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士族と華族とそれから三毛猫


   時は明治。


   黒の制服を着た巡査に囲まれて歩く洋装の男一人。


   洋装をせども、日の本の人間なり。


   これの名を、上月こうづき 悠太ゆうたと申す。






   「それにしてもいい天気だよなぁー」


   間延びのした声で、悠太が呟く。


   それを聞いた、巡査たちも相槌あいづちをうつ。


   巡査の一人がふと、口を開いた。


   「そういえば、今度近くに西洋菓子の店ができるらしい。」


   「なんだって?でも、高いんだろう?」


   「・・・」


   こんな、話をしていても元士族なのだからおもしろい。


   江戸の世が終わり、明治になったことで、藩が無くなった。


   彼らは、そうならなければ後継ぎ、つまり、若様と呼ばれていたはずの者だった。


   けれども、藩が無くなろうと、身分が無くなろうと、全て無くなる訳ではない。


   藩の頃にいた家来を数名抱えていたりするのだ。


   巡査たちも同じで、江戸で岡っ引きと呼ばれていたものと同じような、警察官という役職について生活を


   どうにか立てていた。


   けれど、士族から華族となったものもいた。


   その一つが上月家であった。


   巡査達にしてみれば、昔からの仲。士族、華族がどうしたという話で親しくしているのだが。


   「まぁ、悠太が奢ってくれるだろう!なぁ?」


   巡査の一人、小崎おざき 吾郎ごろうが、ふざけて悠太に尋ねた。


   が・・・。意外な言葉が返ってきた。


   悠太はふっと小崎を見ると、


   「何の話ですか?」


   と、言ったのである。


   それを見て、溜め息をついたのが渡辺わたなべ 清次せいじだ。


   巡査達の中で、最も悠太と親しい。


   ただ、長い間付き合ってきたせいか、悠太の間の抜けた性格に呆れているところがあった。


   「なぁ、しっかりしたらどうだ?後継ぎなんだろう、お前?」


   「まぁ、そうなんですけどねぇー。うちの父がそんなぽっくり逝くとは思いませんよ。」


   「・・・将来の話に決まっているだろう!今、逝ったら早死にすぎるだろう!」


   そのため、つい説教くさくなってしまうのだった。


   「まぁ、まぁ、落ち着いて下さい。早死にしますよ。」


   それを毎回、止めにはいるのが納田なだ 勇之助ゆうのすけである。


   いつも温厚でいるために、よく下に見られるが、一度怒ると手がつけられなくなるため、渡辺や小崎に、


   一目おかれている。


   「あぁ、すまない納田。」


   「いえ。そういえば、ご存知ですか?」      

 

