タダオの苛立ち
海老沢タダオは、とある探索者ギルドのカフェスペースで、だらりとソファに体を預けていた。
今日は探索者チームメンバーと、次の配信について打ち合わせをする予定だ。
メンバーのうち三人はすでに集まっており、あと一人だけまだ来ていない。
約束の時間から十五分経過していた。
ここ最近のタダオは、苛立ちを隠さなくなった。
ファンだという人から声をかけられても、大抵の場合無視をする。
よほど好みの女が話しかけてこない限り、相手にしない。
探索者デビューをした五年前と比較し、明らかに態度が変わっていた。
タダオのチームメンバーは、男が二人に女が二人。
一人は黒道マサという男で、金髪で顎髭を生やし、褐色の肌と筋肉が目立つ。
彼は陽気なムードメーカーという役回りで、いつもタダオの機嫌を取っている。
「まあ、こっち来たばっかだからねー」
「んなこと関係ねえよ。この俺を待たせるなんて、何してんだ? 化粧に時間でも喰ってんじゃね」
実はタダオも十分ほど遅刻しているが、自分のことは棚に上げている。
「だよなー! 流石にねえなって感じするわ。リリちゃんもそう思わね?」
女の一人は百木リリといい、元々は有名な俳優だったが、不祥事を起こして事務所から契約解除となった過去がある。
それからコネを使ってタダオ達と知り合い、配信活動を続けている。
「だよねー、今日は流石に注意したほうがいいんじゃない? 普通こういうの、クビになってもおかしくないっていうか」
「でもさー、帰還者じゃん。帰ったばかりのうちは、あんま厳しいこと言うと社会から非難されちゃうじゃん」
文句は言うが、タダオは自分が注意する側になるのを嫌がっている。
「それもそうだね。困っちゃうよねえ」
「後でリリから、それとなく伝えてくれね? 俺だとパワハラみたいだから」
「うん、分かった」
彼女もまた、タダオの意向に逆らうことはない。黒道と百木の二人にとって、彼は雇い主に近しいものだった。
タダオは探索者の中でも、その人気は飛び抜けていた。長身と少年のようなルックスが、多くの女性ファンを虜にしている。
だが最近では少しずつだが、態度の横暴さを指摘する声があった。
それでもSNSでは多くの賞賛の声が多く寄せられ、批判の声はあっという間に埋もれていく。
ダンジョン配信が全盛期を迎えつつある時代において、タダオは特に高い注目と人気を誇っていた。
だから彼を批判する者は逆に吊し上げられ、ネット上では賞賛ばかりになる。
その事実に、内心では気をよくしていた本人が、カフェスペースに来て何度目かのため息を漏らした頃であった。
周囲からざわめきの声が上がり、遠くからヒールの音が響いてくる。待ち侘びていた最後の一人がやってきた証拠だ。
「お待たせー。ホントにごめんねー! 電車が遅れちゃってぇ」
申し訳なさげに現れた女は、ネイビーのブラウスと白のデニムマキシスカートという姿で、異世界から帰還したばかりとは思えないほど順応している。
桃色のふわりとした長髪に、モデルのような小顔と高身長。
どんなに人混みで溢れていても、際立つ個性がある。
彼女の名前は江古田エイリーン。
タダオが異世界召喚で呼び出したSSカードの持ち主だ。
「あー全然、俺も今来たとこ」
「わぁー! タダオさん、やっぱ超優しいー。そういう人って絶対にモテるよね。私、向こうの世界でもカッコいい人いっぱい見てきたけど、タダオさんは別格って感じ」
タダオはさっきまでの不満顔を消し去り、寛容なふりをした。
そして次から次へと褒め言葉をもらい、むしろ上機嫌になっていく。
「で、今日は何をするの?」
ひととおり雑談を終えた後、エイリーンは本題を知りたがった。
「それは俺が説明する。まあ、次のダンジョン攻略についてだ。エイリーンの初陣ってとこ」
次のダンジョンの企画、戦略についての説明は黒道の役割だ。
