行くな
こちらの作品はヤンデレ―短編集―のラストを細かくストーリーにした作品です。
ですから、最後の描写は“7”からとっています。
同じものです。
欲するままに動く、自分の体はさながらうごめく虫にも似ているのかもしれない。
そう、ふと思った。
それでも、私の体はアイツに引き寄せられるように動いていた。
ドクン……ドクン……ドクン……ドクン。
うるさい心臓を無視し、私は今日も全身全霊をもってアイツをおかける。
この瞳に映る異性はアイツしかいない。
アイツ以外認めない。
認知しない。
視界に入っても、すぐに削除される。
それが当たり前で、ごく自然なことだった。
アイツ以外、どうでもいい。
体育会系の体してるね?
スタイルイイね?
そんな自分の容姿すらどうでもいい。
アイツさえいれば、アイツさえ、この手に入れば―――……!
伸ばした手が空をつかみ、ガタリとバランスを崩した、その瞬間、私は元の世界に戻された。
明るい日差しが窓から差し込んでいる。
もそもそと虫のようにベッドから這い出ると、学校へ行く支度を始めた。
あの夢には似つかわしくないほどすがすがしい晴天の朝は、朝の弱い私を知っているかのように私の目に光を通して攻撃してきた。
私はそんな光に反撃できずに、「うっ……」とうめき声をあげ、パジャマを脱ぎ捨てながら目を細めた。
こんな世界に戻ってきたところで今日も同じことだ。
いや、戻ってきたのではなく、こっちが夢なのかもしれない。
夢でも、夢でなくても同じなのだ。
私は“どちらの世界でも同じ事をしている”のだから。
家を出て、一人の小さい女生徒がこちらへ走ってきて、私の谷間に飛び込むと、「おはよぉん!!ん~!今日もゆいちかタンのお胸は元気だねぇ~!!」と顔をうずめながら満面の笑みで私を見上げた。
毎度、おなじみの光景だ。
反応することさえない。
「……おはようございます。莉里先輩。」
明らかに私より背が低く、ツインテールでつるぺた体形の童顔少女は、私より下にしか見えないが、これでも彼女、奥田 莉里先輩は、年上で一学年上の、二回落第、さらには剣道もかなりの腕の持ち主で、私は時々師匠と呼ばせてもらっている。
だが、そんなことを言えば、こんな性格の持ち主なので……
「やだぁ、もぉ、莉里タンって呼んでよぉ~!!」
と、お馴染み、こちらの台詞なのである。
「しかしですね……やはり先輩なのだから……。」
私がお馴染みの台詞を繰り返そうとすると、あちらもお約束どおり、目を光らせて、「先輩の命令が聞けないのかなぁ……?」とこちらを抑圧してくる。
莉里……タン……は、とにかく侮れないのだ。
「……やっぱ。タン付けは無理なんで、莉里……で。」
「ん~仕方ない!それで許してあげるよ!!」
間抜けな毎日の始まり。
いつもの繰り返し。
何度も、何度も、そうやって繰り返す。
アイツがいなければ、学校生活など、生きてる心地すらない。
きっと、この体の存在の意味も、ない。
「おはよう!牧波さん!!っとぁ……奥田先輩も……。」
莉里にそう軽く会釈をする、いつもさわやかな“アイツ”が現れた。
「ん~、おはよぉ。」
二人して、笑顔をかわす。
当たり前の毎日、毎日の始まり。
ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。
やめろ。
そんな簡単に、他の女に笑いかけるな。
お前は、全て、私のものだ……全て……。
背景がセピア色に変わる。
音も、何も聞こえない。
まるでスローモーションにいきなり切り替わったようだ。
私の前にいるのは、アイツ、ただ一人。
色彩鮮やかに、輝いていた。
ソイツがふと私を見る。
その瞬間、はっとした。
みんな、いつもの色彩豊かな路地に戻っていた。
「牧波……さん?」
「……すまない、おはよう。渋木君……。」
「もぉ、ゆりちかたんってば、何いつもそんなにボーっとしてるの?」
冗談半分に莉利が私のわき腹を小突いてくる。
「……考え事をしている、と言ってほしい……。」
「ああ、確かに、牧波さん、頭いいもんね。常に学年トップ5には入ってるし。」
そういいながらアイツが無邪気な笑顔を私に向けてきた。
なんのためらいもない、純粋な、笑顔。
モット……モット……モット……私に、その笑顔を見せて。
こんな勉強ごときで気が引けるのなら、どんな努力だって私は惜しみはしない。
むしろ、ちょろいものだ。
「……それなりの努力をすれば、きっと渋木君も、なれる。」
「俺!?俺は、ちょっと無理じゃないかなぁ。」
「おっす、渋木じゃん!」
「おっす!」
誰かに呼ばれ、アイツはそのままいなくなってしまった。
……行くな……行くな……奪うなぁああああああ!!
私からアイツを奪うなら、男だろうが抹殺してやる……。
持ってきていた木刀に手を伸ばしかけたそのとき、莉里が「じゃ、また後でねぇん」と手を振って走り去っていった。
どうやら、もう学校についていたらしい。
私は深呼吸を一つしてから教室へと向かって歩いた。