   「何をだ?」


   「元士族の慶野たかの家のご息女、慶野たかの 志津しずさんのことです。」


   「いや、知らない。その人がどうかしたのか?」


   小崎と悠太も、渡辺に合わせてうなずく。


   「実は、小野小町を超えた美女なんだそうです。」


   「ほう。それは気になるな。」


   「確か、浅草のあたりで父と二人暮らしているとのことで。」


   「じゃあ、行ってみないか?」


   ばっ!と、小崎が提案した。


   悠太も、関心があったようで小崎に賛同した。


   「よぅし!じゃあ、明日だな!」


   小崎は、満面の笑みを浮かべながら叫んだ。


   そのときだった。


   悠太達のところに暴走した馬車が突っ込んできたのだ。


   悠太たちは咄嗟に避け、無事だったが、馬車はまだ暴走している。


   渡辺が近づこうとした時、馬車が壁にぶつかりそうになる直前に、人が馬車から飛び出すのが見えた。


   「ひ、人がっ!!!!!」


   その声が終わるか終わらないかのうちに、土煙りの向こう側から、


   「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


   という、悠太の叫び声が聞こえた。


   気づけば、馬車は壁にぶつかったあと、大人しくなったようだった。


   巡査達が、悠太の元へ行くと、そこにはうつ伏せに倒れた悠太と、その上に質素な女学生の恰好をした


   女性が倒れていた。


   女性は、意識がなかったため、近くの宿に押しかけて部屋を貸してもらうことにした。


   「・・・流れでこうなったが、この女性ひと知っているか?」


   「残念だが、ここにいる4人は誰も知らん。」


   渡辺の台詞の後、部屋の空気がさらに重くなる。


   「家の人に連絡をすべきなのだろうが、分からないしな。」


   そこに、間延びした声が響く。


   「私が無事なんですから、きっとすぐに意識が戻りますよー。」


   「悠太は、どこでだって生きていそうだからなぁ・・・」


   渡辺が呆れたような声で言う。


   「まぁ、外傷も無いようですし、一時的な気絶でしょう」


   「納田が言うんだから、そう重く考えるな!渡辺は重く考えすぎだ!」


   小崎が納田の肩をばしばし叩きながら、笑う。


   そこに、渡辺が溜め息とともにこう言った。


   「小崎、お前はどこまで空気が読めないんだ?自分の命の危険に気づけ。」


   ばしばしと叩かれている納田の表情は、いつのまにか無表情になっている。


   少々腹がたっている時の納田の癖だ。


   それを見た小崎は、ばっと自分の座布団の上に戻る。


   「・・・し、しかし、まぁ、こんなところで何もしないのは退屈だ。ち、近くで団子でも買ってこよう」


   「小崎さん、いってらっしゃいー」


   しどろもどろの小崎に向かって、にこやかに手を振る悠太。


   それを見た、小崎は泣き笑いのような不思議な顔をして宿の階段を駆け下りていった。


   「・・・心配ですねぇ。小崎さん一人というのは。私追いかけてきましょう。」


   そう言う納田だが、目が笑っていない。


   「俺も行こう。悠太を残しておけば平気だろう?あいつは、調子に乗ると、力で抑えないとどうしようも


   なくなるからな。」


   渡辺が苦笑しながら言う。


   納田は、渡辺の言葉に少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの顔に戻って、


   「分かりました。でも、悠太さんはよろしいんですか?」


   と、尋ねた。


   悠太は、はて、と少し考える動作をしてから、


   「僕は、いいですよ。その代わりに、団子は一個多くしておいて下さい。」


   ちゃかりしているもんである。


   「悠太、食い意地もいい加減にしておかんか・・・」


   渡辺が、渋柿を食べた様な顔をして言う。


   「まぁ、いいじゃないですか。それでは、留守を頼みます。」


   愚痴をつらつらと言い始めた渡辺を、納田がずるずると引きずりながら連れていく。


   それでもまだ、言っている渡辺の声を聞いて、悠太は一人ほくそ笑んだ。


   そして、視線を部屋の隅の布団に横にしている女性に移す。


   先程まで、なにかと騒がしくてよく見ていなかったが、整った顔立ちをしている。


   ふと、その手に手紙らしき物を握っているのに気づいた。


   しかし、勝手に、見るのはいかがなものかと思い、窓際に来ていた猫に意識を移した。


   猫は、珍しい雄の三毛猫で、悠太が手を伸ばしても逃げなかった。


   しばらくそうしていると、猫は部屋に入ってきた。


   そのまま、寝かせている女性のところに行こうとするため、悠太は慌てて、猫を捕まえた。


   と、同時のように、女性の目が開いた。


   「えっと・・・大丈夫ですか?」


   悠太が声をかけると、今気がついたというような顔で悠太を見て、


   「ここは、何処でございますか?」


   と、呟くように言った。


   階下からは、帰ってきた渡辺たちの声が聞こえる。


   悠太は、その薄紅の頬と綺麗な黒の瞳に、見惚れていた。


   

   

御拝読有難う御座いました。

できるだけ、早めに投稿できるよう頑張ります!

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