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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
魔王即位
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3.少年の始まり(エリック1)

勇者視点その1。




 銀河が魔物と出会った丁度その時に、東の国の深い森の中で少年は運命へと出会った。


 薄茶色の髪を、緩く縛って森を駆ける少年。

 その手には少年の作った弓が握られており、背に負われた矢筒には大量の矢。

 麻布で作られた服が、森の木々に擦れ、露出している肌が、ひっかき傷だらけになって。

 それでも少年は気にせずに森を駆けていく。慣れていたから。

 猟師の子供として生まれ、父が死んで以来ずっと自分の力で獲物を捕ってきた。

 少年は、もはや立派な狩人だった。


 しかし少年は未だ十代で、病床の母を大切に思ってはいたものの、逸る冒険心と好奇心、未来への大きな期待を捨てることはできなかった。自分がただの一介の猟師で終わるなど、微塵も思ってはいなかった。何か大義名分さえあれば、母が病気でさえなければ、少年は全てを捨てて家を出て、広い世の中へととっくの昔に飛び出していたかもしれない。自分の腕試しと、そして成功を誓って冒険していたのかもしれない。


 しかし世の中の厳しさというものを少しも知らない少年は、旅の辛さも冒険の苦しさも、苦い経験をする可能性すらも考えていなかった。必ず成功するとは限らないし、下手したら死んでしまうかもしれないのに、そのことを理解せずにいた。

 惨めな暮らしも失敗も、彼は経験したことがなかったのだ。



 大きな鹿を追って、少年は走る。

 森の奥へと向かう少年は、ふと、空を見上げた。

 青いはずの空の向こうに・・・閃光が走る。

 一瞬の、全てのものを覆い尽くすような光。

 何もかもが見えなくなり、何もかもが一瞬だけ世界から消えた。

 消えた先に少年を待っていたのは、何だったのだろう。

 それが魔王の復活を意味する光だなどとは微塵も知らず、何も気付かず、未だ保護者を必要とするはずの世間知らずな少年は、何も見えなくなった目にくらみ、地面へと倒れる。

 暗転した世界の中で、少年エリックは一度死に・・・勇者として再びこの世に復活を果たす。


 暗い道を、少年は一人歩く。

 何も見えない中、闇に浮かんだ黒い神殿は背後と完璧にとけ込んでいたけれど、それでも異質な存在としてその存在感を浮かび上がらせる。不自然なその神殿以外にエリックの目に映るものはなく、仕方なしにエリックは神殿へと向けてゆっくり歩いていく。


 神殿には黒い言葉が刻んであり、暗い声が彼を待ち受けていた。

『待ち受けていたぞ、勇者よ』

 現実感を全く伴わない不自然な言葉は、耳障りな音を数種摺り合わせたように不愉快で、銀河は思わず耳を押さえそうになった。

 実際に耳を押さえなかったのは、頭を痛めるその声が直接頭の中に響いており、本物の音ではないことに気付いたからだ。

 直接頭に響いてくる音に対して、耳を塞ぐことが何の意味になるだろう? 

 そのことが解っていたので、エリックは顔を歪める。


 いつまでも入り口の所に立っていて、神殿の中まで入ってくる気配のないエリックに対し、声は焦れたように再び響く。

『どうしたのだ、勇者よ。さあ、神殿の奥まで入ってくるが良い』

 まさか勇者と呼ばれたのが自分だとは思わずに、エリックは「勇者」の姿を探してきょろきょろと辺りを見回した。

 一般市民で小市民な彼は、自分を勇者だと思いこむ程の厚かましさを持っていなかった。

 エリックの様子をどこから見ていたのか、声は怒りを滲ませ、もう一度耳障りな声を発する。

『これが最終勧告だ。入ってこい、勇者エリックよ! 入ってこないのならば、お主は折角選ばれたというのにこの幸運を無にすることになるのだぞ。それで良いのかお主は!』

「え?」

 声の言葉に、エリックは固まった。

 そして数秒してから「勇者」が自分であるのだと理解する。


 少年の目の前に運命の扉が開かれている。

 少年は、やっとその扉の存在に気付いたのだ。

 そして少年は扉に向けて歩き出す。

 その向こうに何が待ち受けているのか少年は知らない。


 だが、「勇者」と呼ばれたことが少年の心をくすぐっていた。

 母親を養いながら過ごす彼は、いつもきっかけを求めていた。

 狭苦しい自分を取り巻く世界から逃れ、冒険の旅へと出るきっかけを・・・。

 自分が世の人々にとって特別な人間になる機会を。

 「勇者」という魅力的な呼びかけは、エリックにとってまさに、「飛んで火に入る夏の虫」だったのだ。


 少年の前に開かれた扉の向こうには、一振りの剣が待っていた。

 石の台座に突き立てられた、厳かなまでの神秘性を放っている、不思議で立派な剣。

 その台座には古代語で一言「新月」という言葉が刻まれていた。剣に象眼された宝石と、それをくわえた狼の彫刻が、まさしく「新月」という言葉を思い起こさせる。


 それはまるで、狼が月を食らおうとしているように見えた。




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