0.無限階段
プロローグ(勇者視点)です。
本編とは時系列が違いますが、まあ、こんなノリのお話しです。
少年は、息を切らせて階段を駆け上がる。
一歩一歩と上る足が重い。
もうどれだけの階段を上っただろう?
遠く果てしない道程は、今まで歩いてきた旅路を彷彿とさせた。
前だけを見て進んでいたけれど、時には後ろを振り返る。
これまでの道程を、ずっと一緒に駆け抜けてきた仲間達が後ろにいた。
肩で息をつき、上体を曲げて、階段を昇っている。
疲れ果て、歩みは蛞蝓のようだ。
――全く情けない。
普段の鍛え方が足りないのは明らかだった。
「――おい、遅れているぞ」
「何さっ」
すかさず返ってくる、生死を共にしてきた仲間の声。
「そう言う君も、どう見ても疲れているじゃないか。無理しないでよ! 本番はこれからなんだよ。今から疲れてどうするのさ?」
「・・・少し、休もうよ。こんな状態じゃ、魔王なんて倒せない」
――認めたくはないが、確かに俺も疲れていた。
へとへとだった。俺も鍛え方が足りないな。
先を見てみれば、先にいるエーベルトさんもカトリさんも汗一つかいていなかった。
ここまで来ると超人と言うより化け物という気がしてくる。
凄い人なのは解っていたけど、まさかここまでとは。
驚きを何とか飲み込み、俺は先輩勇者である二人に声をかけた。
「エーベルトさん、カトリさんっ そろそろ休憩しませんか!」
その声で、すたすた進んでいた二人はようやっと振り向いた。
「・・・いやでも、もうすぐだよ?」
「もう疲れたのか?」
二人同時に、そう声を返してくる。
あまり仲は良くないのに、こんな時には息の合う二人だな。
先程から「もうすぐ、もうすぐ」って言ってるけど、あんたらのもうすぐってどのくらいなんだ。
基準をハッキリさせてくれ。
かつて勇者としてこの真夜城(別名「魔王城」)へ赴き、見事魔王を倒したという伝説の勇者エーベルトとカトリ・・・二人には色々と幻想を抱いていたけれど、二人に出会えて仲間にできて、ラッキーとか思っていたけれど・・・この二人の無限の体力に付き合わされるくらいなら、出会わない方が良かったかもしれない。
休憩を言い出した俺達に、どことなく困惑した目を向ける二人。
多分、二人は全く疲れていないんだろう。体力の化け物め。
この分じゃ休憩は無理かな・・・と思っていたら、偶然か天の恵みか、その時響く音がした。
固い物が落ちて、床にぶつかる音。
音のした方を見てみれば、一番遅れて階段を上っていた女性が・・・神聖法国の先代巫女姫であるカツキ様が倒れていた。
血相を変える、エーベルトさんとカトリさん。
カツキ様はエーベルトさんの妻であり、カトリさんの妹だった。
そして有無を言わさず、二人の先輩勇者は休憩を宣言する。
――有無を言う奴は一人もいなかっただろうけどな。
二人が一人の女性に弱いこと・・・これは周知の事実だった。
結局この後、遠慮しまくるカツキ様をエーベルトさんが背負って上ることになった。
体力のないカツキ様に、自力で階段を上ってもらうのは不可能と皆が考えたのだ。
上るペースも先程と比べると随分ゆっくりしたものとなり、俺の仲間達はほっとした表情で、それでも必死に上っていた。
そして俺は、無理をするなと言われてしまった。
どうやら俺は無理をしているように見えていたらしい。
皆、俺のことを甘く見ている。畜生。
この屈辱は、魔王退治で必ず晴らしてみせると心密かに誓った。
絶対に活躍してみせる。魔王のとどめは俺が刺してやる。
――それが叶わない夢だと知らず、この時俺は張り切っていた。
舞い上がれば舞い上がるほど、夢が夢であったことを知った時、地に落ちた時、想像もできないほどの苦しみを味わうとも知らず。
もう、どれだけ階段を上ってきたのか解らない。
振り返ってみても、螺旋階段では上ってきた距離など解らない。
――倒れる。
俺はそう思いながら一歩一歩ゆっくりと足を出していた。
カツキ様をエーベルトさんが背負ったのは正解だったと思う。
あそこから更に上ることになっていれば、カツキ様は確実に死にかけていただろうと思うから。
この階段は無限階段か? 悪魔の階段か? 魔王の階段か!
それほどの長い距離を上り、やっと俺は案内人の声を聞いた。
「さあ最上階まで、もうあと・・・」
案内人レイヤは先頭からこちらへ振り返り、にっこりと笑う。
この魔王城に長いこと囚われていたという少女は、無限としか思えない体力を持ったエーベルトさんやカトリさんの二~三歩上の所から笑顔を向けてこう言ったのだ。
「・・・あと、四十階だよ! 頑張ろう!」
それを聞いた瞬間、俺の仲間達が転けるように倒れ込んでいた。
こんな風に苦労して、力を振り絞り、死にかけながらも俺達は階段を上った。
膝ががくがくと笑って、全身筋肉疲労に泣くか笑うかしかないと言うところまで、限界を超えて辿り着いていた。
もう魔王が倒せる状況ではなかったけれど、やせ我慢して魔王に挑もうと意気込む。
そうか、あの三九七階に及ぶ階段は、俺達の気力体力を消耗させるために用意されたものだったのか・・・。
そう思いつつ、俺は魔王の部屋へと続く扉を開けた。
その向こうに何が待つとも知らず・・・ただ一言、これだけが部屋の中から聞こえてきたのだ。
「・・・ようこそ!」
まだ幼さの残る、けれどあどけなさは完全に消えた年頃の声。
それは明るい、人を歓迎する優雅な声だった。
王道とは違う話になると思われます。
本編では基本、勇者に活躍の機会はありません。ご了承下さい。