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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
魔王即位
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5.少年の始まり3




 遠い地で勇者が現れたことなど少しも知らずに、魔物達は次々と銀河の前に現れて銀河に身をすり寄せ、懐いてくる。ふかふかの毛皮に、つるつるの鱗に、ピカピカの触手を銀河は無心に撫でた。

 見知らぬ場所に一人という現状を受け入れられはしないものの、目の前にいる奇怪な生物たちを受け入れることはできた銀河。

 銀河は己のいる場所が「真夜城」・・・魔王の城であることを知らない。知る要素もない。

 銀河の前に現れる魔物達はことごとく人間の言葉を喋れない者ばかりで、ただ可愛らしい鳴き声を上げて懐いてくるだけ。

 外見は強面の方ばかりでしたけれど。


 魔物達に果物や宝石を貢がれ、ただホールの中で魔物達の体をくすぐりながら果物を口に運んでいる銀河。

 そんな少年の前に、やっと話せる奴が現れたのは三時間後。

 それは黒い艶のある髪に、紅色の瞳を持った美青年だった。

 透けるように白い肌が、銀河に本能的な恐れを抱かせる。

 人に見えるのに、明らかに人とは異質な存在である青年は、第一声でこう言った。

「お初にお目にかかります。私はヴァレンチヌス。不死人系モンスター代表のヴァンパイヤ、ヴァレンチヌスです。ヴァレンチヌスをよろしくお願いします! ただし、人間に対してはヴァレンタインと名乗っております。しかし貴方様ならば、特別に本名のクリュスという名で呼んでくださっても・・・」

 いきなりぺらぺらと親しみのこめられた声で喋り始める美青年。

 そのことで銀河の警戒心は、欠片も残さず微塵に吹っ飛んだ。

 先程までの異質な存在に対する恐怖など、塵程にも残っていない。

 恐怖の対象から、一気に不思議な人に存在は降格していた。

 少年の頭の中に浮かんだ言葉は、自分が小学生の頃にクラスメイトからもらったラブレターの中の一節・・・ラブ・ハンター。

 銀河はこの青年を、心の中で「愛の狩人」と呼ぶことに決めた。

 恐怖が薄れたので、呑気に自己紹介などやってみる。

 今まで現れた魔物達は人間の言葉を話せない者ばかりだったので意思の疎通が上手くいかず、自分の名を名乗ることすらできないでいたのだ。だから今ここで、クリュスを相手に名を名乗る。

「初めまして、鉄神中学三年、如月銀河です。趣味は料理、特技は家事全般。自分で言うのも何ですが、腕は確かですよ。ところで突然で悪いのですが、僕は何故ここにいるんでしょう?」

 なるべく「明るくにこやか」を心がけて銀河は笑った。

 銀河の反応に、クリュスがどことなく嬉しそうな顔で口を開く。

「ここは魔王の城「真夜城」です。そして貴方はこの世界の新たな魔王様・・・どうか我々を、真の闇と暗き安息へとお導きください。この世に、闇を。人間達に誰がこの世の覇者かを教え込むのです。そして私達をエル・ドラードへとお導きください・・・」

 興奮したようなクリュスの台詞に、その数々の言葉達に銀河は困惑する。

 何を言っているのかよく理解できなかった。

 一体どこから突っ込めばいいのかと、何のことを口走っているのかと、魔王とは何かと銀河は考え、困った末にこう言った。

「エルドラドは何か違うと思うんですけど・・・」

 もっともだった。

「あの、魔王とは一体なんのことですか? 僕は家事と剣道しか取り柄のない、どこにでもいる平凡な男子中学生なんですけれど」

「はははっ 魔王様ったらそんなご謙遜を! 良いですか? 貴方以外の一体誰が魔王だと言うのです。ご覧なさい、この魔物達の懐きよう。これこそまさに、魔王たる証ではありませんか! こうして今、話をしているだけでも実は、私もメロメロになりそうなんです。こうして魔王の城の中に現れ、魔物達に慕われ、尊崇される・・・まさしく貴方様以外の誰が、魔王だと言うのです」

