子。


俺はふと首を傾げた。



……あれ、あの子の名前、なんだったっけ。



雨は激しさを増し、水煙で視界が白くなった。雨の音以外何も聞こえなくなって、茂みの中にうずくまり続けた。


体や足は濡れていないのになぜか異様に寒い。尖ったエニシダの葉が、震える首や膝をちくちく刺す。


ちっとも鬼が探しに来ないのは、俺があんまり隠れるのがじょうずだからだ。


でも、もう帰りたい。

どんなにじょうずに隠れたって、かくれんぼは見つけてもらえなきゃ意味がない。


帰りたい。


帰りたい。


その時、俺の想いを合図にしたかのように、何かが始まった。


俺は不思議に思って瞬きした。


首をもたげ、降りしきる雨の向こうにまっすぐに目を向けると、それは目の前を残像のように横切った。


横殴りの雨の向こうに目を凝らした。


瞬間、自分の顔がみるみる恐怖に凍りつくのが分かる。


轟々と降りしきる雨の向こうで、真っ黒な影が哄笑を上げてうごめいている。


周りにあるもの、全てか


なぎ倒される。


引き裂かれる。


噛み砕かれる。


こんなに雨が降っているのに、巨大な竜巻のような炎が吹き上がり、木も家も川も、すべてを飲み込みつくして行く。

人が木切れのように燃えていく。


「あ、あ、ああ………」



だいじょうぶだよ



震えが止まらない


隣には、いつのまにかあの澄んだ目をした女の子が立っていた。


ぽた、ぽた。


ずぶ濡れの長い髪の先から、血のような水滴がしたたり落ちる。


大丈夫だよ。へいき

あなたはここに、かくれてなきゃいけないの


だって、鬼はわたしなんだから


少女の唇が薄く笑ったが、やはり顔は薄闇に覆われて見えなかった。



じゃあ、今度は交代ね。あなたが鬼よ


顔を隠して、十数えて、薄目はずるだからぜったいにだめ


わたしがもういいよ、って言うまで、絶対にここからでて来ちゃいけないよ


俺は震えながら頷き、茂みにもぐり込むと地面にしっかりと顔を伏せた。



じゃあ、わたし、いくね


あなたと遊べて、とっても楽しかった


さようなら



鬼を交代した少女が身を翻し、雨の中に走り出ていく。


さようなら?


どうしてさよならなんて言うの?


遊べてたのしかったって、俺たちはまだ、一緒にあそんでるんじゃないの?


かくれんぼの途中なんじゃないの?


今度は俺が、お前を見つける番なのに。


顔を上げようとして、まだ数をひとつも数えていなかったことを思い出し、慌てて地面に突っ伏して声を張り上げた。


ずるはいけない。


ちゃんと数えなきゃ。


いーち、にーい


さーん、しーい


ご……


数字の順番に頭を悩ませながら、やっと半分まで辿り着いた声に、突然ねばりつくような不協和音が重なる。


水煙の向こうで残響を轟かせるような音に、俺は闇の中で眉をひそめた。


すごくうるさい。


今、がんばって十まで数えてるんだから、邪魔しないでくれよ。


俺は硬く目を閉じ、暗闇の中で雨の音に負けないように、ふたたび声を大きく張り上げた。


澄んだ目をしたあの女の子に、ちゃんと聞こえるように。


もういいよ、って、言ってもらえるように。


ごーお、ろーく


なーな、はーち


きゅう………


じゅう


もういいかい?



――――――


少年は一人、立ち尽くしていた


あの頃とほとんど変わらない、少年の姿のままで。


雨が降る度見る幻


周りの建物は古くなり、所々壊れてしまった。


ツルのある植物がそれらを覆っている


あれから何百年経ったのだろうか


周りの様子はどんどん変わるのに、自分の姿は背丈が伸びて少し大人に近づいたくらいでほとんど変わらない


立ち上がり、頬にべっとりとついた大量の涙を手の甲で拭った。


顎先を伝い、首から胸まで流れ落ちた涙を、服の裾で何度も拭った。


拭っても、拭っても、涙はあふれ続けた。


「あああああああああ」


やがて足から力が抜け、地面に崩れ落ちた少年の潰れた喉から悲鳴が洩れた。


罠に嵌まって無惨に死にゆく狼の、断末魔の絶叫のような悲鳴が洩れたが、激しい雨の音にかき消され彼の姿もやがて闇に飲み込まれてしまった。


雨に飲み込まれてしまった。


薄灰色の闇雲が空を覆い、雨が降る限り、少年のかくれんぼは終わらない。


鬼にされたまま、見つける者すらわからずに、たったひとりのかくれんぼは続く。



END

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