異世界の捜索
地球とは異なる世界で、彼女は占い師をしていた。
夜だけとなってしまった世界の、小さな町。それでも人々は活気に満ちており、彼女の店も繁盛している。
「さて、今日の占いはここまでです。貴方にギルス王の慈悲があらんことを」
これが今日最後の客へ向ける言葉であった。いつも必ず、この世界における王の名を入れることで、客は必ず満足して帰ってゆく。
この世界において、ギルスは神に近しいほどの賛美を受ける王である。
「ふふ。今日もごっそり稼げちゃったわぁ」
一人きりになった店内で、金貨を数えながら占い師はニヤニヤと笑みを漏らしていた。
「しかも副業も順調。これなら来年には夢の豪邸が手に入るわね」
彼女の夢は、宮殿のような豪邸に住み、何も苦労することのない人生を手に入れること。
その夢がそう遠くない時期に叶いそうなほど、懐が潤ってきた。
しかし、彼女の問題は大きな収入源となっている、もう一つの副業である。
それがなければ今宵、招かれざる客など訪れはしなかった。
「ほほー。ここが噂のよく当たる占い師のお店ですか」
中年を過ぎているであろう男の声が、薄いカーテンの向こうから聞こえてくる。
彼女はお金をしまうと、奥にいる何かに優しげに声をかけた。
「あら、ごめんなさい。今日はもう店じまいですの」
「それならご心配なく。客で来たんじゃありませんからな」
「はい?」
冷やかしでやってきたとでもいうのか。途端に占い師の声が冷ややかになる。
最近こういう迷惑な連中が増えていたので、すぐに頭は臨戦態勢に入っていた。
「今日はですねえ。貴方が隠れて行っている、裏のお仕事について話があるんですよ。身に覚えがありますでしょ?」
「さあ、何のことかしら。客でないのなら、出て行っていただきたいのですけれど」
「おやおや、惚けるのはいけませんなぁー。もう裏は取ってあるんですよ。ゲートマスターさん」
この一言で、占い師は眉をひそめた。
ゲートマスターとは、転移者を元の世界に戻す準備ができる者のことである。
元の世界で帰還の儀式が行われた際、ゲートを開くための転移カードというものを作ることができる、極めて数少ない存在。
ゲートマスターから転移カードを作ってもらった者は、元の世界で召喚儀式が行われた時に帰還することができる。
つまりギルスもまた、彼女に転移カードを作ってもらい、地球で召喚の儀式が行われるのを待っていたのだ。
ただ、召喚で呼ばれる存在は完全に不規則であり、一生呼ばれることがない者もいる。
彼女は占い師でありゲートマスターでもあった。しかし、一般的にゲートマスターは秘密の仕事である。
「そのような仕事、知らないわ。出て行ってちょうだい」
「ほほー! 知らないと仰るのですか。惚けても無駄ですよ。この館を隅々まで調べれば、いくらでも証拠が出てくるでしょうからね。それでもあなた、否定するんですね?」
「はあ? 何を勝手なことを! 憲兵を呼ぶわよ」
この町は警備が行き届いている。住民は安全に暮らせるうえ、かつてのような犯罪だらけの物騒な地ではなくなっていた。
この町ばかりではない。ギルスは世界を統一した後、ありとあらゆる国の治安を改善することに成功している。
憲兵を呼ぶ、というのは町では相当な脅しになる。
しかしカーテンの向こうにいる男は、一向に気に留めていないどころか、高笑いまでする始末だ。
「随分と威勢がよろしいじゃありませんか。ちなみにですが、この顔を見ても……そのままでいられますかな」
そしていよいよ、カーテンを抜けて姿を現した。瞬間、占い師の顔から血の気が引いた。
「あ……あ……あなた。いえ、あなた様は……」
「うちのボスを勝手に帰しておいて、よくもまあ王の慈悲がとかぬけぬけと挨拶できたもんですよ。さて、話してもらいましょうか。洗いざらい、ね」
頭にターバンを被った、小太りの男。一見すると何処にでもいるようだが、彼はこの世界において唯一無二の存在である。
さらには、外から足音がいくつも響いてきた。
幾つもの音が重なっている。訓練を積んだ軍隊の如く、乱れのない足取りがこちらに迫っていることが、彼女の耳に伝わってきた。
