0.少女の名前を呼ぶ者は?
素敵な銀河のお友達。
共犯者のレイヤちゃん登場です。
レイヤ、と名前を呼ばれるのは好きだった。
小さな村で生まれた少女は、十四年間その村で育った。
そしていわゆる、天涯孤独の身の上というやつだった。
こんな自分のことを、案じている者はいないだろうと、寂しそうに少女は笑う。
それは痛々しい笑みだった。
十四歳の少女は、魔物に攫われて魔王の城へとやって来た。
暗い牢屋の中に、ぽつんと一人。
最初は魔物に食べられるはずだった。
しかし攫った魔物は、レイヤを牢に入れてすぐに彼女のことを忘れてしまっていた。
食べようと思っていた頃に、食欲なんて吹っ飛ぶほどの一大事が魔物へと訪れたためだ。
いつ食べられるとも知れない恐怖の中、少女の精神は崩壊寸前だった。
少女の唯一の支えは・・・孤独を癒し、寂しさを紛らわすたった一つの慰めは、いつしか目に見えない者達へと求められる様になった。
彼女の慰め、それは夜毎に牢へと訪れる幽霊達と言葉を交わすこと。
今までは霊など見えなかったのに、牢に染みついた霊気が、彼女の第六感を目覚めさせた。
彼女の元を訪れるのは、今まで牢屋に入れられ、この城で死んでいった人間達。
毎晩毎晩訪れる霊は、三桁でも足りない程、膨大にいたという。
霊達は、牢屋の中にいる少女のことを忘れはしなかった。
毎晩毎晩やって来ては、話したくて堪らないというようにお喋りしだす。
だから、夜は少しも孤独ではなかった。
幽霊達がいるから、暗闇などちっとも怖くはなかった。
たった一人で放り出される昼間の方がむしろ怖くて、昼に寝て夜に起きているという逆転の生活を送る様になっていた。どちらにしろ、薄暗い牢の中。既に昼夜の感覚は無くなっている。
彼女はただ、自分とお喋りしてくれる者達が居る時だけを現実と定めて暮らす。
幽霊達の話題から、少女は魔王の城に纏わるあらゆる話を聞き、最近の城での話題を次々と聞かされていた。
最近、新たな魔王が現れたという話。
遠い地で勇者が目覚めたという話。
吸血鬼のヴァレンチヌスが南国の女王に手を出そうとして平手を食らったという話。
その後、衛兵に追われてキレたという話。
五百人の衛兵を逆に追いつめ、女装趣味に目覚めさせたという話。
そんな話の数々は、どれもこれもレイヤを笑わせてくれる。
夜の牢屋に明るく場違いな笑い声が毎晩響いていた。
端から見ると、かなり不気味だっただろうなとレイヤは思う。
地下の牢屋、更に夜の暗闇の中で、大量の幽霊に囲まれ笑い転げる女の子………自分が見たら、即座に逃げるだろうなと考える。
そんな現実にも気付かなかったレイヤは、正気ではなかったのかもしれない。ただ名前を呼んでもらえるのが、存在に気づいてくれるのが、話を聞いてもらえるのが悲しい程に嬉しかった。
昼間はよく泣いた。夜が待ち遠しかった。
霊達の怨嗟の声はレイヤを鬱にしたけれど、それだけの害なんか気にならない程に、レイヤは今でも幽霊達に感謝している。
夜になると、今でも懐かしい霊達の声が聞こえてくる。
幽霊に纏わる思い出の数々が、レイヤの心をほんのり優しくしてくれる。
だからレイヤは、幽霊が好きになった。
幽霊達と笑って暮らしていた頃、小さな一匹の魔物がレイヤに寄ってくるようになり、懐いてくるようになった。まるでハリネズミとムササビを足して割ったような、可愛らしい魔物。
その魔物がやがて、一人の少年を連れてくる。
少年は牢の中のレイヤに対し、一言こう言った。
「ずっとここに一人は、辛かったね」…と。
優しい、労るような声で…。
まるで自分の胸が痛むというような、辛そうな顔で。
少年はレイヤの境遇を思い、目に涙を滲ませ、レイヤの心を慰めようとした。
そしてレイヤを牢から連れ出してくれたのだ。
レイヤは今でも憶えている。
あのとき少年が神々しく見えたことを。
綺麗な顔が、天使のように見えたことを。
救いを見たと実感したことを。
少年は確かにレイヤを救ってくれた。
「もう、これからは自由だよ。好きなところに行き、好きなように生活し、誰にも束縛されない安息の生活を送るといいよ」
本心からと解るその言葉に、涙が込み上げそうになった。
その少年の言葉を実行した末に、レイヤは今ここにいる。
確かに自由を手に入れたと、レイヤは理解して安らかにいる。
好きなところで、好きなように生活し、誰にも束縛されていない。
安らかな日々と言うよりも、刺激に満ちた楽しい日々。
自分に懐いてきたあの魔物を肩に乗せて、今日もレイヤは太陽の下にいる。
病んだところなど微塵もない笑顔で、空を見上げる。
――さあ、今日は一体何をしようか。
レイヤは胸の内でひっそりと、一日の計画を立て始めた。