 熱弁を振るわれ、銀河の困惑はますます酷くなる一方だ。

 しかしそれと同時に、何だか説得されつつある自分を銀河は感じていた。

 このままでは十分とせずに丸め込まれそうだ。

「自分の口は本来愛らしい女性達を口説くためにあるのですが・・・今回降臨された魔王様の外見が人間に近く、どうやら人の言葉を語るらしいとのことで、人間に外見の近い私が急遽世話役に任命されました。これからどうぞよろしくお願いいたします」

 銀河が納得する前に、クリュスは銀河が魔王だという前提でどんどん話を進めようとしている。

 それを見ていて銀河は困り果て、口を開く。

「クリュスさん、未だ僕が魔王だとは決まったわけではありませんよ。だって、先程クリュスさんが言われたように、僕はまるきり人間ですし、人間の言葉しか喋れません。こんな僕のどこが、魔王だと言うのです? もしも僕を魔王とした後で過ちに気付き、僕が魔王ではなかったとしたら・・・その時はどうなるんですか?」

 一生懸命に喋る銀河の言葉に、クリュスは微笑みを浮かべ、本人には全く自覚のない女殺しの苦笑を浮かべた。

「魔王様は心配性のご様子。しかし心配はご無用です。さあ、魔王様、その手をご自分のポケットへと差し入れてみてください」

 言われたとおり、銀河は割烹着のポケットへと手を突っ込んでみる。

 すると、その手が何か硬い物に触れた。

 その感触は、全く覚えのない物だった。

 何だか鉱物のような・・・何かの角のような、そんな不思議な謎すぎる感触。

 疑問に突き動かされて銀河はそれをポケットから取り出してみる。

 するとその手の中には、見慣れない細かな細工が掘られた物体が乗っていた。

 ダイヤのような輝きを放つ、深緑色の物体。


 それは、漢字で「魔王」と彫り込まれた印鑑だった。


「そう、正にそれこそ魔王の証!」

 びしっと印鑑を指さして、クリュスが声を上げる。

「その「魔王の証」をお持ちであることこそが、確かな証拠。それをお持ちになるのは魔物達の王たる魔王様のみ! それをお持ちであるからこそ、銀河様は魔王なのです。我らの主なのです!」

「え、ええぇ!」

 思わず変な声を上げる銀河。

「だから、いきなりそんなことを言われても困るんですってば!」

 銀河がそう言うのも、仕方のない話だった。

 しかし、運命の歯車はすでに回り出していたのである。

 銀河が拒もうと望もうと、もう銀河が魔王として魔物達の上に君臨し、人間達を苦しめる暗黒の王となることは決定事項だった。

 誰が決めたとも知れない、不確かな決まりだったが・・・。

 もしかしたら全ての運命は、神が決めているのかもしれない。

 勇者と魔王の対決を、見たいと望んだ気まぐれな神が・・・。


 こうして少年達はそれぞれの運命へと巡り会い、エリックは勇者に、銀河は魔王になった。

 新月の勇者と呼ばれたエリックは旅を続ける中で運命を共にする仲間達と出会い、次々と苦難を乗り越えていった。主に、仲間の力で。

 世界の中に、勇者エリック・ガーリックの名が響き渡る。…かも、しれない。


 宵闇の魔王と呼ばれた銀河は、魔物を従えて世界を混乱と悲しみの渦に巻き込み、陥れた。

 次々と人を攫い、家族を奪われた者が泣き叫ぶ。

 銀河の統べる魔物達は統率され、兵士達を苦しめる。

 世界の中に、暗黒魔王如月銀河の名が轟き渡っていく。

 やがて人々は勇者と魔王の対決を望むようになり・・・。


 この二人が宿敵として・・・勇者と魔王として見えることになるのは、まだ、ずいぶんと後のことである。




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