「おや? どうやら私以外にも、嗅ぎつけた連中がいるようですね。ああ、これはいけない! きっとあの野蛮な女が、ここを探し当てたに違いありません。酷い目に遭うでしょうねえあなたは。助けられるとしたら、私くらいでしょう」
「ひ、ひぃい! お話しします! 何もかも!」
占い師はこうして、ギルスが帰還するためにしていたこと、転移カードを作った経緯などを全て語ることになった。
◇
ユリカに注意されたギルスは、それから数日のあいだ、確かにダンジョンに潜っていない。
彼は保護されている身であり、もうしばらく記憶が戻らず現状が変わらない場合、仕事先まで斡旋してもらえる予定になっていた。
そんな折、電話で意外な連絡を受けることになる。
『先日、ギルスさんがダンジョンで助けてもらった人から連絡があったんです。それで実はなのですけど、ダンジョン庁でギルスさんを表彰したいという話になっています』
「表彰ですか。別にいりませんが」
彼は表彰状というものに興味がなかった。感謝されることに執着がない。
ただ、転移する前はそれなりに承認欲求があったような気がする。そうぼんやりと自分を思い出していた。
魔王となった後、あまりにも過大な賛美を受けた記憶があり、逆に嫌気がさすようになったのである。
ユリカはギルスの気持ちを尊重しつつも、助けてもらった人達がどうしても、とお願いしていることを伝えた。
この世界に戻ってから暇をしている男は、しばらく話を聞くうち、まあすぐ終わるなら参加するか、と考えを変えた。
さらに数日が経ち、彼はダンジョン庁のビルに足を運んだ。
他のお役所の建物に比較すると小さいが、それでも一般の企業よりずっと大きい。
ユリカと一緒に受付で待っていると、スーツ姿の男女が四名、制服を着た女子が一名やってきて、ギルスを見かけるなり笑顔を見せた。
彼らはすぐに握手をし、熱い感謝を伝えてくる。ギルスもそれなりに笑顔で応じたが、こういうやり取りは昔から苦手だ。
特に最後に挨拶をした学生服姿の女子——アオハの視線は苦手そのものであった。
「ギルスさん! あたし、この前助けていただいて本当に感謝してます! もう死んじゃうかと思いました」
「無事で良かった。これからは気をつけなよ」
「はい! ところでギルスさんは、もう配信はしてるんですか」
「配信?」
「ダンジョン配信です。もしかして、まだやってないんですか。絶対バズりますよ」
ユリカが苦笑して間に入るまで、握手すら解こうとしない。
人一倍熱のこもった視線で見つめられるのは、異世界でも時折あった。
彼はそういう視線より、殺気に満ちた視線のほうが落ち着く質である。
(表彰とやらが終わったら、早く帰ろう)
すっかりアパート生活が気に入った彼は、半分引きこもりのようになっている。そういう生活が新鮮だった。
なるべく一人になりたかったのだが、この日はそうはいかない。
表彰式は撮影があり、予想していたよりも長く続いた。
ダンジョン庁の幹部と思われる人たちの話も長く、かつての学校生活をふと思い出すほどであった。
(そうだ。俺はたしか……高校までは進学していたはずだ。大学はどうだったろう)
うっすらとだが、学生の記憶が脳裏に浮かぶ。しかし、学校の名前までは思い出せず、何か悶々とした気分を抱えた。
表彰式は終わり、ようやく一同は揃って解散……になるはずだったのだが。
「あのっ。ギルスさんは、この後ご予定とかあるんですか?」
お別れとなった後も、アオハはその場所から去らなかった。しかも、ダンジョンコレクターズの面々も残っている。
「特にない」
「じゃ、じゃあちょっとだけ! お話とかどうでしょうか。あたし、ギルスさんにとっても興味があるんです」
ここで、彼があまり長居したくないことを察したユリカが、間に入ろうとした。
「あ、すみません。今日は色々と大変だったのでー」
しかし、予想外なことに、ここでダンジョンコレクターズも入ってくる。
「俺たちも、実はギルスさんと話がしてみたいんだ」
「この後ギルド行くんだけど、一緒にどう?」
「どうやったらそんなに強くなれるのか知りたいんです」
「ダベりませんか」
「ちょ、ちょっとー」
この勢いはユリカでは止められない。
ギルスも帰りたかったが、多少興味も湧いたので、少しならいいかとついて行くことにした。