彼らが次に狙っているダンジョンは、都内で最も多くの探索者が挑んでいる馴染み深い所だが、今のところ最深部に辿り着いた者はいない。
「今回はヤバいぜー。なんたって、深淵層まで潜るつもりさ」
ダンジョンにおいて、魔物の強さと深さに比例して区分けして名称されている、上層、中層、下層、深層といった名称があるが、深淵はさらに下の階層である。
深淵層の魔物は破格の強さを持つと言われ、ほとんどの探索者が命からがら撤退するか、または亡くなってしまう修羅の領域だ。
それだけ厳しい場所に、今最も注目されているチームが挑もうというのだ。
ひととおりの説明が終わったところで、タダオが口を開いた。
「エイリーンは異世界じゃ、けっこうやり手の魔導師だったんだろ。今回、その腕を存分に発揮してもらいたい。できるな?」
「もっちろん! 私にお任せ! ……って言いたいところなんだけどー。んー」
チラチラ、と彼女は丸い瞳を、チームメンバー達に送る。三人は意図が分からずにいた。
「チームって、四人じゃないとダメ? もうちょっと増やしても良くない?」
「探索者チームっていうのは、基本四人がベストなんだよ。ダンジョンじゃメンバーが多いほど魔物に見つかっちまう。そうなるとライバルチームに先を越されたりするんだ。分け前とかもあるしな」
なんだそんなことかよ、とタダオは説明しながら内心で呆れていた。
探索者チームは多ければ多いほど良いというわけではない。これはダンジョン界隈では常識となっていた。
「でもぉー。あと一人くらい入れてもいいかなって。ね、リリーもそう思うでしょ?」
「え? えーと、私も四人がいいかなぁ」
突如話を振られ、百木は戸惑っていた。
実はもう少し仲間を増やして、自分は楽をしたい……そんな本音が見抜かれていたのではないかと、少々動揺してしまう。
「そうなの? でも、一人くらいなら増やしちゃっても、そんなに変わらないでしょー。例えば、この前私と一緒に来た、あの人とかどう?」
「誰?」
黒道は本当に分かっていないようだった。召喚の場には彼もいたのだが。
「昨日ダンジョンで大活躍した、あの人。ほら、ダンジョンコレクターず? とかっていう人達を、」
「アイツは誘わねえ!」
タダオの怒りがこもった声がカフェスペースに響き、少しのあいだ周りが静かになった。
「あの一人で大型魔物を倒したとかいう奴だろ。ありえねーよあんな奴。召喚した時にすぐ分かった。ありゃすり抜けだ」
「すり抜け?」
「使えねえに決まってるってこと。そしてあの動画は、再生数狙いの加工がされてるに違いないんだ」
「え、そうなのー」
「ぜってえそう。うちは本物志向だからよ。本物のフリした雑魚なんて入れねえし、もし騙して加入してるならクビにする。俺達は最高のチームを目指してるんだ。だから四人で行く。分かったな?」
タダオの声には、有無を言わさないという意思が強く篭っていた。黒道と百木はすぐに頷き、エイリーンはぽかんとしている。
「さすがはタダオだぜ。トップ探索者になれるのも、もうすぐだな」
「だね。やっぱり私も、タダオ君の言うことが正しいと思う」
「ふーん。そっかー」
エイリーンは三人のやり取りを見て、納得したような、していないような微妙な反応を見せた。
彼女にとっては、この反応は意外であった。だが、すぐに映画俳優がするような、美しい微笑を周囲に振りまいた。
「分かった! じゃあ私頑張るね。よろしく!」
「ああ、よろしくな」
タダオは普段どおりの返事をした。だが心の奥で、昨日のニュースに苛立ちが募っている。
追い出した相手がダンジョンで大活躍をし、SNSでは自分が大きな魚を逃したかのような書き込みをされていることが、不愉快でならなかったのだ。
(あの動画はフェイクだ。きっと使えねえ奴に決まってる。こっちにいるSSこそが本物だって、俺こそが最強だってことを証明してやる)
タダオの心はマグマのように煮えたぎっていた。




