4.少年の始まり(エリック2)
この世界には、伝説の武器という存在がある。
それらは種類様々で無数に存在するというのだが、それら全てに共通した特徴がある。
それは武器そのものに意思があり、永遠の中でたった一度だけ、自らの主を選ぶということ。
勇者を選ぶということ。
伝説の武器は勇者の武器。武器の選ぶ主人とは、勇者。
武器に選ばれた者は必然的に勇者となることが決定されるのだ。
そしてエリックを選んだ武器の銘は、「月喰らう剣」という。
まるで引き込まれるように、魅入られるように、エリックはその装飾も美しい「月喰らう剣」に手を伸ばした。
その柄にそっと触れ、ひと思いに引き抜く。
その剣はエリックが拍子抜けするほどに、軽々と抜けた。
まるで真綿のように軽い剣だった。
そして引き抜いた途端、耳障りな声が頭の中でがんがんと響く。
『よくぞこの「月喰らう剣」を抜いた。勇者エリックよ、お主は今から己のことを「新月の勇者」と名乗るが良い!』
びりびりと大音量で響く声に、エリックが顔を顰める。
『――そして、この世に暗黒をもたらす魔王を倒すのだ!』
声は、さらりととんでもないことを言った。
思わず目を点にして、少年は自分の手の中にある剣を見つめる。
――はて、今、この剣は何と仰いました?
現実を逃避しそうになる意識を必死につなぎ止めながら、エリックは生温い笑顔で自分の物となった剣に話しかけた。
「お前、今、何て言った?」
『頭が悪いのか勇者よ! 我を使い、魔王を倒せと言うたのだ』
次の瞬間、エリックは剣を無意識に地面へと投げつけていた。
「頭が悪いのはお前だ!」
そう言ってエリックは「月喰らう剣」を踏みつける。
『おのれ、何をする!』
「うるっさい! 魔王は十年前に死んだろ? 二人の勇者によって息の根を止められたはずだ!」
エリックの言葉に、剣は言う。
『それとは別の魔王だ。新たな魔王がこの世に現れたのだ。我は、それを感じたからこそ、新たな勇者としてお主を選んだのだ』
「新たな魔王・・・!?」
一瞬でエリックの胸中へと到来する、数々の思い。
冒険や姫君との恋愛、英雄、救世主、民を救う勇者・・・
様々な思いの中で、エリックは魔王を倒せるかどうかを考えるよりも、その課程で得る様々な名声や、魔王を倒して自分が手にする物のことなどへの考えを展開させていた。
欲が強いと言えばそれまでだが、エリックは未だ十代で、そういった救国行為で得られる「英雄」の呼び声に弱い年頃だった。
それを敏感に感じ取ったのだろう、剣は囁いた。
『魔王を倒すと言うことは、全世界を救うと言うこと。歴史に名を残すということぞ。お主の名が一生讃えられるということぞ?』
それは最強の殺し文句だった。
『魔王を倒せば世の中の権力、名声は思いのまま! 上手くいけばどこかの姫君を娶って国王となることも・・・いや、よりどりみどりでどこの王国にだって婿入りできるに違いない。何しろ勇者を国王に持つというのは国民の誇りになるし、勇者を娘婿に持つというのは、世の国王達にとって最高のステータスとなるに違いない! きっと末は英雄王と呼ばれることになるだろう!』
「やる! 勇者やります!」
エリックは思わず手を挙げて、そう宣言していた。
そしてエリックは、勇者となることを選んだのだ。
…後に待ち受ける、大いなる試練と苦難、精神的疲労を知る由もなく。